自分なんて、やっぱりダメなのかな────。
そんなふうに、しょげてしまった時。

■■誰かに自分の悩みを聞いてもらえること。■■

こんなに、ほっとして心落ち着くことはないですよね。

悩みを相談しても、聞いてもらえなかったり、
逆に、お前が悪いと言われてみたり・・・辛いものです。

さて、仏教ではいまだ仏のさとりを開いてはいないけれども、
さとりを求めている人を、「菩薩」と言われます。

仏教の言葉で「菩提薩タ(本当の幸せを求める人)」のことを
略して「菩薩」と言われています。

(薩タの「タ」という字は、土へんに垂れるという字を書きます。
パソコンでは出ないので、すみません・・・汗)

ですから本来の意味からして、広く言えば、

どんな人であってでも、本当の幸せになりたいと思って、
釈迦の教えを聞く人は、みな、菩薩ということになるんです。

だから、もしかしたら、これをお読みのあなたも、そんな方かもしれませんよ。

地蔵菩薩とか、観音菩薩とか、弥勒菩薩とか、
有名な方はたくさんおられます。

ご存知の方も、多いのではないでしょうか。

地蔵菩薩といえば、日本で「お地蔵さん」は有名で、
道端に赤い前だれをかけている石の像がよくありますが、

菩薩というと、普通は、そんなのを想像して、
トイレも行かない、牛乳も飲まないようなのを想像しています。

本来は、そういうものでないのです。

その「菩薩」に、「観音」と言われる方があります。

「観音」とは、「音を観(み)る」と書きます。

「音」とは、この場合、衆生(すべての人)の苦しみの声であり、
「観る」とは、聞くことですから、

■■苦しみ悩む人々の中へと自ら入って行かれ、
その声をよく聞き、全身でその苦しみを受け止める。■■

そんな姿が思い浮かびます。
あなたのつらい心が、ふっとラクになるお釈迦様の智恵。
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