「小さいときから痛みで泣いた事はない」と痛みに弱かった兄と比較してよく褒められていました。
幼稚園の年中の時のこと
その時、母親から泣かなかったらヤクルトを買ってあげるという安いご褒美につられあと1歩で泣きそうだったけれど我慢して泣きませんでした。
小学校1年生の時のこと
ものすごい痛みだったけれど、骨がバラバラになってあまりにも恐ろしい形に腕が変形していたのが衝撃で泣くタイミングを逸して泣きませんでした。
小学校5年生の時のこと
あまりの痛さに保健室に行ったものの「骨折じゃなくて足がつっただけだから伸ばしなさい」と保健の先生に言われ、それまでつったことがなかった私は「つるってこんなに痛いんだ」と思いながら自分を納得させて運動会に参加しました。
とっても痛かったのですが、リレーの選手にも選ばれていたので走れないと言い出せず・・・
言うまでもなく、夜中に恐ろしいほどに足全体が腫れ上がり、病院へ運ばれました(笑)
そう、他のエピソード含め、小さいときからいろいろな場所を怪我しましたが、鈍感なのか、みんなの前で泣くのが恥ずかしいからなのか、あまり痛みで見苦しい姿を見せたことがありません。
そんな経緯から、家族の中では"痛みに強い女"で有名なのです。
しかし、昨年5月、切迫流産になり陣痛と同じ痛みが不意に身体を襲ってきたとき、病院という人目につく場所でありながら、あまりの痛みに吐きながら倒れました。
天使のような若くてかわいい看護師さんがいろいろと横から話しかけてくれていたけれど、答える余裕もなく、今となれば何を話しかけられたかすら覚えていません
「お姉さん、何でもいいからどうにかしてください
そう、理性なんてどこへやら・・・本能のままに苦しんでいました。
今までにない痛み・・・と数多くの出産経験者の方が言う意味がわかるような気がしました。
その痛みが遠くない未来に必ず再来します
そこで、私、決意しました。
必ずくる痛みと分かっているんだから、今までに無いほどの理性を働かせてみようと。
(望むことなくだけれど)せっかく痛みを1度経験したのだから、それを活かして乗り越えてみようと試みることにします。
どうなるか分からないけれど、決意を宣言することで自分の気持ちを引き締めます
そんな思いに至ったのは・・・旦那さま、痛みにめっぽう弱いのです。
自分の痛みはもちろんのこと、人の痛みを見ていることすらできません
最近、出産に立ち会ったお友達にいろいろと話を聞かされたようで「出産って、壮絶なんだって
「苦しむのは私だから大丈夫だよ(笑)」なんて言って、適当に流していますが日に日に不安が募っている様子。
旦那さまや両家の両親を見ていて思うことだけれど、もしかしたら、産む私よりも待っている身近な人のほうが自分のことじゃないから余計に不安で心配なのかもしれません。(ありがたい限りだけれど。)
「痛みに苦しむ姿を見るのが辛ければ、どこかで待機していていいよ」と提案してみたけれど、「1人にするなんてかわいそう、誰が汗をふくの
昔、男性はどこかで待機していたり、仕事をしていることが当たり前だったけれど、今はほとんどの人が付きっきりだから・・・。付き添える環境なのに付き添わないと冷たい旦那さんという感じにすらとられかねないからね。
そこで、私がものすごい理性を働かせることにトライしてみることにしました。
結果、本能のままにしか立ち振る舞えなかったら、私の痛みに強い説が勘違いだったか、どうにも立ち向かえない痛みだったかのどちらかということです。
どうなるやら。。。自分でもちょっとワクワク