★★★ 3回目の手術(2019年4月)(39歳)★★★

【手術前日】
2019年4月18日

腕の不調が出始めてから、手術までの数ヶ月間本格的に終活をする程、絶不調だった。


悪夢の再発手術から 1年2ヶ月。
痛みと恐怖の記憶が鮮明に残る中、迎えた2回目の再発手術

1回目には『知らない強さ』があるが、
2回目には『分かっている怖さ』がある。


看護師に
「手術範囲が広いから今回は前回よりも痛みが強いかもしれない」
と言われた時に、
『去年より痛かったら死ぬな…』と思った。


鎖骨を触ると手が痺れる事を伝えると、張ってるからね…と言われた。



【手術当日の朝】
4月19日

マーキングの後、主治医から
安心して手術に臨みましょう。任せて!」
という言葉をもらい、大喜びしてビクッとさせてしまった。

改めて
安心して
と明るい表情で言い残して病室を出て行った。

医師に一番言って欲しくて、一番嬉しい言葉を自信たっぷりに言って貰える安心感は半端なかった。

しかし…

マーキングを見て、ドキッとした。

↑自撮りの為、反転


1年2ヶ月前手術3ヶ月ごとエコー
なのに、こんなに進んでた…?

鎖骨に転移してるなんて知らないから、カイロでマーキング辺りのマッサージを受けてたんだけど…。


【手術室】
手術室では全員がマスクをしていた。
なぜなら…

3月9日の診察室で
麻酔科医の指名はできるのか?と主治医に聞くとできないと言われた。
「相性が良かったんですか?」
と聞かれたので

「手術室でマスクを着用していなかったから、去年と同じ麻酔科医は嫌だ
と伝えると、主治医は少し考えて
「その人は○曜日だけ来るから、手術を○曜日にする事は可能」
との事で手術日を調整してくれた。

すぐに誰だか分かる時点で、常習化しているんだな…と思った。


【術後】
恐怖だった地獄の痛みはないが、
どんな動きをすると、どんな痛みが来るか、心も体も脳も覚えているから怖かった。

刻々と近付く魔の腕上げの時間、家族に数分おきに時間を聞き、何度も「怖い!」と言った。
この時間は本当に怖くて大嫌い。


強い吐き気で2回嘔吐した。
匂いと光に敏感になり、何もかもが気持ち悪かった。

腹部と太ももにアレルギー反応が出た。
薬疹ではないか数人の看護師が確認しに来た。

痛いし、気持ち悪いし、怖いし
術後特有の不調が前回も今回も辛すぎて、
「二度と手術は嫌だ!」と何度も家族に愚痴った。
『乳がんの手術は楽』だと思ったのは初回手術だけだった。


これ以上の吐き気止めは使えない
乳がんの人は気持ちから吐き気が来る事がある。出来る事は首を動かさない事。今日はもう寝ちゃいますか?」
と看護師に聞かれた。
『おっ!魔の腕上げから逃れられるチャンス!寝ちゃおう!!』
と思ったら主治医がもうすぐ到着すると伝えられた。

とうとう訪れた…。恐怖の時間から逃げられなかった。
家族が見守る中、腕が上がった。
去年の様な嫌な思いはしたくないと、手術が決まってから毎日どうしたら腕が上げやすいか練習していた努力が報われた。

腕は上がるが鎖骨のテーピングが首にめり込んで痛い。
これ以上は上がらない!と思ったら
「まあ、良いでしょう」と言われた。


家族からの質問に対して、主治医の回答

進行が早かったエコーで見えにくいタイプだった。

前回の手術ではリスクを最小限にする為に転移している部分だけ取った
前回は放射線をやらなかったから残ったガンから再発した。
今回の再発は想定内

今回はレベル2、3をしっかり全て取ったから、同じ所から再発する事はない。出るとしたら首とか先
だから先に進むのを食い止める為に放射線をかける。

PETに写っていないが、先に進んでいるかもしれないから放射線をかける。
放射線はリンパに凄く効く

血管に入った遠隔転移ではないので、抗がん剤ではなくて放射線で良い。

鎖骨上は固くなかったから1つだけ取った。
見えない物は取れない。

今年中に新薬が出る。分子標的薬が保険適用になる」

との事だった。
何度も「今回手術した所にはもう出ない
と言っていたから、

取り切ったって自信を持って言ってるし、
もう大丈夫だね」
と安心する家族。まるで去年の自分を見ている様だった。
(去年の術後は自分も同じ様に思った)



