僕がよくやる遊びで
文字が読めるっていう概念を捨てて文字→記号にして「なんだこれ?」の状態にして不思議を楽しんだあとに
ジワジワと記号→文字に認識していくの。
古代遺跡の壁画が読めたみたいな達成感がある
ゲシュタルト崩壊状態にしているというよりは
文字を知らない状態の記憶に移した感覚
記憶は細かくオートセーブで色んな箱や引き出し、棚なんかに管理されている認識をしてるけど
無意識に必要な記憶を出し入れして生活してる
その開け方を忘れちゃうと、思い出せない状態になる
記憶をなくすというよりは開け方を忘れる。のほうが、正しいかも
と、僕は思う

記憶は失ってるわけじゃないよ
自分の家の中みたいなかんじ
どこに何しまったか忘れるかんじ
すべての物事は、目に見える世界とリンクしてる
車は昆虫とよく似ているし、飛行機は鳥とよく似ている
知識や経験は畑に植える種や苗のように広がり、枯れたり実をつけたり次の種になる。
もし枯れたとしても畑の土と混ぜれば栄養になる。
無駄なことなんて無いって、そういうこと
イジメと病気もよく似てる
早く発見して正しい処置をしないと手遅れになる。
最悪の場合、死ぬことがある
道路も血管とか気管みたい
大人って難しく言わなくちゃいけなくてめんどうくさい
思考はもっと手前でいいのに
難しく考えるだけじゃつまらないし
シンプルに考えるだけじゃ飽きてくる
だから僕はどっちも考える
考えられることを楽しむ
いま、日本人に足りないのは国語力と道徳心

僕が学生のころ、クラスの大半が「よくわからないし苦手だから勉強しない」って国語を避けていたの。
捨て教科にして、理系のことばかり
理系って、答えが決まってる
だから僕は逆に苦手だった
決まっていることを勉強するなんてつまらなかった
だって調べたらわかるじゃないか
もう、ぜーんぜん頭に入らない
国語と道徳は、言葉の意味を正しく受け取れるか
隠された心情をどう読み取れるか
小学生の頃はクラスメイトと話すより、本を読むほうがずっと楽しかったからね
本は何度聞いても嫌な顔せず応えてくれるし
つまらない噂話やイジメもしてこない
わくわくさせてくれる
辞典と図鑑と神話と昔話と伝記が好き
とにかく興味があれば読んでた
国語を通じて言葉を知って、隠れた心情、言い回し、あとは興味の向くままに
国語なんて特に生活に役立つのに、なんで捨て教科になんかしたのかな
言葉は盾にも武器にもなるし、人を癒すこともできる
万能