今が26歳やけん、9年も前になります。8年半かも(笑)
高3の夏の終わりに10日間程、病院に入院しました。
婦人科です←え?
妊娠とか出産とかやないですからー。
右卵巣嚢腫という病気に突然なりましてー。
あの朝、起きると胃が痛かったのです。
夏休みなので、そのまま療養といけばよかったのですが、その日はお手伝いしている先輩の劇団の本番、最終日でした。
私は照明のオペレートをさせていただいていたので、意地でもいくー!というか、朝は胃が痛いだけだったので、胃薬を飲みました。そうすればこの痛みもよくなるだろうと思ったから。
そして、劇団へー。
本番は昼と夜の2公演。
とりあえず、体調悪い旨は伝えたが、当時高校生の私は友達とはしゃぎますよねー。
そしたら、どんどん体調わるくなってきたんですよねーw
昼の公演は体調わるいながらも無事終えることができました。
そして夜までの休憩時間。
体調悪い私は横になると…体をまっすぐして寝ると、なんと息がし辛い、ちょっと苦しい…(´Д` )なんだこれ?くらいにしか考えてなくて、なんで薬きかんのやろー??とかくらいの考えで。
そんな状況で、真夏の暑いお家のトイレに行き、用を済まし立ち上がろうとした瞬間、意識失いそうになって、ぶっ倒れそうになって、これじゃヤバい…と思い這い蹲ってトイレから出て意識を保ちましたが、顔面蒼白。けれども夜本番もあるからと軽くしか友達に状況を伝えず、休憩する事に。だがこの時、既に横になると呼吸が出来ないという状況。さすがにーと思って、友達と一緒に薬局へ。
薬剤師さんに状況を伝え、薬なんかいいのないですかー?って言ったら、盲腸かもしれないよ?早く病院行った方がいいよ!ととりあえず、試供品の整腸剤をいただきました。
これを飲んだんですが、全く体調がよくなりませんでした。後々考えたら当然ですけどねw
この後、夜本番前には体を直立から前後30度くらいの角度までしか倒せない状態でした。それ以上傾けると呼吸ができなかったから。流石にこの状態で照明のオペレートを一人で行うのは困難でした。先輩の劇団は自宅劇場という場所で特殊なシステムだったためかもしれません。
出番待ちのやくしゃさんにボタン押してもらったり、いろんな人に手伝ってもらってやっとのこと熟したというのが現実です。
正直悔しかったです。
冒頭にも述べた通り、この日は最終日なので、夜本番後には装置のバラシがありました。そんなのせずに帰って病院いけよって感じですが、帰らず。ほぼ休んでたんだけどね。バラシ後には楽しい楽しい打ち上げが✨
いやもう、そんなの出ずに帰れよまぢで!って感じですが、当時の私にとって、過保護すぎていつも夜は家にいなきゃいけない私にとって、夜に友達と騒げるなんてもー夢のような時間だから、帰りたくなかったんです。せめて30分だけでもってワガママ言って残ったのです。どれだけ体調悪いかなんて最終的には本人にしかわかんないからね。
そして始まって数分後、私の幼馴染の進路を悪い大人が大声でバラしちゃって、それに大爆笑したら、完全に一瞬意識飛んで、友達に助けられて、呼吸困難…。
すぐに呼吸できるようにはなったけど、もう大事件ですよ。すでにまた顔面蒼白ですし。友達が私の親を読んで、車で迎えに来てもらって、車でめちゃくちゃ怒られながら病院いくけね!と激怒されながら病院へ。
この時の私としては、こんなに苦しいのに今怒らんでーとか思いよったけどw
ひたすらゴメンナサイと言い続けました。
近くの夜間の病院に行って、検査してもらったんですが、これがまたエコーとるとかいうけど、横になると呼吸ができない事伝えたが、横にならないと取れないということで頑張って、何度か呼吸困難になりながら検査して、先生がふいにわかったかもーって。
それが卵巣嚢腫でした。
ただこの病気、婦人科系なので、夜間で婦人科は車で1時間の所の病院しかなくて、救急車ではなく、なぜか車での移動を選ぶ。
時刻は午前0時過ぎ。
やっとのことついた病院でも麻酔を数種類されるので横に寝させられ、呼吸困難になりながら麻酔が効いてきて意識朦朧の中見た自分の血圧が20くらいだった。
この時の麻酔の針とても痛かったんですが、呼吸困難の方が苦しくて耐えれたんですねー、人って不思議。
それから明け方5時頃、緊急手術され、無事に一命を取り留めました。
実際、この時のどうなってたかといいますと、
どういう訳か、右側の卵巣のところに嚢胞というものができており、その嚢胞が大きくなって体内で血管を圧迫した為、血管が破れ、朝から体内で徐々に血液がたまっていっていた。その溜まった血液が体内で臓器を圧迫して痛みを感じると共に、肺を圧迫した際に呼吸困難になっていたとのことでした。
術後、体内に溜まっていた血液は800cc。
朝から溜まってたから怖いよね。
この手術の時に血液型がAマイナスと判明。ストックがないという事で輸血なしでの手術でした。
後に、病院の先生から、宝くじに当たるように確立といわれましたが、これはきっとこの病気にかかる率、症状、年齢を加味した確立だと思われます。それなら宝くじに当たりたかったなー(笑)
あ、ちなみに嚢胞は切ったけど、卵巣温存なので両方もってます!(笑)
長くだらだら書いてみたけど、結果として言いたいことは、
あの日怒られながら病院にいかずに翌朝まで放置してたら、出血多量で死んでいた可能性もあります。
偶然卵巣温存で大丈夫だったけど、タイミングがずれていたら卵巣摘出だったかもしれない。
あの日、いろんな判断で人生が大きく変わったかもしれない1日。
そして今こうしている未来。
もっと大事に生きなきゃいけないのかもしれない。
あの時、卵巣温存で親族は喜んでいた。17歳の私にはそんなのどっちでもよかった。今の私はやっぱり温存でよかったと思う。
再発もせず、後遺症もなく過ごせているというのは本当に運のいいことなのかもしれない。
あの日、一度死んでいた。
そう思うと、もっとちゃんと生きよう。
今更そんな風に思えてしまう。
遅いなぁ、気付くの。
あーオチない。
オチないから婦人科に入院してた時の話するけど、羞恥心というものがなくなります(笑)検査がね、思春期にはつらかったw
あとは、産まれたばかりの赤ちゃん、幸せそうなお母さん達を沢山観れたのがよかったなー。
そうそう、救急に来た時に横に搬送された16歳の妊婦さんも無事出産しててよかったなーと思いました。
そんな私の17歳の思い出でした。