いざニューヨークへ(NY1日目)
ベルギーから帰ってきてNYへ行くまでには一週間程度の時間があった。正直なところベルギーから戻ってかなり疲れていたのでこの期間はありがたかったけれど、ちょうどその頃からイギリスは急激に冷え込んだのと、なんとなく気が抜けてしまったこともあって出発の2、3日前になって風邪を引いてしまった。学会が始まってからは風邪に引かないことだけを注意していたので、ショックだった。当日の朝すっかり治っていることを少し期待したが奇跡は起こらず、やや朦朧としながら空港へ向かった。
風邪を引いて飛行機に乗って怖いのは、耳が痛くなって、ひどい時には中耳炎になってしまうことだ。これまでも風邪気味で飛行機に乗って耳が痛んだことが何度かあるが、これほどしっかりと風邪を引いて飛行機に乗るのは初めてだったので、どうなることかと心配した。対処法としてあごを動かすことが大事だと知ったので、ずっとガムを噛んでいたところ、それほど激しい痛みに襲われることがなかった。(そのかわり顎が疲れてしまって、数日間は固いものが噛めなかったけれど…。)
イギリスからNYへは大西洋を渡って行きが7時間、帰りが6時間。意外と距離があるように感じるけれど、実際に乗ってみるとそう遠いようには感じなかった。イギリスから「ちょっと日本へ行く」という風にはならないけれど、「ちょっとNYへ行く」ということはあるかもしれないと思った。でもアメリカの東海岸から西海岸へは同じくらいの時間がかかるのだから、アメリカというのは本当に大きな国なのだと思う。
イギリスはもう相当に寒くなっていて、おまけに風邪まで引いていているので、勝手にNYも寒いだろうと決め込んでいたが、実際に降り立って見ると、東南アジアにいるかと思うような蒸し暑さで相当驚いた。後から聞いた話では、普段はこのようなことはないそうで、数日後には急に冷え込みいつもどおりの気候に逆戻りした。
到着したニューアーク空港からはNY市内へは電車が出ていないので、バスかタクシーに乗っていくことになる。最初はバスに乗るつもりだったが、風邪だし、ホテルを探すのにも苦労しそうなので、結局タクシーに乗っていくことにした。タクシーに乗りながら遠くのNYの高層ビル群を眺めていると、「今NYにいるのだ」という不思議な感動があった。
NYの街を歩いての第一印象は、アフリカンの人たちが多いということだった。イギリスにもたくさんのアフリカンがいるが、NYの比ではないし、何よりも彼(女)らの地位が完全に確立しているのだと感じた。反対にイギリスでよく見られるインド系、アラブ系の人たちの姿は(地域にもよるのだろうが)あまり見られなかった。
英語に関しても慣れていないので、最初は少し聞き取るのにも、またこちらの英語を伝えるのにも苦労したが、2日くらいで大体合わせることができて、その後はあまり苦労しなくなった。(それでも移民の人の英語は最後までわかりにくかったが。)
とにかく一日目はNYのパワーに圧倒されながらあっという間に過ぎ去って行った。
いよいよ発表(ベルギー3~5日目)
これからいよいよベルギーでの発表について書こうとしたところで風邪を引いてしまい、そのままNYの学会へ行くことになってしまった。体調はやや厳しかったが、それでもなんとか無事NYの発表も終えることができ、やっと約3週間に渡る学会旅行が終了した。というわけで、とりあえず書き残したベルギーでの残りの日々について書きたいと思う。
ベルギーでの3日目の朝9時半からが発表本番だった。朝一番の発表が、なんと僕の研究の大本にもなっている有名なLOさんの発表で、それに引き続いての発表だった。イギリスでの発表では残念ながらあまり有益なフィードバックがもらえないなかったので、このベルギーでの学会ではぜひLOさんに聞いてもらってコメントをもらいたいと思っていた。
8時半頃会場についてとりあえず自分の発表のパワーポイントがちゃんと動くことを確認した後客席に座っていると、9時10分前頃になってLOさんが現れた。論文のするどい内容から勝手に怖い人かな、という印象を持っていたけれど、実際に見ると笑顔が美しくて、想像していた以上に近寄りやすい雰囲気の方で意外だった。