【手術の翌日】
4月20日

翌朝、主治医がガーゼ交換に来た。

ベッドに横になり、腕を頭の上に持っていく様に言われたので、ゆっくりと上げた。

「吐き気は治まりましたか?
傷はどちらが という事なく痛いですかね?
痛み止めだけ出しておきますね」

今回の主治医は優しいぞ?!と思っていたら、傷にテープがくっついたらしく、
「くっついちゃった」
と言いながら傷に張り付いたテープを剥がした。
絶叫。そして出血。それをガサガサな紙で拭いた。雑な扱いに恐怖心が増した。

巨大綿棒で傷を消毒して2種類のテープを重ねて貼りながらテーピングの事、放射線の事を説明された。

前の病院はボンドだったので、この工程が無かった。だから余計にこのガーゼ交換は本当に苦痛で嫌い。


【退院】
4月20日

「遠方だから電車で帰宅するのは大変だ」
と看護師が言っていた通り、かなりの痛みがあって電車での帰宅が困難だった為、家族と一緒にタクシーで帰宅した。

潔癖で入院等の特別な事情が無い限りシャワーを浴びずにベッドに入る事ができないのに、痛みが我慢できずシャワーも浴びずに就寝した。


【摘出】
リンパ浮腫が怖くて、手術前に何度も確認した時に
「今回はレベル1は手術しないから大丈夫
と主治医に言われていた。

↑手術前の説明


術後、見回りに来た看護師に腕を触られた。

「触られている感覚がありますか?」と聞かれ、
「触られている事が分からない」と答えたら、
「今回は腕は関係ないですけどね」と言われた。


『主治医の言った通り、レベル1は郭清しなかったから腕は関係ないのか…』
と思った。

しかし、
家族に撮ってもらった写真を確認したら、
摘出したのは殆どがレベル1だった。

レベル1の写真を見た感想:「え?取らないと言っていたレベル1を取った?しかも こんなに沢山?」

レベル2の写真を見た感想:「え?これだけ?

(実際の写真は一番最後に掲載)


【転移数】
レベル1   : 3/3個
レベル2+3: 1/2個
鎖骨上     : 1/1個
合 計     : 5/6個

↑病理結果



【術後の状態】
退院後、両膝下にブツブツができている事に気付いた。
副作用かと思い、他の質問と一緒にメールをすると、
術中術後に身につけていた接触性アレルギーとの回答だった。
素材は不明だが原因が手術用の靴下なら納得。
(アレルギーとしてナイロン製品と事前に伝えてある)

手術の負担は想像以上に大きい


主治医への他の質問と回答↓

術後4週間で外来とネットで書いてあるのに、自分は7週間あくのは普通の事?

→連休を挟むから。


鎖骨上に転移している事を知らずに、カイロで何度も鎖骨周辺のマッサージを受けた。

『そのせいでガンが首に流れているのでは?!』と再発が不安になっている。

早く放射線を開始したいが、急ぐ必要はない?

→ありません



痛みは1ヶ月続いた。

今回は傷が2本できたので、テーピングも2箇所

テーピングはカチカチになり、皮膚にめり込むし、強力なテープで首まで引っ張られているから、首が動かせなかった声も弱かった
テーピングを早く剥がしたい!
けど、傷を見るのが怖い

↑上下重なっている部分は剥がれる時に厄介



初めて腕のピリピリが無かった。

傷が縫い縮まった様な感じや、
腕が上がり切らない感じ
傷の部分に何かが入っているみたいな痛みが無くなった。


鎖骨に火傷みたいな痛みがあり、半年近く消えなかった。


2回目の手術(2018年)で変形した脇は、
3回目の手術(2019年)で引き上げられたからか、
少しだけ気にならなくなった

↑自撮りの為、反転


【傷】
今回で傷は4本になったが、
新しくできた傷は2本とも綺麗だった。

1本は太くて目立つが凸凹ではないので、薄くなれば気にならなくなるかも?

