5年前に生死の淵さまよった加藤茶 23歳美女と再婚していた
NEWS ポストセブン 8月1日(月)0時5分配信
今年、芸能生活50周年を迎えた加藤茶(68)。加藤は、わずか5年前に生死の境をさまよったばかりだ。2006年、「大動脈解離」という難病に襲われたのだ。
治療せずに1か月放置すれば生存率は5%しかないともいわれるだけに、一時は命すら危ぶまれた。それでも10時間に及ぶ大手術によって生還したのだ。 3月1日の誕生日には、ドリフターズのメンバーをはじめ総勢860人が集まる大規模な祝賀パーティが開催された。
実は、盛大なパーティの陰で、加藤にとってもうひとつの大きな節目となる出来事が進行していた。
6月下旬、加藤はコッソリと再婚に踏み切っていたのである。お相手をAさんとしよう。驚くべきはその年齢だ。なんと45歳年下、まだ23歳になったばかりという“おさな妻”なのだ。
芸能関係者がいう。
「女性は広島県出身で、加藤さんとはわずかな交際期間で結婚したようです。清楚な和風美人。加藤さんは“若い娘と付き合うとパワーをもらえる”と周囲にイバッていましたが、まさか結婚していたとは……」
加藤といえば、2003年に離婚した前妻とも大きく年齢が開いていたが、それでも18歳差だった。前妻との間には20歳になる長女もいる。古希を目前にして、娘と歳の変わらない20代の美女と付き合えるとは――ウラヤマシイかぎりである。
広島にある新妻の実家近くに住む住民がいう。
「加藤さんにとっては2度目の結婚ですし、“あまり派手にしたくない”という事情もあって、結婚式や披露宴を表立ってやることは避けたそうです。ですが、Aさんのご実家が地元で幅広く会社経営をしている名家ということもあり、“ケジメだけはつけないと”ということで、親戚を大勢招いて結納を厳粛に執り行なったらしい。Aさんのご家庭も“まさか68歳の結婚相手を連れてくるとは……”と面食らったそう。それでも、加藤さんのフレンドリーさと気遣いで、すぐに打ち解けたようです」
NEWS ポストセブン 8月1日(月)0時5分配信
今年、芸能生活50周年を迎えた加藤茶(68)。加藤は、わずか5年前に生死の境をさまよったばかりだ。2006年、「大動脈解離」という難病に襲われたのだ。
治療せずに1か月放置すれば生存率は5%しかないともいわれるだけに、一時は命すら危ぶまれた。それでも10時間に及ぶ大手術によって生還したのだ。 3月1日の誕生日には、ドリフターズのメンバーをはじめ総勢860人が集まる大規模な祝賀パーティが開催された。
実は、盛大なパーティの陰で、加藤にとってもうひとつの大きな節目となる出来事が進行していた。
6月下旬、加藤はコッソリと再婚に踏み切っていたのである。お相手をAさんとしよう。驚くべきはその年齢だ。なんと45歳年下、まだ23歳になったばかりという“おさな妻”なのだ。
芸能関係者がいう。
「女性は広島県出身で、加藤さんとはわずかな交際期間で結婚したようです。清楚な和風美人。加藤さんは“若い娘と付き合うとパワーをもらえる”と周囲にイバッていましたが、まさか結婚していたとは……」
加藤といえば、2003年に離婚した前妻とも大きく年齢が開いていたが、それでも18歳差だった。前妻との間には20歳になる長女もいる。古希を目前にして、娘と歳の変わらない20代の美女と付き合えるとは――ウラヤマシイかぎりである。
広島にある新妻の実家近くに住む住民がいう。
「加藤さんにとっては2度目の結婚ですし、“あまり派手にしたくない”という事情もあって、結婚式や披露宴を表立ってやることは避けたそうです。ですが、Aさんのご実家が地元で幅広く会社経営をしている名家ということもあり、“ケジメだけはつけないと”ということで、親戚を大勢招いて結納を厳粛に執り行なったらしい。Aさんのご家庭も“まさか68歳の結婚相手を連れてくるとは……”と面食らったそう。それでも、加藤さんのフレンドリーさと気遣いで、すぐに打ち解けたようです」
動機は?繊細だった伊良部氏「だまされ 心のよりどころだった家族とも…」
42歳の若さで死去した伊良部秀輝(いらぶ・ひでき)氏の死因が首つり自殺だったことが判明した。
1カ月以上前に妻と娘2人とは別居していた伊良部氏。友人の日本男性は「事業などで人にだまされ、心のよりどころだった家族とも別居。知らせを聞いた時、自殺だろうと思った」と話す。
自殺の動機については現時点で明らかになっていない。阪神引退後に開店したロサンゼルス市内のうどん店「SUPER UDON」の経営が行き詰まり、09年に日米独立リーグで現役復帰したが右手腱しょう炎で思い通りにいかなかった。
さらに家族との別居。「先発する前日は緊張して眠れない。だから酒を飲むんだ」と話すなど、豪放なイメージとは対照 的に繊細な心の持ち主だった伊良部氏にとっては、悩みと葛藤の日々を繰り返す中で、追い詰められたかもしれない。ただ、今月上旬には、東日本大震災のチャリティーイベントを米国内で開催するため各方面の関係者と連絡を取り合う動きもみせていた。
42歳の若さで死去した伊良部秀輝(いらぶ・ひでき)氏の死因が首つり自殺だったことが判明した。
1カ月以上前に妻と娘2人とは別居していた伊良部氏。友人の日本男性は「事業などで人にだまされ、心のよりどころだった家族とも別居。知らせを聞いた時、自殺だろうと思った」と話す。
自殺の動機については現時点で明らかになっていない。阪神引退後に開店したロサンゼルス市内のうどん店「SUPER UDON」の経営が行き詰まり、09年に日米独立リーグで現役復帰したが右手腱しょう炎で思い通りにいかなかった。
さらに家族との別居。「先発する前日は緊張して眠れない。だから酒を飲むんだ」と話すなど、豪放なイメージとは対照 的に繊細な心の持ち主だった伊良部氏にとっては、悩みと葛藤の日々を繰り返す中で、追い詰められたかもしれない。ただ、今月上旬には、東日本大震災のチャリティーイベントを米国内で開催するため各方面の関係者と連絡を取り合う動きもみせていた。


