【あらすじ】

 

1週間のうちに自宅の階段から2回転落した。

腰や臀部を強打した事でアザができ、擦り傷も出来ていた。

 

頭が働かず、何も考えられない。

なんだかおかしい。

 

異変を感じ始めた頃はこれが噂のケモブレインか…と思っていた。

しかし数日前には出来ていた事が日一日出来なくなっていった。

 

昨日まで出来た事が今日は出来ない。

前にできた事が物凄いスピードでできなくなっていく事に異変を感じていた。

 

 

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腕の神経を腫瘍が触っている為、毎日痛みに耐えている。

また、この腫瘍が原因で身体障害者になった。

 

 

 

↑前病院で3cmになるまで見落とされていた

 

 

 

2021年4月28日(41歳)

昼は割と元気だが、夜は毎晩 過去の嫌な事を思い出す。暇だから?

あまりにも長く続くので精神安定剤を飲むべきか迷った。

 

半端ない手の痛みに我慢できない。

 

 

4月29日

どうも頭が変で、スマホをどう操作したら良いか分からなくなる。頭が痛い。

 

 

4月30日

手の痛みで集中出来ないし、ケモブレインが気になる。

 

 

2021年5月3日(41歳)

今日も手と腕が痛くて痛くてたまらない!!

最近は痛すぎて痛みに耐える事以外は何もできない。

麻薬を2回飲んだが全然足りなくて、あまりの痛みに腹が立つ。

 

常に擦って、貧乏ユスリすら我慢できない。

2週間後に局所麻酔での手術が控えているのに、術中じっとしていられるかが不安。

 

 

5月4日

腕を絞られているみたいなギューっとした痛みと、手にビビビーっと痛みが走る。

痛みに波はあるが、痛みを感じない事は無い。

強く握られてるみたいな感じに指が痺れる。

 

 

5月8日

朝、階段から落ちて背中や臀部等3ヶ所に大きなアザができた。

 

足に力が入らないというか、もつれるというか、違和感がある。

今の体重を支える程の筋肉が無いからなのか、足腰が弱ったのか、痛くて常に医療用麻薬を飲んでいるからなのか、麻薬が体に残ってるせいなのかフラフラする。

 

あちこちぶつかって物が倒れる。

 

 

5月9日

また階段から落ちそうになった。腹が出すぎて重いから?

足が引っかかる。かつてアスリート並の筋肉と言われたのが嘘みたい。

 

 

5月12日

痛みよりも痺れが強い。

 

ケモブレインで頭が働かない。言葉が出ない。

LINEを送るのが結構大変。

 

 

5月13日

頭が痛い。

 

 

5月14日

やたら息苦しい。

言葉が全く出ない感じや、物にぶつかる感じ、動作がにぶい感じ、頭を洗っている時にシャンプーやボディソープが並んでいると、次に何を使うのかがしばらく分からなくなる感じがおかしい。毎日使っている物なのに。

何故か歯を磨き続けてしまう事も気になる。

 

LINEをやろうとしても何を押すのかしばらく分からなくなってしまう。

読むのは何とかなっても打つのが大変で、しかも文章を考えたくても頭が働かない。

字はかなり乱れる。

 

どうもに転移している様な気がする。

血流が多い肺に転移した場合、次は脳に転移しやすい事は調べて知っているし、ネットにはガン患者の40%が脳に転移すると記載あり。

 

 

5月15日

夜は手の痛みが増す為、麻薬が手放せないが飲むと大分落ち着いて眠くなる。

 

夜はシャンプーが分からなくなるし、朝も何をするのか分からなくなって長時間座っている。

色々やらないといけない事があるのは分かっているが、頭が働かないから朝から同じ所で思考が停止してしまう。

 

掃除機をかけるのも大変。少し前までできたのにどういう訳か素早く動けない。

 

ここ最近はやたら腰痛が酷く、歯磨きや洗顔がかなり大変。シンクにぶら下がりながらやっと済ませる感じ。姿勢が悪いせい?