↑傷は綺麗

↑段差が大きくなった

↑脇の窪みが深くなった


【気になる事】
術後だからなのか、まだガンがあるのか、首がチクチクする。

ガンがトゲトゲしていて、それがツンツン触っている様な感じ(イメージ)がすると周囲に話していた。

物を飲み込むと鎖骨の傷が引っ張られる



【術後7週間】
2019年6月5日

病理結果の日、エコーの後に
「今の所見えないです」と言われた。

あんなに断言してたくせに、見えたら困るんだけど…と思った。


手術のお陰で少し不調が和らいだと思っていたら、

このサイズで症状は出ないですよ。皆に言ってますよね?!」
と主治医に言われた。

自分のブログにその時の症状を書いていた事について言っているのが明らかだったが

え?こっちが悪者???

自分は実際に症状を感じている訳だし、
タイミング良く不調が出たお陰で受ける事になったPET
そのお陰で見つかった鎖骨上のガン

もしも不調が出なかったら見落とされてたんだけど!と思った。

しかも主治医の患者から
「皆に間違った事を言うべきではない」
と人伝てに言われ、この時から心のバランスが崩れ精神安定剤が手放せなくなった。
それでブログをやめた。



鎖骨の次に進むのは首と縦隔である事、それは規約上遠隔転移である事を主治医の口から確認した。

遠隔転移だから、もう早期発見はしないですよね?今後のPETの頻度は?」
と聞くと、

「“早く見つけても意味がない (リードタイムバイアス)” と違う。
最初は半年に1回で十分でしょう」
との事だった。

「本人も希望していないし、抗がん剤でなくて良い。今後も普通にホルモン療法で。
放射線はやった方が良い鎖骨だけでなく、首まで照射する」
と何度も念を押された


1回目の放射線が予防照射になっていなかったのでは?今回もやる意味ある?」
と質問したら

「無い所にかけるのと今回は違う。ターゲットがある今回は、放射線をやる意味が十分意味があると思う」
と言われた。

ターゲットがあるんだ
取り切ったと何度も言っていたのに…。



=== 鎖骨と首に放射線 (45Gy)(39歳)===

【術後9週間】
2019年6月20日

放射線科を受診。

「‘‘首に怪しい物があるのでMRIでしっかり見て下さい’’
 と主治医に言われています。
“取り切れた” と聞いていますか?」

と放射線科医に聞かれた。


え…どういう事?!


何故そんな大事な事を主治医から本人に知らされていないのかが理解不能で、思考停止した。


放射線科医は「30回照射します」と言った後で「25回で良いや。25回で大丈夫」と訂正した。
一度【30回】と聞いてしまったから、25回で本当に大丈夫なのか?と妙に不安が残ってしまった。



【放射線前の検査】
2019年6月21日
CT検査。

技師が1回目と3回目の手術の傷をワイヤーで囲って黒いマジックで細かい点を付けてから、CT。



傷は4本あるのに、2本しか囲まなくて良いの?
1回目と3回目の間である2回目の傷は流路なのに囲まなくて良いの???
2回目の傷の所に腫瘍があったら そこから再発しない?

不安だったので技師に聞いたら、今回は新しい2本の傷に照射する。医師からの指示との事だった。



【MRI検査】
2019年6月21日


【放射線照射】
2019年7月1日

放射線治療が開始した。

照射前の診察室でも
「首にある」と教えて貰った。
また、主治医からは鎖骨上と首に照射する様に依頼されているとの事だった。

「腫れているのは無い。先に進んでいるかもしれないから照射しておこうという事だろう。進んでいるからではないと思う」
との事。

ついでに質問。
「CTの時に1回目と2回目の傷をワイヤーで囲まなかったけど大丈夫?」
→前の傷の所はやらない。



7月2日
主治医が放射線科医に「首に怪しい物があるからしっかり見て下さい」と言った事が気になって仕方ない。
MRIの結果、転移があったのか真実をハッキリ知りたい!