学会は通常いくつかの発表が同時進行で行なわれるので、発表によって聴衆の集まりはずいぶんばらつきがある。今日の9時からは他の場所で有名なMBさんによりシンポジウムがあったのでかなりの人がそちらに回っているはずだが、それでもさすがにLOさんの発表にもたくさんの人が来ていた。
いざ彼女の発表が終わって、みんな出て行ってしまうかと思っていたら、意外にもほとんどの人がそのまま残ってくれて、さらに何人かの人が会場に入ってきた。前回のイギリスでの発表は聴衆は15人くらいだったけれど、今回はなんと40人あまりの人が聞いてくれた。ハンドアウトは30部しか用意していなかったので、後はイギリスで残ったハンドアウトを渡してちょうど全部なくなるくらいだった。
イギリスでは30分かかって発表したものを20分あまりでやったのであまり質問の時間が取れなかったけれど、終わってからLOさんと15分くらい話すことができた。全体の質疑応答ではなく2人だけの話なので、色々と率直な意見を聞くことができた。LOさんとはその後も学会中時々話す機会があって、本当にいい出会いの場になった。
今回の学会でのもう一つの大きな収穫は、僕の発表の裏で別の発表をしていたMBさんにコメントをもらうことができたことだ。昼食時にたまたまMBさんの奥さんのVSさん(この方も有名な研究者)と隣り合わせになってMBさんを紹介してもらい、後ほど僕の研究について聞いてくれることになった。そこで翌日の休憩時間にハンドアウトを見せながら説明をすると、早く論文に仕上げて、REさん(僕が研究している理論を最初に考えた人)に見てもらいなさい、ということだった。さらにおそらく通ると思うので、ある専門誌にも早く提出しなさいということだった。正直に言ってそれだけポジティブな反応をもらえるとは全く想像していなかったので、その後は文字通りスピーチレスでうまく言葉が出ず、ただお礼を言うばかりだった。
ベルギーというお国柄もあるのかもしれないが、学会の運営は学生の人たちが中心になっていて、手作り感があり、とても心のこもった素晴らしい学会だった。普通の学会ではなかなかないと思うが、最後はベルギーの民謡を歌い、ルーベンの街を案内して幕を閉じた。多くの人たちとの新しい出会い、そしてベルギーの人々の暖かい雰囲気と、本当にいい時間を過ごすことができ、僕にとってルーベンは忘れられない街の一つになった。
これで、後はいよいよNYでの発表を残すのみ。
いよいよ学会が始まる(ベルギー2日目)
今日からいよいよ学会が始まる。と言っても、今日のところは夕方にレセプションと基調講演があるだけなので、昼間はルーベンの街を散策することにした。
ルーベン・カトリック大学は古い大学らしく、オクスフォードやケンブリッジのようなカレッジ制をとっている。つまり、大きなキャンパスにすべての学部がそろっているのではなく、街のあちこちに各学部が散らばっている。設立は1425年というから、ほとんどのイギリスの大学の歴史を凌駕してしまう。卒業生にはエラスムス、トマス・モアがいるというのだから、ヨーロッパの中でも有数の名門大学だと言えるだろう。
街のあちこちにカフェがあり、みんな路上の椅子に座ってビールやコーヒーを飲んでいる。中央の広場に面したところにある店に座ってビールを飲みながら道行くひとを観察するのもなかなか楽しかった。写真はその広場にそびえ立つ建物で、様々な旗がはためいていているのが印象的だった。大聖堂か何かかと思ったら、なんとインフォーメーション・センターだった。
5時になって会場に行くとすでにたくさんの人たちが集まって歓談していた。到着したのがぎりぎりだったので、落ち着く暇もなく基調講演の会場へ場所を移した。
割と大きい会場だったけど、あっという間に席がうまってしまった。前の席をみると、先日のイギリスの学会にも来ていたPFさんが偶然座っていたので、挨拶をしておいた。講演のスピーカーは第二言語習得分野の第一人者のひとりMLさんだった。今まで彼の書いた数々の論文を読んできたけれど、実際に話を聞くのはこれが初めてだった。「気難しいひと」というもっぱらの評判で、話を聞いていてなんとなくわかるような気がした。まくし立てるような早口で、目が常に鋭い。彼を知っている人言わせると、これでも最近はずいぶん丸くなったような気がする、ということだったが。