 

せめて手の痛みが消えて欲しい。

 

 

5月16日

今日もまた階段の6段目から落ちた。

今回は擦り傷で済んだが、もう2階に行くのは限界だと感じたので階下の部屋に寝室を移す事にした。

 

つい最近まで

「手の不自由以外に不調が無いのに障害者枠でしか仕事を探せないのが寂しい」

と家族に話していたばかりなのに、急激に悪化した感じがする。

 

頭もおかしくて考える事ができない。

明日は通院だが、出発の時間を家族に言われても頭が働かない。

 

何をしようとしているのか分からなくなり、違う事をしたり、理解が出来ないから何度も同じ事を繰り返す。

 

LINEを読んでも理解が悪い。返事を打つのも大変。

 

時々断続的な強い頭痛。耳鳴りや吐き気もある。

 

とにかく手が痛くてたまらない。今すぐ麻薬を飲みたいが、飲める時間まで待っている状態。

毎日貧乏ゆすりして しのいでるから筋肉痛で足がもつれるのか?

 

呼吸が浅くなっている。

細かく吐いて何とか痛みに耐えているが我慢できない。早く麻薬を飲みたい状態。

効果はすぐに切れてしまうが、少しの間楽になるのが助かる。

 

排尿障害が起きている。何かおかしい。

出そうとしても出ないのに笑ったら漏れる。こんな事は初めて。

段々おかしくなって来ている。

 

今は痛みよりも痺れが強い。

 

頭が働かない事、言葉が出ない事、まっすぐ歩けない事、あちこちぶつかる事、動作を行なう際の工程が分からなくなる事が気になる。

運動不足か、頭が退化しているのだろうか。

 

家族に送る誕生日カードを書いたが申し訳ないくらいに酷い。

左手が不自由な為、カードを押さえられないし、痛みがある為、字を書く事が凄く大変。

しかも自分の住所を間違えた。とにかく頭が働かない!!

 

ケモブレインというよりも、脳転移している様な気がする。

 

 

5月17日

リハビリ→PCR検査

 

リハビリに行かないといけないのに準備にやたら時間が掛かってしまう。

食事が目の前にあっても それをどうしたら良いのかが分からず、ず〜っと眺めていると家族が手伝ってくれた。

ズボンの左右が分からなくて自分で着換えができない。

 

歯を磨き続ける、体を洗い続ける。最近何だかおかしいな…と思いながらも何とか凌いできた。

運動不足だから歩けなくなったのかな?とも思った。

それにしても おかしい。

 

2回失禁。拭かないと…と分かっているのに、どうしたら良いかが分からない。

訳が分からなくなって、考える事ができない。

言いたい事がまとまらない。

字を忘れたり、手元が狂ったり、書くのが大変。

言葉に詰まって、言葉が出ない。言葉を忘れる。

 

 

病院に到着。

さらに症状はみるみる進む。

 

物が視界に入らず、つまづく。

病院で受付けをしようと思ったら近くの椅子に足が引っ掛かって危うく転びそうになった。

 

リハビリ室へ急ぎたいのにフラフラして真っ直ぐ歩けない。

初めて予約の時間に遅れた。

まずは温熱療法を行なう予定だったが、フラフラしている為、急遽車椅子を用意してくれて別室へ移動した。

ベッドに横になって看護師が血圧を測ったり、作業療法士に手のリハビリをやって貰った。

いつも何でも相談している頼りになる作業療法士。

 

「貧血?」と聞かれたので

「運動不足なのか、二足歩行が難しくなってきた。脳に転移しているのではないかと思っている」

と異変を相談した。

 

自分でそう感じるというのは何かあるから かもしれないから、症状を医師や看護師に伝える様に助言してくれた。

 

明日は手術(生検)の日だけど、そのタイミングで担当医に伝えても良いのか聞くと、

「医師にとっては必要な検査の手配ができるから情報は早い方が良い」

と看護師と作業療法士に教えて貰った。

ありがたいアドバイス。

 

その後、看護師に車椅子を押してもらいPCR検査を受けに行った。

今度は事務のスタッフが車椅子を押して会計まで連れて行ってくれた。

そのまま家族に引き渡されて何とか帰宅。

 

腕がヒリヒリして、やたら痛い。

 

 

2021年5月18日

がんゲノムプロファイル検査の為の生検手術。

 

遺伝子パネル検査を受ける為の生検手術で、ガンの組織を摘出する為に来院。

 

2020年1月の手術時に前病院で取り残された この腫瘍を摘出し、検体をアメリカへ送る。
 

 