それを看護師に伝えると、放射線科医に連絡してくれた。
「依頼を受けた所はしっかり照射しているから安心して」
との回答。


7月8日
放射線科医に問題のMRI画像を見せて貰うと、首に小さい影、鎖骨に大きめの影が写っていた。

「首と鎖骨に怪しい物があります。
右には無いが左鎖骨変な物がある」
と教えてくれた。

鎖骨はつい最近手術したばかりなのに、怪しい物がある意味が分からなかった


頭の中が混乱して、手術前にMRIなんて撮っていないのに
「それは手術前の画像ですか?」
と聞いてしまった。
術後の画像だと言われた。


安心させる為か放射線科医は
「主治医の指示通り照射している。
照射野に入っている。しっかり照射している。やっつけている」
と言ってくれた。

「腫れている訳ではないので明らかな転移とは言えない」
との事だったが、この状況で転移ではない とは到底思えなかった。


1回目の再発手術後も、2回目の再発手術後も
取り切れた」と主治医は言っていたし、

今回 手術をした所にはもう出ない」と間違いなく家族も一緒に聞いたし、

主治医は先月のエコーで見えない」と言ってたのに、
鎖骨に怪しい物があるとは、どういう事なのか理解できなかった


首に転移したら規約上は遠隔転移なのに何故そんなに大事な情報を本人に教えないのかが理解できなかった。
その反面、事実を教えてくれた放射線科医に心から感謝した。



【乳腺外科受診】
2019年7月20日(39歳)

後日の診察で主治医に聞くと、
終始 何の話???という様子。


エコーではそういうのは無いです。
MRIで写ったんですか?
それは放射線科で治療するのでは?

術後だから、MRIで怪しいというのは反応性なのかもしれない
それが放射線で消えたとしても、ガンだから治療で消えたのか、反応性だからかは分からない
との事。


主治医はネット上で、発生した時点で良性はずっと良性、悪性は悪性だと言っている事から、
普通に考えたら これは悪性で、進行したのでは?悪性なのかどうか不安を抱えたまま過ごしたくないからハッキリさせたい!と伝えると

「できません!大きいなら分かるけど画像では確定出来ない!そういうものです!」
と感情的に強い口調で言われた。


「PETに写らずに、MRIで写ったのであればMRIでないと放射線の治療効果が分からないのでは?
治療効果を確かめる為にMRIをやりたい
と伝えると検査の予約を入れてくれた。


「首にあればステージ4ですよね?」
と再度確認すると、
「そうです」との回答だった。


エコー検査へ。
放射線も折り返し地点を過ぎているのに、エコーの時に主治医から
「放射線やってないんですか?!」
と怒ったような口調で聞かれた。

照射している事を告げると、何回やったのか、何回照射するのかを聞かれ、本院と分院間で情報が共有されていないのか不安になった。


「赤くなってないですね」
と主治医に無表情で言われ、つい先日 放射線科医から
「治療計画した部分が赤くなっている」
と言われたのに、また2人の意見が別れた。

赤いの?赤くないの?赤くなってないとどうなるの?
猛烈に不安になった。


診察後の待合室で
先程予約したMRIはキャンセルと看護師から告げられた。


更に半年前から予約していたリュープリン
打つ間際になって突然キャンセルだと言われた。

「しっかり6ヶ月空いていないと打てない。前倒しは体への負担があるし、保険の監査で引っかかる。次回の外来で打ちましょう」
と主治医が言っていると看護師から伝えられた。

