仏教に、「諦観」という言葉があります。
なぜこのような結果が起きたのか、
「あきらかにみよ」、ということです。

「諦」という字は、本来「あきらか」という意味で、
「諦観」と書いて「あきらかにみる」と読むのがなまって、
「あきらめる」になったと言われますが、
その意味までが変わってしまったのです。

誰でも失敗は嫌ですし、そのミスを指摘されたり、
問題になるのを好む人はありません。

しかし、失敗と向き合って、原因を見つめなさい・・・
そう、教えられのが仏教です。


■■自分のどこが悪かったのか。
それは、深いところにあるから、自分を見つめて反省する。■■


失敗をごまかす、消極的な姿勢は何の解決にもなりません。

私達にやってくる運命の原因は何か、あきらかに見なさいと教えられのが、
お釈迦様でした。
あなたのつらい心が、ふっとラクになるお釈迦様の智恵。
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