↑前病院の医師が書いた物
 
 

 

 

↑赤字の所にシコリが触れる

 

 

通院の支度中、また失禁した。脳に原因があると失禁する事を調べて知っていたから、絶対に脳に何かあると思った。

 

体が動かなくて家族に のしかかったまま動けなくなってしまった。

全身に力が入らないので立てず、何度も倒れた。家族2人がかりで支えて貰いながら、やっとの思いで服を着させて貰った時には着替え始めてから既に3時間が経過していた(昨日も同じ)。

「もうダメだ…」と何度も言ったが、家族は諦めないでくれた。

 

ここ数日の様子を考慮して出発の何時間も前から準備を始めたのに出発の予定時間を過ぎた。

病院に行くのをやめようかとまで思った。

しかし、遺伝子検査の生検を受ける為、行かない訳にいかなかった。

 

体に力が入らないから

車の中で倒れたらそのまま起き上がれない。

やっとの思いで家族に病院へ連れて行って貰った。

昨日よりも更に悪化している事を感じる。

 

今の病院では体調を前もって看護師が聞いてくれるから症状を伝えやすい。

「脳に転移していると思っている」と伝えると、問診と簡単な検査をしてくれた。

 

言葉が出ない

力が入らなくて倒れ込む

ふらつく

物にぶつかる

少しの段差が降りられない

排尿障害がある

異常な腰痛

 

いつもの様子と違う事に気付いてくれ、看護師の機転で術後にMRIを受けられるか確認しに行ってくれた。

 

歩けないので車椅子で手術室へ。

しかし、どうも不自然に体が傾いてしまい、うまく座れない。

車椅子に深く座る様に言われても前のめりになってしまう。

 

担当医は手術室よりも少し手前まで来てくれて出迎えてくれた。

看護師が事情を伝えていてくれた為、

「術後に頭のMRIをやりましょう」

と言ってくれた。

対応が早く、非常にありがたい。

 

 

生検手術は術中も術後も全く痛み無し!

最新式のテーピングも柔らかくてフカフカして不快さが一切なかった。

 

ホルマリン漬けになった検体を見ると、白くて割と大きかった。

1年前に前病院で手術した時に 何故これが体内に取り残されたのか不思議でならなかった。

 

 

↑生検の傷は綺麗!(赤字の所)
 
水色:前病院の医師による手術跡
赤 :担当医の手術跡
 
 

急遽検査してくれる事になったのでMRIを撮りに行った。

担当医も看護師も迅速に検査をしてくれるし、技師も優しい。

対応が速いと感心する家族。

 

 

5月19日

元々抗がん剤治療の予定だったので来院。

 

昨日のMRIの結果、

多発性脳転移(転移性脳腫瘍)が判明した。

両側の大脳に液性貯留を伴う嚢胞が多数。

MRI画像の腫瘍を見たら、行動がおかしい訳だと納得した。

最近のあらゆる不調の原因が判明してホッとした。

異変が出たタイミングと通院のタイミングが合った事が不幸中の幸いだったと思う。

 

 

乳腺外科、脳神経外科、放射線科と連携を取りながら慎重に治療を進めてくれる事になり、

それぞれの診療科へ行って、それぞれの医師から説明を受けた。

 

 

脳転移による症状が強い為、急遽入院する事になり、その日の夕方から全脳照射を開始できる事になった。

 

 

脳に照射する事で記憶障害が起きる事が怖かったが、このまま進行すると目が見えなくなったり、頭が痛くなったりするらしく、今のうちに放射線で抑える必要があるとの事だった。

 

放射線科医と看護師の説明を聞いた後、同意書にサイン。自分で字が書けないので代わりに家族が書類にサインした。

 

 

入院後も脳転移による症状が次々と出てきた。

 

自分の名前も書けない

服の前後が分からない

スリッパの左右が分からない

車椅子で移動してもらうも右側に傾いて落ちそうになる

頭が痛くなり何も考えられない

電話の掛け方が分からない

スマホの使い方が分からない

診察券を渡されても しまう事ができない

何をしたら良いか分からず一日中ボーッとしてしまう

 

何をしているのか分からなくなり、変な行動を繰り返す

 