講演の後は上のスペースに移動してのウェルカム・パーティーとなった。イギリスの学会では用意された料理には少しがっかりさせられたけれど、さすがにベルギーは素晴らしかった。次々に軽食がサーブされ、これがまたワインととてもマッチしておいしかった。
本来こういったパーティーでは場所をうろうろしながらいろいろな人たちと話をするのがいいのだけれど、昼間ずっと歩き回って疲れてしまっていて、一箇所にじっとしていた。それでも、あちらの方からいろいろな人が来てくれた。PFさんともあらためて話すことができた。彼女とはブリストルで会ったのが約一年ぶりの対面だったけど、今回2回の学会を通して少し親しくなることができた。憧れの人とファーストネームで呼び合う、というのはなんとも言えず不思議な気持ちになる。
あとこのパーティーで知り合った人にSMさんがいた。最初誰だか知らずに話していたら途中でSMさんだと判明して驚いた(今回はこのようなことが本当に多かった)。去年うちの大学に一日だけワークショップに来ていたけれど、僕は行けなかったので顔を知らなかったのだ。結局彼とはパーティーがお開きになってから、外で一緒に一杯だけビールを飲みに行った。とてもざっくばらんなひとでとても好感が持てた。
明日は早速朝に自分の発表がある。ぜひたくさんの方に聞きに来ていただきたい。
ベルギーは世界一のビール国。常時数十種類のビールが用意されている。一般的には小瓶で出されて、それぞれの銘柄専用のグラスが出される。アルコール度数はワイン並みの10%前後。写真は、幻のビール「ゴールデン・カルラス」。
目的地を間違える…(ベルギー1日目)
いよいよベルギーの学会へ出発。朝8時の電車に乗って、最寄の空港へ。そこからベルギーの首都、ブリュッセルへはわずか一時間で到着する。わずか「一時間」で全く別の国に行く、というのは実際に体験して見ると、あまりの近さに驚いてしまう。しかもEU圏内の移動は、入国も本当にスムーズで、ヨーロッパは一つの文化圏であることをあらためて実感した。
空港からブリュッセルの中心地まではわずか数十分。ブリュッセル北駅で降りて、そこから古都ルーベンへ向かう。ベルギーはフランス語、オランダ語に加えて、かなりの人が英語も使うことができる。にもかかわらず、ほとんど英語の表示がないのに困った。苦労してルーベン行きの電車を探して、念のためにホームにいた人にも確認して電車に乗り込んだ。
電車が発車してから何気なく学会から送られてきた資料に目を通していると、「ルーベンと、その近くに位置するルーベン・ラ・ヌエヴェは違う街なので間違えないようにしてください」という注意書きに気がついた。
そういえば「ルーベン」の後になにかひっついていたような気がする。心配になって、切符の点検にきた車掌に確認してみると、あんまり英語がわからない風だったが「大学に行くのか?」と聞くので「そうだ」と答えると、それなら大丈夫だと言うのでそのまま電車に乗り続けた。
ブリュッセルからルーベンは30分未満だと聞いていたが、45分くらいかかって到着した。降りて見ると、どうも「古都」という雰囲気からは程遠い。嫌な予感がしたので駅の人に聞いてみると、やはりここは「ルーベン」ではなく、「ルーベン・ラ・ヌエヴェ」だった!後から聞いた話では、ルーベン大学から追い出されたフランス語を話す人たちが作った街だそうだ。
てっきり「近くの街」だと思ったのでタクシーに乗っていこうかと思ったら、30キロほど離れているので止めておいたほうがいいと言われた。ちょうど運良くやって来た電車に乗って、それから1時間かかってルーベンに到着した。
これが学会の一日目なら相当焦ったと思うが、まだ一日前だったので事なきを得た。余裕を持っておいて本当に良かったと思う。
ベルギー料理の代表格といえばやはりムール貝。ガーリック風味、プロバンス風など数種類の味付けがある。量はなんと1.2キロ。
1つ目の学会が終了!
