この記事は前回の記事の続きになります。

 

まだ読んでない場合は下記からどうぞ!

 

 

 

 

 

前回の続きです。

 

もっと私が頑張らないと...

と必要以上に自分が頑張りすぎることによって

人の可能性を奪っている驚き

ということもあるのではないか?

 

 

ということについてですね。

 

 

 

 

 

人はそれぞれ自分だけの人生を生きてますで

誰一人として同じ人生を生きている人はいませんよね昇天

 

 

同じ日本でも

生まれた場所、家庭環境、

育った環境、受けた教育、

全て違います。

 

 

今たまたま職場が同じとか

たまたま何かで出会ったっただけで

全く違う道の上に立って歩いています。

 

 

得意なことが違えば

苦手なことも違います。

 

 

好き嫌いも違えば

痛みを感じる度合いや

我慢できる範囲も違います。

 

とにかく

「違う」ことが大前提になります物申す

 

 

 

 

 

人生はよく旅に例えられます。

山あり谷ありで平坦な人生なんてない。

とかですね。

 

 

ここでもその例えを使わせていただくと、

人生の中の現在地は人によって違います無気力

 

 

 

 

 

絶賛山上り中の人もいれば山を降りている人もいます。

 

谷に真っ逆さまに落ちたばかりの人もいれば

這い上がっている最中の人もいます。

 

 

 

 

ゴールをどこにするかにもよりますが、

越えなければいけない山の高さや山の位置

山の数も人によって違います驚き驚き

 

 

同じ職場にいても

その環境が自分にとっては「山」だけど

人によってただの「砂漠」かもしれないです。

その逆もありです。

 

 

 

 

 

ただ、目の前にもし

越えなければいけない山がある場合は

そこを越えないと先には進めません真顔

 

 

ある人の今目の前に

越えなければいけない山があるのに、

 

 

私がその山越をする機会を

奪ってしまったとしたら、

それはその人の人生の前進を

妨げをしていることになります魂が抜ける魂が抜ける

 

 

 

 

 

そう考えると

必要以上に自分が一人で頑張ることはよくないことかもしれない。

と心にふっと思いました凝視

 

 

 

そしてさらに

自分ばかり頑張っているという環境にして、

 

悲劇のヒロインになって、

 

誰かが優しい言葉を

かけてくれるのではないか?と

どこか淡く期待している。

 

そんな承認欲求からの行動ではないか

と思いましたニコニコ

 

 

 

 

 

下心満点ですね!爆笑爆笑

 

でも、まあまあ、、

そういう私がいてもいいニコニコ

(この肯定大事)

 

 

 

 

 

 

 

 

という感じに

もっと私が頑張らないと...という

自分いじめをしてしまう理由を

深掘りしてみましょうよだれ

 

 

 

私の場合、

私が頑張ることによって

誰かの妨げになっているなら

それはしたくないなー。と

無理やり言い聞かすこともなく

自然に思えましたし、

 

 

何より

自分の承認欲求で出た行動だったと思うと

自分にとっても越えるべき山なんじゃないかと

気づくことができました昇天昇天

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

これは私の考えですが、

どんな人生も楽しいことだけ

って言うのはあり得ませんし、

 

楽しいことだけって実はむしろつまらないんじゃないかと思いますにっこり

 

 

 

自分の課題は自分のものです。

人の課題も人のものです。

 

 

楽しいことが正義で

辛いことが排除すべき悪ではなく、

 

楽しいも、幸せも、辛いも、

全てひっくるめて

 

その人の大事な大事な

人生の一部なんだと思いますよだれ

 

 

 

助けてあげるのはいいですが

奪うことは違うんじゃないかと

思いました無気力無気力

 

 

 

 

 

 

 

 

 

いかがでしょうか?

 

今回は

もっと私が頑張らないと...自分いじめをやめる

をテーマに私の経験と気付きを書きました。

 

同じように悩んでいる方いらっしゃいましたら

ご参考になればと思いますニコニコニコニコ