管を通している為、袋と一緒に移動しないといけないが、点滴棒を持って歩く という事が難しい。

 

自分が何をしたら良いのかが分からず院内を彷徨っていたら看護師が一緒に病室に着いて来てくれた。

 

歯磨きのやり方が分からなくなり看護師が教えてくれた。

 

届けて貰った荷物の片付けができずにいたら快く手伝ってくれた。

 

 

(この時の症状)

歩行障害、排尿障害、言語障害、記憶障害、

健忘、視野欠損、失禁、巧緻機能障害

 

 

 

看護師が担当医の事を「優しい」と言っていた。良い医師は同僚から評価されるんだなと思った。

 

 

 

(入院して数日後〜)

理学療法士、言語聴覚士、作業療法士によるリハビリが開始。

筋トレ、言語療法、リハビリをしに毎日リハビリ室へ通った。

 

【筋トレ】

筋肉も体力も落ちていないとの事。

階段を降りる時のコツを伝授して貰った。

 

【言語】

空間認識ができない為(右の脳に腫瘍があるとできないらしい)真似して絵を描く事ができないが、

家族と毎日 電話で話していたお陰もあって言語に問題は無いとの事だった。

 

数日前は電話を掛ける事も大変だったが、家族が「毎日声を聞きたい」と言ってくれ、毎日電話していたお陰で、それがリハビリになって言語に問題が残らなかった可能性があるらしい。

 

 

 

5月23日

フラついて危ないので、行動制限。

 

LINEのやり方が分からなくなって違う人にメッセージを送ってしまう。

 

 

5月26日

家族が病院に呼ばれ、担当医と看護師から説明を受けた。

 

点滴棒に摑まりながら歩いて面談室へ行くと既に到着していた家族と1週間ぶりに再会した。

「歩いてる!奇跡だ!」と驚く家族。

 

担当医は大きな画面に画像を映して説明してくれた。

「症状の安定を期待するが、病状が進行する可能性がある。

呼吸停止や心停止する可能性があるが有効ではない為、蘇生術は行わない。

できるだけ苦痛が少なくなるように緩和治療を行なう。

訪問診療を検討、自宅診療の環境を整えていく。

もう強い薬は使わない」

との事だった。

 

今後は意識を失う可能性もあるそうで、

延命治療をどこまでするか、救命措置をどこまでするか聞かれた。

いよいよ最期の段階に入ったんだなと思った。

 

家族が呼び出された時点で余命宣告かな?

という予感がしていたから、ショックは受けなかった。

何も分からなくなってしまう前に友達にお別れの連絡を入れないと…と思った。

 

今後も安心して療養できる様にと、様々な手続きを進めてくれる事になった。

 

ここでは誰一人として見捨てる事も、放棄する事も、諦める事もなく、最後まで全力で助けてくれようとしてくれる。

 

緩和ケアの医師や薬剤師が病室を定期的に訪れてくれ、薬の効果を確かめたり、量を調整してくれた。

 

 

 

(26日〜)

骨に照射を追加。

 

腰の痛みが強くCTを撮影した所、th9−th11にも骨転移が見つかった。

 

痛む場所と骨転移の場所が一致し、不調の原因が特定された。

担当医と放射線科医の連携で放射線治療を腰に追加する事が適切と判断された。

「やった方が良いですか?」

「オススメですか?」

と聞いたら、

「その方が良い。オススメします」との事だった。

 

照射してもらったら嘘の様に腰の痛みが消えた。

 

 

ケアマネージャーが病室に来てくれた。

介護保険の手続きを進めてくれ、介護用品のカタログをくれた。

 

今後は訪問看護が来てくれたり、24時間相談受け付け可能だったり、不安なく過ごせる様にサポート体制を整えてくれているらしい。

 

 

 

「乳がんは早期発見、治療すれば9割以上が治る病気だ」と雑誌に掲載されていた。

 

自分の場合「最初の手術の取り残し」と言われた時点では命に関わるような所見では無かったから、

その時点で転院して、1回目の再発の時点でしっかりした検査と手術をして貰っていたら、今の状態とは全く違ったはず…と思わずにいられない。

 

ネットを信じたばかりに…。

遥々遠くまで通院していたのは何の為だったのか、ネットを信じた自分を悔やむ日々。

 