これから立て続けに3つある学会の先陣をきって、まずはイギリスのブリストルへ行ってきた。当日は朝から雨模様で、最後は激しい雨の中、なんとか会場までたどり着いた。会場はとても趣のある古い建物で、天井を見上げると、イギリスの時代映画の中にいるような不思議な気持ちになった。
ちょうど一年前は同じ学会がロンドンであり、それが人生初めての学会発表となった。それゆえ、どのような人が実際に聞きにくるのか、全く想像もつかず、とても緊張したのを覚えている。実際には、PS、PF、GWといったそれまで僕が憧れ熱心に読んできた論文の研究者が予想外に見に来て、たくさんのコメントを残していってくれた。その後一年は、正にその時の経験がベースになってきたと言って間違いない。そういうわけで、自分にとってこの学会は、いつまでも忘れられない、原点とも言うべき特別なイベントであるのだ。
今年は残念ながらPSもGWも学会自体に来ていなかったが、PFさんは発表をしていた。話しかけるとちゃんと覚えていてくれていて、しかも土曜日にある僕の発表もチェックしてくれていた。残念ながら金曜の夜には帰らなければいけないので自分は聞きにいけないが、Assistantの人に行くように指示している、ということだった。
この学会は毎年、9月のある週の木、金、土と行なわれるが、金曜日の夜にはディナー・パーティがあり、それで帰ってしまう人も多くて、土曜日はやや人も少なくなって、なんとなく発表者も聴衆も疲れたような、のんびりした雰囲気が漂ってしまう。
僕の割り当てられた部屋は大きくも小さくもなく、また聴衆も多くも少なくもなく15人くらいの方に来ていただいた。そのとても恵まれた雰囲気の中、わりと余裕をもって発表を行なうことができた。去年のように、するどいコメントをもらう、ということはなかったけれど、最初の発表としてはいい機会になったと思う。
今回参加してみて一番大きな収穫になったのは、他の多くの日本人PhDの人たちと知り合うことができたことだ。残念ながら、僕の学部のPhDには他に誰も日本人がいないので、普段研究の話を日本語でする、ということがほとんどない。同じ境遇にいる人たち、つまり、現在PhDの学生として応用言語を研究している日本人の人たちといろいろな話をして情報を交換することが、こんなに有意義で楽しいことだということを始めて知ったように思う。
帰ってきたばかりだが、明後日にはベルギーに2つ目の発表に行ってくる。今度もまた多くの人たちに会えることを楽しみにしている。
「天狗になってたまるか」
- 高杉 良
- 青年社長〈上〉
大学卒業後ベンチャーとして始めた会社が、「和民」などを経営し今や日本を代表する外食チェーンにまで発展したワタミの渡邉美樹社長のこれまでの半生を綴った「青年社長」を読みながら常に頭に浮かんでいたのは、「これだけすごい人がいるのだから、自分などちょっとうまく行ったくらいで天狗になってはいけない」ということだった。
子どもの頃からの「社長になる」という夢に向かって、大学卒業後は経理を学ぶために経理会社に就職し、半年で身につけると、今度は企業資金を貯めるために、当時その労働の過酷さで有名だった佐川急便のセールス・ドライバーとして一日22時間労働を行なう。もちろん会社を起こした後も、次々に大きな問題が起こるが、そのたびに圧倒的なパワーで乗り切ってしまう。その一つ一つに対して、自分だったらどうするかな?ということを想像してしまうが、とてもではないが真似できないと、その行動力に感服してしまう。
この本の中でもたくさんの人たちが登場するが、共通するのは、みんなこの青年社長のほとばしるような熱意にほれ込んでしまうということだ。とにかく自分の夢に向かってすべてを賭する姿に魅了されてしまう。少し前にそのワタミが全面禁煙の居酒屋を開店するというニュースで渡邉社長がインタビューに答えているのをテレビで見たが、不思議なもので、ほんの数秒だったにもかかわらずその魅了は十分に伝わってきた。
たくさん印象的な場面があったが、中でも一番最後が特に心に響いた。なぜなら、この本を読みながら常に自分の戒めとして感じていたことが、まさに最後のことばとして記されていたからだ。
念願の株式店頭公開を果たした渡邉が、自戒を込めて全社員に向けて次のようなメッセージを書く。
「つまりわれわれは、絶対的な見方をするとき、ようやくスタートラインに立ったばかりなのである。他社は意識するな。われわれの敵はわれわれ自身であり、昨日のワタミフードサービスに勝ち続けるのみである。素晴らしい人材が集まっている。社会的信用も高まっている。いまこそ、いまこそチャンスなのである!天狗になっている暇などない。天狗になってたまるか。」
ここまで読んだ時に、あらためて我が意を得た気がした。これだけの人が「天狗になってはならない」と言っている。その域に到底達しない自分は、ほんのちょっとしたことでいい気になってはならないのだ。
常に自分との戦いであり、他人は関係ない…。これ以上、研究者にとって重要なことばはないのではないだろうか。にもかかわらず、これほど他者を嫉妬し、ちょっとしたことで天狗になる職業もないだろう。残念ながらそのような性質を持ったものであるのかもしれない。それならばなおさら、「天狗になってたまるか」と常に自ら戒めることはことのほか重要であるように思う。
