とにかくひとり暮らしがしたくて
お金が欲しかった。
でもカラオケのバイトはムカつく店長に我慢できなくて
やめちゃったばっかりだった。
でも、そもそもやめなかったとしても
時給800円とかで学校帰りに時々バイトしても
もらえる額なんてたかがしれてるし、
ひとり暮らしに必要な資金が貯まるのって、
いつ頃…?って想像すると気が遠くなってきて、
それでなんかどうでもいい気分になっていた。
りっちゃんと会ったのはその頃で、
無気力な私を心配したゆきちゃんが
連れてってくれた、
花園神社のすぐそばのクラブで、
混み合った店内の中でも
背の高いりっちゃんは一際目立っていて、
私の目には、りっちゃんのとこにだけ
スポットライトが当たってるみたいに見えて、
横にいたゆきちゃんに、
「あの子めっちゃ可愛くない?」
と思わず耳打ちしたほどだった。
ゆきちゃんはさして興味もなさそうに
「あーなんかモデルとかやってそうな子だね」
とか言ってたけど、
そのあとりっちゃんに話しかけられたときには
ゆきちゃんも興奮して声がワントーン高くなってた。
ウィルキンソンの瓶を持って
近づいてきたりっちゃんは、
ゆきちゃんの持ってたグラスを指差して
「ソレなあに、なんかおいしそう〜」
って言った。
ちょっとペタペタしたしゃべり方で、
それが見た目と似合ってなくて
可愛くて、一瞬で、私この人が好きだな、って思った。
ゆきちゃんはカウンターの奥にいる
知り合いのバーテンの男の子を大声で
必死になって呼んだ。
「じろやん!じろやん!ゆきとおんなじ飲み物、
もひとつ作って!早く!おっきいグラスで!」
りっちゃんは仕事の友達と
3、4人で一緒に来てたみたいだけど、
「なんかみんなナンパされた男の子たちに
くっついてっちゃってつまんないからさ、
一緒に遊ぼ」
って言って、じろやんから渡された
南国リゾートみたいなトロピカルドリンクの
グラスをみて爆笑しながら乾杯した。
りっちゃんの住んでるマンションが
うちからすごく近いことがわかって、
それから私たちはよく遊ぶようになった。
りっちゃんのマンションは
同世代の女の子が一人で住むには
驚くような広くて大きなマンションで、
「もしかしてりっちゃんてご令嬢?」
ってゆきちゃんが目を丸くしたら
「ふふふふ〜、ま、あ、ねえ♬」
って、歌うような返事で、
その返事は楽しそうだったけど、
それ以上の深入りはお断りします、
って張り紙がしてあるみたいだった。
私は、
りっちゃんはモデルの仕事してるから、
自分で稼いでるんだろうな、って思っていた。
それからゆきちゃんは
バイト先の男の子といい感じになったとかで
めっきり私とは遊ばなくなってしまって、
それは少し淋しかったけれども、
でもほんと言うと、これでりっちゃんと
ふたりきりで遊べる!って
ちょっと嬉しくもあった。
りっちゃんはほんとにお金持ち、
というか、お金には全く困ってないみたいだった。
いっつもシャネルの新色のリップを使ってたし、
すぐにタクシー乗ったりして、
それで私がお金ないから歩こうよ、
って言っても「足痛いもん、いいよアタシ払うからさ」
って言って、りっちゃんがお金ないって言うのを
私は一回も聞いたことがなかった。
私がカフェのバイトを
寝坊してクビになって、
さすがに自己嫌悪に陥って、
お金がほしいのに何て自分はダメなんだろう…、
って愚痴を言ってたときに、
りっちゃんが不思議そうな顔でこういった。
「明日香ちゃん、なんでお金ほしいの?」
「え、何で、って…。」
言葉につまった私に
「明日香ちゃんいっつもカラオケとかカフェとかで
バイトしてるから、お金がほしいんじゃないのかと
思ってたよ。お金ほしいんだったらさあ、
あたし紹介しようか、パトロン」
「…、パトロン?」
あまりに意外な単語が飛び出てきたので
私はびっくりして声が裏返った。
その声を聞いてりっちゃんは楽しそうに笑った。
「あれえ、言ってなかったっけ。
あたしパトロンがね、4人、うーんと、いや、5人かなあ。
とにかく何人かいるの。」
りっちゃんの説明によると、
パトロンという男の人たちは、
一緒にご飯を食べたり、
カラオケをしたり、
手を繋いで六本木ヒルズを歩いたり、
その後でホテルに行ったりすると、
お礼としてお金をくれるらしい。
「援助交際?」
「うーん、明日香ちゃんがそう思ったら
そうかもしれないけど…。
でもあたしは、援助してもらってる、
っていうより、仕事してる、っていう感覚だよ」
そう言いながら可愛いディオールのポーチから
名刺を一枚取り出した。
「ハイ。これあげる。」
韓国コスメをくれた時とおんなじような感覚で、
「斉藤善行」って書いてある名刺をくれた。
「ヨシユキさんはねえ、
あたしの一番信頼できるパトロンの、部下。
昔ボクサーだったんだって。
写真みせてもらったことあるけど
かっこよかったよ、
腹筋がめちゃ割れてたし」
コラーゲンを毎日飲んでると
いくら夜遊びしても肌のコンディションが
悪くならないっていう話みたいに教えてくれた。
斉藤善行さんがどんな人なのか、
パトロンてなんなのか、
援助交際とどう違うのか、
ということは何一つわからなかったけど、
お金がほしい人は、
カフェとかコンビニで
時給800円とか1000円とかで
働かない。
ということだけは
はっきり、くっきりと分かった。
そしてそれは、
今まで解けなかった数式が解けたかのように、
頭の中の霧がさあっと晴れていくような
そんな感覚だった。