切羽詰まった時の患者というのはネットで尤もらしい内容を読めば、書いている医師を信じてしまうし、すがってしまうが、

自分の技術を過信している医師の言葉と、自分の手術は成功していると思い込んでいる患者のコメントは あてにならないという事を学んだ。

 

見落としだの手術の失敗で患者の人生は大きく変わってしまうが、医師にとっては所詮「一症例」という事が悲しい。

 

せめて左手の自由が利けば…と何度も思ったし、悔しいが腫瘍が原因で障害者になってしまった。

片手での生活は何をするにも不自由で特に入院生活に強いストレスを感じる。

 

 

 

隣のベッドの人は全摘の患者。

朝9時に手術室に行ったのに16時にはもう歩いているし、夜の食事までしている!

ドレーンも入っているのに、かなり元気!

痛がる声も聞こえなかったし、看護師に痛みを聞かれても「痛くない」と伝えていた。

 

 

 

 

他の患者の様子を見に来た時にも担当医は必ず様子を見に来てくれた。

 

患部だけを診ているのではなくて、全体を診て

 

 

 

 

 

 

 

 

前の病院にいた時は通院の度に元気なく帰宅する姿に家族は見ていられなかったらしい。

入院も通院も苦痛ばかりだった。

 

一番苦しい時に、ある医師から

「犯人探しみたいな事をするべきではない」

という信じられない言葉も浴びせられた。

 

それに比べて今の病院で受けている最上級の扱い。

天と地がひっくり返ったかの様だ。

 

 

 

(カミングアウト)

訪問看護の車が自宅に来たり、救急車を呼ぶ事もあり得る為、家族が近所の人に挨拶。

皆が想像以上に温かくて涙が出そうになった。

 

ひた隠しにする必要など無かったし、以前よりも人の温かさを何倍にも感じる様になった。

 

 

 

5月27日

家族と話した。

「骨が無いみたいにフニャフニャして、タコみたいだった」

と言われて大笑いした。

 

手に痛みがあったり、放射線の影響で頭皮にデキモノができたり細かい症状はあるものの

「立つ事も、真っ直ぐ歩く事もできなかったのが嘘のように、今は歩いているのが凄い」

と家族。

 

 

5月30日

まだ頭が働かない。

ネット注文したいが、どうやって頼むのかが分からない。退院が心配。

 

 

離れて暮らす家族から

「スタンプだけで良いからLINEして来て」

と頼まれたが

メールやLINEのやり方、色んな事が分からなくなる。

 

照射時も手の痛みが我慢出来ず、相変わらず迷惑を掛けてしまう。

 

ストレッチャーから照射台に移動させて貰う時 技師に

「重くてスミマセン」と謝ると

「重くないですよ」と言ってくれた。

また、照射の為に外した帽子を被せてくれる作業をいつも側で見ている助手が

「技師さん、優しいですね」と言っていた。

同僚が認める程だから本物。

 

 

5月31日

放射線照射 最後の日

 

いつも通りストレッチャーで運ばれていたら、

穏やかで、優しくて、しっかり丁寧に説明してくれる放射線科医が聞いておきたい事があるかと聞きに来てくれた。

 

言葉が出ず

「何て言えば良いか分からない」

と頭を抱えていたら

「ゆっくりで大丈夫ですよ」と言ってくれた。

 

今後も定期的にMRIを撮るのかと聞くと、

「今後も治療効果を確認していく」

と言ってくれた。

1ヶ月は変わらないと思うから検査しないと思うが、異変があれば前倒しで検査する。

何も検査しない事はない。

必要であれば追加照射する。

との事だったので心から安心した。

 

軽い頭痛や吐き気などは多少あったが、大した副作用も無く無事に照射が終わった。

 

 

自分で歩けるまでに回復した事を皆が喜んでくれた。

「外国にも行けそうだね」と作業療法士。

こんな奇跡が起きるとは!

 

 

6月1日

退院の日

 

「体重が減るとか何かあったら来院して下さい」

と担当医。

 

「ずーっと大変な思いを されて来たのね」

と助手。

 

「今まで大変だったと思います。

乗り越えて来たんですね。涙が出ちゃう」

と看護師。

 

「担当医は頼もしいし、安心感半端ない。

ある可能性全てを引き出してくれそう。ありがたい」

と家族。

 

 

つい数日前まで近くの椅子にすら自力で行けず、座ってもいられなかったのが嘘の様に元気に退院した。

まさに奇跡!!!