いよいよこれから学会での発表が始まる。十分に準備はしてきたので、あとは真摯に自分のこれまでの研究成果をぶつけて、聴きに来てくださる方々の意見に耳を傾けたいと思う。
夏の終わり、一年の終わり
今日は朝から空には薄く雲がかかって、今にも霧が出てきそうなほどどんよりした天気で、肌寒い一日だった。夜には、2ヶ月以上に渡って行なわれたイギリスの夏の風物詩、プロムスの最終日の演奏が生放送され、暦の上でもこれで夏が終わったことを実感させられた。
夏の終わりと同時に、今日は一年の終わりでもある。というのは、今日の朝が大学院生の学生寮の滞在期限で、ほとんどの人たちが大学を去っていく日でもあった。僕自身はもうキャンパスには住んでしないし、今日も学校へは行かなかったが、朝学生寮の前で別れを惜しむ姿、そして午後には主を失って閑散とした部屋の雰囲気が、はっきりと想像できる。
決して大げさではなく、この一年が始まったのはほんの数日前のような気がするけど、実際にはあっという間に一年が経ってしまったのだ。一年前に、これからはじまる生活に期待と不安感を抱いてイギリスにやってきた人たちが、色々なことを経験し成長して、それぞれの場所へ戻っていくのだ。少し寂しい気持ちはするけど、すべてのことはいつか終わりを迎えるわけだし、一つ終わればまたすぐに次の 目標に向かっていかなければならない。立ち止まっている時間はないのだ。
僕自身は、いよいよこれから学会シーズンに入り、大学ではPhDの最後の一年に突入する。長いイギリス生活の総決算になるように、今まで以上に一つ一つの機会を大切にしていきたい。
学会発表リハーサル(本番)
日本の夏を思い出すような暑い日差しの中、学会発表のリハーサルを見てもらうために指導教官のS先生を訪ねた。到着するとその前の予定が少し延びていたが、3時を5分ほどまわったところで手が空いたので、一緒にすぐ近くにあるレクチャーシアターに行った。
おそらく数百人は入る部屋の大きさもさることながら、座席がかなりの急勾配で、舞台に立つと少々圧倒された。
そもそもわざわざこの部屋に来たのはパワーポイントを使うためだったが、あろうことか(…でもイギリスではよく起こるのだが)、プロジェクターが動かなかった。というわけで、結局用意したスライドのコピーを見ながらのリハーサルとなった。
そういうわけで、少々設備が期待はずれだったことに対して焦りながらのリハーサルだったが、それなりに準備はしてきたおかげで、発表自体は滞りなく進行し、言葉もスムーズに流れた。
先生の反応は想像以上によかった。僕自身はもちろん、自分の研究に対して自信をもってやっているけれど、ずっと一人で突き詰めてやっていくと、主観的になりすぎて、それが一体良いのか悪いのかが段々わからなくなってくる。ある程度進んでいくと、他人からの客観的な視点がどうしても必要になる。
S先生の意見は、他の誰よりも重視している。なんと言っても、視点がするどい。たとえ自分の専門外の内容でも一瞬にしてポイントをつかんでしまう。だから、この先生からポジティブな反応を得られた、ということが何よりも、「この方向でいいのだ」という自信になる。
そして、このリハーサルが本番のつもりで準備したので、2週間前にある程度完成させることも大きい。
その他にも細かな点をいくつか指摘してもらったので、それらを含めて、最初の発表まで残りの時間しっかり準備していきたい。
発表のリハーサル
大たい学会で発表する準備ができたところで、最近はやや中だるみの状態が続いてた。そんな中、来週先生の前で発表のリハーサルをして、コメントをもらえることになった。その時点から数えて2週間後に最初の発表があるので、最後の調整としてちょうどいいタイミングだと思う。
ただ、僕の学部は普段使っている建物が工事中で夏休みは他の場所に移動しているので、近くにパワーポイントが使える教室があるかがやや心配だった。先生が秘書に聞いて場所を押さえてくれたけど、それがなんと数百人入るレクチャー・シアターだった。いくらなんでも、と思ったけど、そこしか空いていないということだった。
まあ、本番でもそういう場所でやる可能性がないわけではないので(発表場所の大きさは行ってみるまでわからない)、精神的にもいい準備になるかな、と思う。
アメリカへの航空券
今日やっと10月のニューヨークである学会へ行く航空券を買った。いろいろ調べた結果、直通便でコンティネンタルが450ポンド(約9万円!)、経由便でエールフランスが300ポンド(約6万円)のどちらか、ということになった。
これが旅行だったら迷わずエールフランスの便にするんだけど、学会発表なので、できるだけトラブルは避けたいし、時間的にも肉体的にも余裕を持ちたいという気持ちが強い。特にそれまでに2つの学会が終わっていて、相当疲れているだろうと思う。結局差額の3万円で安心と時間を買う、ということになる。
というわけで結局コンティネンタル便を買うことにした。イギリス-アメリカ間というのはたくさん飛んでいるし競争も激しいのでもっと安いかと思っていたので、やや期待はずれだった。時期やフライト時間を気にしなければ、確実に安くなるのだろうけど。
でも初めてのアメリカでの学会発表だし、働き始めてからだとなかなか難しいと思うので、とても貴重な経験になると思う。イギリスとはまた違った雰囲気を楽しみたい。




