モバイルおやじ@curbのブログ
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心に刺さる言葉・・・

少し前にある福祉関係の冊子の中の記事で見つけたこの言葉が心に残っています。

 

それは・・・

 

人は本当に苦しいときには

苦しいと言えない

本当につらいとき

つらいとは口に出せない

泣いている人ばかりに

気を配るのではなく

泣けない人こそ

愛してあげたい

 

と言うもの。

 

“学校の廊下に掲示されている言葉”だと、対談の中で校長の齋藤眞人さんが話していました。

 

その高校とは、福岡県福岡市東区にある学校法人立花学園立花高等学校。

 

どんな学校なんだろうと思い、ホームページを調べてみました。

 

「できないことを嘆くより、できていることを認め合う」というのがこの学校の一番大切にしている考え方だそうです。

 

これまで中途退学者や不登校生を数多く受け入れてきた高校なんですね。

 

いつの世も、表面に表れるものにばかり目が向けられ、その裏側に潜む真実には気づきにくい、と言うことですね。

 

辛くても声をあげられない人にこそ救いの手を差しのべることの大切さを説いているのでしょう。

プリンターのWi-Fiが故障・・・

確か3年ほど前にプリンターを買い替えたのかなぁ。

今回そのプリンターが故障。

 

そう言えば、最近MacBookAirから印刷しようとすると度々エラーが出るようになっていたけど、電源を入れ直したりして騙し騙し使っていたわ。

 

因みにこのプリンターはすぐ近くにあるWi-FiルーターとWi-Fi接続しているのですが、プリンター本体のWi-Fi機能がとうとうダメになったみたいです。

 

確か2万円そこそこで買ったものなので、それを一々メーカー修理に出すのも面倒。

 

かと言って、今のプリンターはインクカートリッジ方式ではなくてタンク注入方式で、前もって予備のインクを余分に買ってあるので、また買い替えるとなると同じタイプの製品を買う必要がある。

 

それに印刷機能自体に問題はないので、改めて買い替えるというのも勿体無い・・・。

 

そこで一番手っ取り早い方法はと言えば・・・、やっぱり昔ながらのLAN接続ですね。

 

ところがここで問題が・・・。

 

今まで予備で何本も持っていたLANケーブルは、先日非鉄金属商にまとめて売ってしまったので一本もないことに気がついた。

 

まさに「備えあれば憂いなし」ではなく「備えなければ憂いあり」と言うべきか、「後悔先に立たず」と言うべきか。

 

仕方がないので、今朝近くの家電量販店に行って2mのカテゴリー6AのLANケーブルを買ってきて、早速Wi-Fiルーターとプリンターをケーブルで繋いだわけ。

これで問題なくプリントアウトも完了。

 

そう言えば、昔はLANケーブルにも2種類あって、ケーブル内の配線のコネクターへの繋ぎ方により”ストレート”と”クロス”があったんですが、ネットで調べたら今は接続する機器自体が自動判別するのでもうそう言う区別はないみたい。

 

確かにお店に置いてあった製品も全て”ストレート”だけで、”クロス”ケーブルは置いてなかったな。

 

知らない間に色々IT技術も進化しているわけですね・・・。

 

国分康孝著「<自己発見>の心理学」・・・

国分康孝著「<自己発見>の心理学」

1991年3月20日第1刷発行

2018年4月17日第29刷発行

講談社現代新書

 

<目次>

まえがき

第一章 人生哲学

 1  哲学の必要性

 2  哲学の任務

 3  論理療法の人生哲学

 原理I   出来事そのものよりも受けとめ方が大切

 原理II  ビリーフが悩みの源泉

 原理Ⅲ  事実と論理性のあるビリーフ

 原理Ⅳ  人生を幸福にするビリーフ

 原理Ⅴ   「ねばならぬ」思考からの解放

 原理Ⅵ  状況受容の努力も必要

第二章 社会生活におけるビリーフ

 1   人を拒否すべきではない

 2  フラストレーションはよくないものである

 3  いい線を行かねばならぬ

 4  人は私の欲するとおり行動すべきである

第三章 学習生活におけるビリーフ

 1   ハウツーよりは理論や原理や理念を学ぶべきである

 2  自主性・自発性を尊重すべきである

 3  暗記式の勉強はすべきではない

 4  頭のわるい人間は人生で高望みすべきではない

第四章 家庭生活におけるビリーフ

 1   家庭は憩いの港たるべきである

 2   長男夫婦は親と同居すべきである

 3   配偶者はやさしくなければならない

 4   嫁は姑の娘である

第五章 職業生活におけるビリーフ

 1   転職すべきではない

 2   ひぼしにされた人間はだめな人間である

 3   いばるべきではない

 4   人に認められようとすべきではない

あとがき  

 

国分康孝さんの著書は、共著も含めてこれで20冊ほど読んだことになるが、その底流に流れる考え方にブレがなく常に一貫した思考に裏打ちされており、今ではまるで国分さんと旧知の仲だったような錯覚に陥ることがある。

 

いつもながら、具体的な例をあげて読者にわかりやすく語るところがいかにも国分さんらしく、その学者らしくない語り口にも好感が持てる。

 

見方を変えると、「これってあの本にも書いてあったな」と言うことも多いのだが、考え方を変えれば、同じ本を何度も読み返して理解しなくても、彼の著作を何冊も読むことでその考え方が確実に身に付くわけなので、それはそれなりに勉強になると言える。

 

この本のタイトルも、”<自己発見>の心理学”となっているが、言うなれば”論理療法”による正い思考の癖を身につけようと書かれたもの。

 

<目次>だけを見て誤解されると困るので敢えて説明するが、この第二章から第五章の各項目に記された”ビリーフ”は、あくまで”イラショナル・ビリーフ(Irrational Belief)”であり「非合理的な思い込み」や「偏った信念」を記したもの。

 

本書の狙いは、その”イラショナル・ビリーフ”からいかにして解放されるのかが、具体的な言い回しで説かれている。

 

以下に、心に留めておきたい言葉を引用しておく。

 

「ある考え方が妥当かどうかは、その考え方を支える事実はあるか、その考え方に論理性(必然性)はあるか、その考え方はその人を幸福にしているかの三点である。」(第一章)

 

「嫁はもともと姑にとっては”よその娘”であり、息子の” ガールフレンド”である。姑はもともと嫁にとっては”よそのおばさん”であり”ボーイフレンドの母親”である。」(第四章)

 

「転職の決断においては、What do you want to do?  What can you do? つまり、興味と能力についてどの程度自己理解しているかが重要」(第五章)

 

最後に、第五章の締めくくりに記された言葉が心に刺さる。

 

『人に認められる、認められないということに一喜一憂しているうちに人生は終わってしまう。それゆえ、結論としはこう考える方がよい。「人に認められたいと思うのは当然である。しかし、それよりもっと大切なことがある。それはこの人生で自分のありたいようなあり方をすることだ。その結果、人が認めてくれたら、それにこしたことはない。人に認められなくても、自分が自分に「アイ・アム・OK」といえる人生、つまり自分が自分を受け入れられる人生、自己嫌悪の少ない人生を送れば、まずは良い人生であったといえる」と。』

 

人生70歳を迎えても、私のような凡才にはまだまだ学ぶことは尽きない・・・。

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