何で、今打つ注射が3ヶ月後?!
投与日のカウントに間違いはないと伝えると
3ヶ月後でも問題ないが、気になるなら来月来ても良い」
と主治医が言っていると看護師。


今まで24週間隔で受けてきたし、敏腕看護師が予約してくれた日だからカウントに間違いはないのに意味が分からなかった。
注射を打つつもりで待機していた看護師と理由が分からず二人で首を傾げた。

結局、何度も抗議したが打って貰えなかった。
リュープリンを打ちに来たのに、遠方なのに無駄足になってしまった…と顔見知りの職員が何度も謝ってくれた。


週カウントだと前倒しで体に負担” なら、今まで4年も週でカウントして打って来たのは前倒しで体に負担だった…って事?!
大丈夫なのか不安でいっぱいになった。


放射線で毎日通院しているのだから、本院で打って欲しいと希望を伝え、手配してもらった。
しかし、その日に打てるなら予定通りに打てたはずだから、突然キャンセルになった理由が ますます分からなくなった。

主治医にメールで問い合わせると
月単位でカウント。今までそうしてきた
との回答だったが、
実際はこの4年間リュープリンは週単位でカウントして打ち続けてきた。



【次の診察】
2019年10月3日 (39歳)

「次のリュープリンの投与日は1月16日で」
と主治医に言われた。

前回の診察日に打つ予定だったのをキャンセルされたから その後の投与日もズレたのに、前回の診察からのカウントになっていた。

その日だと24週よりも前倒しになる事を伝えると
24週を超えた方が良いです。じゃあ、その次ですね」
と主治医に言われた。

24週に打たれて それこそ体に負担…となる前に回避する事ができた。
自分でしっかり確認しておいて良かった。

主治医が勝手にキャンセルしたから放射線科で打って貰う羽目になった事は把握しているのか?
と思った。

24週カウントで投与して良いのか何度も確認したが、
24週で良いとの事だった。
もう何が何だか訳が分からない。



左の鎖骨が腫れていて張る事、
左手にダルさ、痺れ、不自由さが出る事を伝えると
「術後だから。時間が経てば大丈夫」
との事だった。

また、今後もホルモン療法(リュープリン+タモキシフェン)を継続との事だった。



【放射線照射による症状】
2019年7月〜8月

にも放射線が当たる為、特に朝は水を飲むのも大変になった。

薬はよく効くが、不味いメロンソーダみたいな感じでドロドロして飲みにくい。
冷やすと飲みやすいと看護師が教えてくれた。

照射が終わると改善されたが、しばらくは少し喉に違和感があった


照射が終われば終了ではない
皮膚が再生するまでに5年位かかるそうで、紫外線に当たらない様に皮膚の保護と保湿は継続する。


しっかりケアしたいが、首や鎖骨は露出する場所だからオイルでの保湿は避けたい。
今後はどうケアすれば良いのか心配。




2019年7月29日
主治医と放射線科医の食い違う不安でたまらない毎日。

「放射線の治療効果を確かめる為にMRIをやりたい

と放射線科医に伝えると
「すぐにはやらない。9月のPETの結果を見てから決める
との事だった。

二人の医師がMRIは不要と言うなら そうなのかな???


【怪しい物】は鎖骨のどこにあるのか聞くと、内側だと教えてくれた。

また、30回の照射でなく、25回で良いのか確認すると25回で良いとの事だった。




【診断書】
2019年8月
保険会社に提出する診断書を書いてもらった。
去年の診断書(コピー)と比較して確認すると、内容に違和感があった。
特に気になるのが日付と照射部位。

「去年の診断書と内容が同じ気がするので確認して頂けますか?」
と低姿勢で電話をすると、対応した職員に

「去年手術したのと同じ場所だからだと思いますけどね!別の場所にできたという事ではないから!診察までに時間が空くなら一応主治医に確認しておきますけど!」
と言われた。

今回の告知日入院・手術の指示日去年の手術前ではどう考えても変だけど、
文書係の職員がこれだけの口調で言ってくる訳だから、正式な文書とはそんな物なのかな?と思った。


