ぼっちあるき

ぼっちあるき

物語とか街歩きとか

彼らには意識があった。眠くなれば眠るし、腹が減れば食物を探す。痛みを感じれば回避を試みるし、仲間と共に行動をする。その行動の全ては、自分という個体を存続させて次世代へ繋ぐために行われる。

 

彼らに視力はない。光を感じることはできるけど、何かが見えることはない。明るいか暗いかが分かるだけだ。それは地中に暮らす彼らにとってあまり役には立たない。誤って地上に出てしまわないように残された機能。目が見えるなんて、その程度のものだ。

 

ある日。彼らの中に見える個体が現れた。彼は光を求めて地上へ出た。地上は光に溢れていて、その眩しさに驚いた彼は、森の中へ身を隠して周囲の気配を窺っていた。

 

どれくらいの時間が経っただろうか。時間という概念のない彼にとっては、時の経過なんて生きることとは関係ない。食べ物はいつだってどこかにはあった。眠くなったら寝る。腹が減ったら食べ物を探す。それが生きることの全てで、運が良ければ自分のDNAを繋ぐことが出来る。

 

でもそれは自分でなくとも、仲間の誰かが繋げればいい。そうして生まれた次世代を守り、仲間を増やすことが大事な役割なのだ。それは使命とも運命とも言える。生きることに意味があるなら、それこそが生きる意味だ。

 

暗い空と緑の野原、橋がある風景

 

光が失われつつあった。彼にとっては未知の世界だ。今まで見えていたものが見えなくなっていく。見えるって、光が見せてくれているということなのか。彼はそう学習した。環境の変化に適応する能力は、早く獲得した方がサバイバルできる。彼はその能力に長けていた。見えるようになったのも、その能力のおかげかもしれない。

 

ただ、昼と夜という概念はなかった。故に周囲が暗くなっていくことが理解できない。自分の目が元に戻ってしまったとしか思えなかった。ならば地中に戻るしかないのか。彼は迷った。地中にいた時には感じられなかったものを全身で感じていた。もちろん彼は、それが風だなんて分からない。体が冷えてきたことを感じるのみだ。

 

さらに大きな変化がやってきた。頭の上から水滴が落ちてくるのだ。一つや二つではない。まるで地下で鉄砲水が流れ込んできたように、大量に上から落ちてくる。彼の脳裏には、仲間の誰かが水に流されて消えてしまった過去が蘇る。地中なら穴を掘って逃げることができるが、上から落ちてくる水は避けようがない。ここで穴を掘っても、水は後から付いてくるだろう。彼にはそれが予見できた。

 

彼には過去を思い出す記憶があり、未来を予見することもできた。それは危機回避という本能的な能力として、彼の仲間にも備わっているのかもしれない。彼が特異なのは、「危ないから逃げる」という危機察知と行動の間に、どうしたらより命を守れるかという問いを立てられることだ。その結果、彼は穴を掘ることを止めたのだ。

 

彼は落ち葉に身を隠し、じっとして動かないことを選択した。水は地中へと沁み込んでいる。その水が地中でどうなるのかは熟知している。今いる土の上が崩れてしまうことはないだろう。

 

動かないという選択は、考えるという間のない生き物にはあり得ない。危機を察知したら、むしろ反射的に素早く動くだろう。そうして捕食されてしまうこともあるだろうが、動物とはそういうものだ。生きるために動く物なのだから、動かないなんて選択はないのだ。

 

彼は落ち葉の下で動かずにいた。じっとしていた。落葉が彼を雨から守ってくれていた。周囲は真っ暗で、雨の音だけが響く。初めはその音に驚いていた彼も、次第に状況に慣れてしまい、いつの間にか眠ってしまった。

 

地上には彼を捕食する生き物もたくさんいるだろう。でも彼はそんなことは知らない。まだ学習していない。仮に学習の機会が訪れれば、彼はもうそのことを知ることはできなくなる。眠ってしまった彼に、そんな考えが浮かびようもないのだけれど。