 

自宅に戻ると病院と同じパラマウントベッドが部屋にセッティングされていた。

本当に迅速な対応で、凄い病院。

 

話すのは大丈夫だが、スマホを打つのが困難。

言葉が出ないし、まだ少しおかしい。

でも、自宅にいる事が幸せ。

 

 

6月3日

1回目の訪問看護。

入浴介助をしてもらったが自分で何でもできる。

退院したらメキメキ元気になり、入院中の様子とは全く違う姿を見て皆が驚いた。

本当に奇跡。

 

自分の介護によって家族の環境が変わってしまった事が心配。

 

 

6月7日

障害者手帳を受け取りに行った。

ロングヘア時の写真を貼付したから

「写真は合ってますか?」と聞かれた(笑)。

 

 

6月8日

味覚が変。

 

抗がん剤治療が終わってから2cm位に伸びていた髪が入院中に毎日抜け続け、ついに全て抜けてしまった。

でも洗うのが楽。

 

 

6月9日

先日の生検の結果

 

ki67:33%

核グレード:1

エストロゲン:陽性

プロゲステロン:陰性

HER2:陰性

 

 

大変だった抗がん剤の効果が少しあった。

無意味ではなかったのが救い。

脳への放射線はかなり効いたらしい。放射線科医の技術!

 

新しく始めるホルモン療法は担当医の経験上、効くらしい。その代わり副作用があるとの事。

担当医の判断はいつも正しかったし、実績から信頼があるので、担当医が言う事なら本当だと思うし、期待ができる。

 

「今までも頑張ってきたけど、これからもっと頑張らないといけない。頑張ろう!」

と笑顔で力強く励ましてくれた。

 

病院スタッフも言っていた様に、

担当医は今後の治療法を色々と考えてくれている。

 

 

遺伝子検査について説明を受けた。難しい!

 

【がんゲノムプロファイルの検査】

324の遺伝子を調べる。

どんな遺伝子変異があるのか分かる。

治療方法の選択に役立つ可能性。

 

遺伝子変異に対応した薬がある場合は使用を検討、無ければ他の治療法を検討。

検査結果から担当医と専門スタッフが現時点で最も適した治療法を検討する。

 

【がんゲノム医療】

これまでは臓器ごとに分類して考えてきたが、

どの遺伝子の変異が原因になったかで分類して治療を検討。

一人一人のがんの遺伝子変異に合わせた治療を行える可能性。

 

【がん遺伝子パネル検査】

様々な遺伝子を隅々まで調べて

がんと関連する遺伝子の状態を確認、がん細胞の特徴を調べ、

適切な薬剤や治療法、参加できる可能性のある臨床試験や治験の有無を専門家チームが検討。

 

 

 

(看護師による再説明)

「まだ他にも治療法はある。

遺伝子パネル検査は結果が分かるまで2ヶ月掛かる。

患者にとって費用も期間も負担だから入院前の状態だと見送りになっていたかもしれないが、今は元気だから大丈夫」

との事で遺伝子検査の話を進めて貰える事になった。

 

検査結果が出たら、都内の提携病院の医師達が集まって今後施す治療を話し合い、その後今の病院で更に話し合ってベストな治療を提案してくれるとの事。

 

次々と治療法を考えてくれて、

こんなにも希望を持たせてくれる病院にいたら絶望的になる はずが無い。

担当医こそが本物の名医だと思う。

 

今後はがんセンターでの治療や治験の参加の可能性もあるらしい。

しっかり患者に寄り添ってくれて、最善を尽くしてくれる担当医。

ずっと担当医の患者でいたいから、転院はしたくない事を伝えた。

 

 

6月10日

新しいホルモン療法を開始

(アフィニトール+アロマシン+リュープリン)

 

 

6月14日

遺伝ゲノム外来がある病院は全国でも数少ないらしいが、本当にラッキーな事に今の病院で受けられる。

 

がんゲノム診療科にて説明を受けた。

全脳照射をすると気分が沈んだりする事が一般的だそうで、あまりの元気さに医師も看護師も皆驚いていた。

 