ピンクの部分が辻褄の合わない箇所


↓去年の診断書

↓今年の診断書

今回の入院・手術の指示日」が去年の診断書と同じでは変だと思うが…。


翌日 電話が来た。
「主治医が "訂正します" と言っている」と。
話す職員の態度が昨日とは全く違う事は言うまでもない。


訂正された診断書が後日 郵送されて来た。
内容を確認すると診断書の半分の内容が変更されていた。

↑ピンクの部分が訂正された箇所


やはり放射線の照射部位が変更されていた。

【訂正前】 胸壁+頸部

【訂正後】 鎖骨上+頸部


正しい内容に変更されたはずなのにスッキリしなかった。

胸壁とは一体どこから出た情報なのか?
ただ間違えただけ?
カルテを見て作成してて こんな間違いする?

本人にとっては今後も長く続く治療なのに
正式な文書が訂正だらけで、どんな治療を受けたのか、何が正確な情報なのか分からないのは不安でしかない。


しかも、二重線で訂正しているのに訂正印が無い。
↑訂正印が無い

このケースは訂正印が不要なのか?と散々悩んだが、提出する文書だから…と思って電話をすると、郵送してくれ との事だった。

文書料は5400円。



【PET】
2019年9月19日
PETを受けた。


【診察・検査結果】
2019年10月3日
PET検査から2週間後

診察室に入ってすぐに主治医に
PETは問題なかったです」と言われた。


鎖骨と首の『怪しい物』は放射線で消えたと言う事ですか?」と聞くと、

主治医は「???放射線で消えた???」と考え込んだ。


放射線科医が教えてくれた事と、MRI画像で怪しい物を見た事を伝えると
自分はその事は知らない。それは手術前の事じゃないですか?」
と言われた(術前にMRIはやっていない)。


取り敢えずエコーで見る事になり、
放射線科で「鎖骨にある」と教えて貰った事を伝えると、エコーで鎖骨と首を診てくれたが、主治医は鎖骨の肩側を診ていた為、鎖骨の首側と言われた事を伝えた。

再びMRIは撮らないのかと聞くと、質問中なのに主治医はサッと終了してカーテンの外に出て行った。

服を着た後、診察室で改めてMRIは撮らないのかと聞くと
PETで写っていない、手術で取ったから。
エコーで鎖骨にも首にも無い。腫瘍マーカーも問題無し。MRIは不要だと思う
と言われた。

なかなか納得しないからか
「ほら、もうない」
と言ってPETの結果を印刷してくれた。


診察の後にPETの結果をじっくり見ていたら…↓
↑『消失』ではなく、『集積低下』と記載


↑ズーム


このPETの結果を見て『残ってるのでは?!』と思った。


以前より知人から強く勧められていたセカンドオピニオンを本格的に考え始めた。

鎖骨と首の『怪しい物』が消えたのか確かめたいし(MRIに映ったのならMRIで確かめないと安心できない)、
他の医師ならこのPETの結果をどう判断するのか知りたかった。


1月の診察で主治医にセカオピを希望する事を伝える為、書類を作成して心と頭の中を整理した。



【放射線科の診察】
2019年12月12日(39歳)

放射線科で「MRIを受けたい」と言うと、あっさり
「うん、半年ごとにやりますよ」と言われた。

「良い結果が出ると良いですね」
と言ってくれたが、医師の様子から
『‘‘転移している’’ と思ってるな…』と思った。


セカオピを考えているので、2月に撮る予定のMRIのデータも持参したい事を伝えると快諾して、丁寧に説明してくれた。






注意閲覧注意注意


これより先は手術で摘出した病巣の写真を掲載している為、閲覧注意!!



注意ここから先は見たい人だけ注意


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閲覧注意!


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閲覧注意!!


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閲覧注意!!


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↓レベル1: 3/3個に転移
感想:「え?取らないと言っていたレベル1を取った?しかも、こんなに?」


↓レベル2、3: 1/2個に転移
感想:「え?これだけ?


↓鎖骨上: 1/1個に転移

合計: 5/6個に転移していた。