みなさま、いらっしゃいませキラキラ
「Light and Delight」のちえです花

今日は、私がセラピー・カウンセリングの勉強を
はじめるまでのお話を書いてみようと思います。

―と、ここまで読んで
「さぞかしドラマティックなエピソードが!」
と期待されている方もいるかもしれないのですが…。

「ある日、突然お告げ的なものが…!」とか、
「どん底から這い上がって、苦節ウン十年…!」とか、
そういうドラマティック要素は、特にありません(笑)。

フツーの人が、自分の中の可能性の種を見つけて、それを蒔いてみた。
そんな、『読んでいるあなたにも起こりうる』お話なんです。

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私は、昔からなぜか
「誰かに、何かを相談される」ことの多い人間でした。

小さい頃は、国語や算数など、問題の解き方について
相談(と言っていいのか?・笑)されていました。

高校生くらいになると、
自分の生き方のことや、家族との関わり方についてなど、
悩みを聴かせてもらう機会が多くなりました。

実は私、昔から現在にいたるまでずーっとそうなのですが、
誰かから「ああしなさい、こうしなさい」と言われるのも、
誰かに、「ああしなさい、こうしなさい」と言うのも、
どちらも同じくらいニガテです。

だから、相談をしてもらっても「答え」を渡すことはなく、
やっていることと言えば、
「その話を聴かせてもらって、感じたことを率直に伝える」とか、
「その話を聴かせてもらって、ふと疑問に思ったことを質問してみる」とか、
それくらいのものでした。

「スパッと明快な答えを出すわけでもない私に、
 なぜみんな、こんなに大切な話を聴かせてくれるのだろう…?」
ありがたく光栄に感じつつも、ずっとそんな風に思っていました。

学校も卒業し、社会人になった頃のある日、
大学時代の友達と電話で話をしていました。
お互いの近況の話などをしつつ、話題は
彼女の最近の考えごとへと移っていきました。

私は、相変わらずいつものように、
「その話を聴かせてもらって、感じたことを率直に伝える」とか、
「その話を聴かせてもらって、ふと疑問に思ったことを質問してみる」とか、
そのようなことをしていたと思います。

ひとしきり話が終わりかけた頃です。
友達が、このような主旨のことを私に伝えてくれました。

「話しはじめるまでは、自分の中で整理されてなくて
 ずっとモヤモヤしてたんだけど、ちえちゃんに話を聴いてもらってるうちに、
 なんだか交通整理してもらったみたいに、すっきりしてきたよ」― と。

友達からもらったその言葉を聞いて、
「スパッと明快な答えを出すわけでもない私に、
 みんなが大切な悩みごとを聴かせてくれていた」理由が、
少しわかったような気がしました。

そして、さらにこんなことを考えました。

「私に、そういう"交通整理をする"能力があると仮定して。
 これまでは、自覚せずにその能力を使っていたのだと思う。
 では、それを意識して育てて、自覚的に使えるように
 なれたとしたら、それって何かに役立てられるのかな…?」

そう考えたときに、思い浮かんだ「能力の育て方」。
それが、「カウンセリングを学ぶこと」でした。
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はじめの方に、私は
ドラマティックなエピソードではなく
『読んでいるあなたにも起こりうる』お話だ、と書きました。

私の場合は、可能性の種がぽつん、と落ちているのを
友達が拾って、私に渡してくれました。
それは劇的ではないけれど、私の人生の中で間違いなく
きらりと光り続けている、一瞬のできごとです。

同じようなことって、きっと誰にもあるような気がします。
私がもっていない色や形の種を、きっとあなたも持っているはず。

たとえば、そういう可能性の種を見つけるお手伝い。
枯らさずに、大輪の花を咲かせるお手伝い。

そういうことも、私がこの場所でやってみたいお仕事のひとつなのです虹