生検したばかりなので検体はフレッシュだし、十分な検体量があるし、本人が元気なので遺伝子検査の話を進められるとの事だった。

 

アメリカへ検体を送る為、検査の結果が送られて来るまで2ヶ月掛かる。

予断を許さない状態には変わらないので、1ヶ月半で結果が分かる様に急いでくれるとの事。

とにかく早く動けるように急ぐと言ってくれた。

 

今まで何度も手術を受けて来て大変だったと思います。

これだけ頑張って来ているから、病院としても力添えをして、支えるお手伝いをしたい

と医師が言ってくれて、感動した。

 

本当、この病院には良い医師しかいない。

 

 

 

(慣れ親しんだ看護師による説明)

検査の結果が出ても有効な治療薬が見つかる可能性は8%(ネットで知っていた)。

 

「治験はシビアだから参加が結構難しい。参加できる様に元気でいて下さい」

との事だった。

 

 

6月15日〜

ホルモン療法開始から6日。

数日前から麻薬を飲まなくても手の痛みが無い!

「効く」という担当医の言葉は、またしても本当だった!

 

 

6月23日

診察

 

6月9日に撮影したレントゲンの結果と本日の結果を比較して見せてくれた。

肺の病変が小さくボンヤリして、濃度減少しているとの事だった。

鎖骨のシコリも小さくなり、薬が効いているとの事。

 

あれだけ痛がっていたのに最近は「痛い」という言葉を発していない。

手の痛みが消えた事で薬の効果を一番感じているのが自分だから、担当医が「経験上効く」と言ってくれた言葉の重みと信憑性に、また信頼関係が深くなった。

 

血液検査の結果も良かった。

一時は上昇した白血球、肺炎、肝臓の数値が下がった。


 

担当医と組んでいる頼りになる看護師と少し話した。

いつも心配して、気にしてくれている事を訪問の看護師が教えてくれているし、

自分も家族もそれを十分に感じているから「感謝」しかない!


 

(リハビリ室にて)

言語聴覚士にバッタリ会ったら「どうですか?」と聞いて来てくれた。

ずっと気にかけてくれていたとの事だった。

 

体調不良で長期休んでいる理学療法士は、ご自身が大変なのに気にかけてくれていると作業療法士が教えてくれた。

 

入院中、数年前にがん患者のファッションショーに参加した事を作業療法士に話していたから、その時の新聞を見せたら大喜びしてくれた。

実は助手が可愛がってくれているそうで、新聞を彼女にも見せたいと言ってくれた。


 

こんなにも温かくて明るい雰囲気の病院だから

通院や訪問看護の度にスタッフの皆から沢山の愛を貰う。

「それは○○さんだから」と皆が言ってくれるが、気持ちを穏やかにしてくれているのは紛れもなく この病院のスタッフである。

 

 

6月25日

先月の体調を心配して帰国を急いだ家族が2週間の隔離(コロナ)を終えて自宅に到着した。

 

「それまで頻繁にLINEで連絡を取り合っていて、内容もかなり濃かったり色々意見を言ってくれていたのが急に返信が一言になったり、何日も連絡が来なくなったから かなり心配した。本当に奇跡の復活で、今の病院には感謝しかない」

と話していた。

 

 

2021年7月2日

最近ハマっている断捨離。

下駄箱の片付け中にバランスを崩して玄関から落ちた。

左手は全く力が入らないので体を支えられず、顔を打ち、左手と左足を擦りむいた。

訪問看護師が左手は麻痺しているから転倒に気を付ける様にと何度も忠告してくれていたのに気持ちが緩んでいた。

 

普通の日常生活ができる様になった事に自信を付けていたから、泣けた。

 

 

7月7日

家族と一緒に診察室へ。

診察後、数人の看護師が挨拶に来てくれた。

直感が働く家族も凄く良い印象を持ったらしい。やはり間違いない!

 

帰宅するとサプライズで家族がもう一人来日していた。2週間の隔離(コロナ)の為、たった5日の滞在なのに会いたくて来てくれたらしい。

 

従姉妹から2回目の手作りの花が届いた。

皆からの愛を感じる。

 

最近は自室での生活ができているので、介護用のベッドを一旦返却した。