恵比寿と水戸市で働く会社役員の日々 -19ページ目

一つの力が・・・

お疲れ様です。



先週は、被災地(茨城県 水戸市)にて過ごしました。

ライフラインが機能していないのを理由に、テレビを出来る限り観ない生活を送りました。

テレビを観ている時間があるなら

一人でも多くの方を笑顔にする事。

ボランティア活動などに注力しておりました。

私は、

「有難う」この言葉の意味を強く感じました。


また、

情報はツイッターにて。

色々な方々がツイッターにて茨城県は死角になり、テレビで放送される事はなかったと。

しかし、現地は

酷いの一言。

こんな時こそ

笑顔を。

笑顔は連鎖反応を起こしますから。



地震発生後、早11日目。

茨城県は未だ、余震がつづき不安な日々を送っている方々が大勢いらっしゃいます。

私どもで出来る事。



しましょう。


今こそ、


皆様のお力が


是非、このポスターを

$恵比寿で働く代表取締役


一日でも早く、色々な方が笑顔で過ごせますように。






以上

弊社からのお願いです。【東北地方太平洋沖地震】

お疲れ様です。

今回、弊社よりお願いです。


$恵比寿で働く代表取締役


一人でも多くの方が笑顔になりますように

以上

【東北地方太平洋沖地震】 現地にて。茨城県水戸市へ

お疲れ様です。



今週いっぱい、【東北地方太平洋沖地震】の茨城県水戸市へ。

まず、皆様に感謝いたしております。

私が、現地にて少しでもご協力できました事。

色々な方の支えがございました。

心より御礼申し上げます。

また、ブログの更新は、現地では行えず申し訳ございませんでした。




地震発生後より、現地にて復旧活動を行って参りました。

数日間は、ライフラインが不安定な為に、お水、物資等を配りました。

昨日より、水とガスが確保出来て参りました。しかし、一部の地域でございます。

まだまだ、本当に一部の地域のみでございます。

また、自衛隊の車両も到着しました。

しかし、まだまだ被災地は復旧のめどはたっておりません。


私も、自分に出来る事の限界に気がつきました。しかし、あきらめておりません。

休日は、一日でも早い復旧の為に尽くします。

こらから、普段のお仕事に戻りますが、本当に心苦しい事は沢山ございます。

ただ、私は仕事の出来る環境にございます。

これから、私が出来る事は。

募金。

皆様に笑顔になっていただくには。

いち早く、前の仕事の出来る環境に

強く感じました。

被災地にて、ボランティア活動をしていると、今後皆様、お仕事がないと。

事務所を地震にてなくしてしまったり、仕事道具を全て失ったり。

仕事環境がなくなった方々も沢山いらっしゃいます。

しかし、不安の中でも色々活動を行っている方々沢山おります。




書ききれない程の事を学びました。


印象的でしたのが、

買出しにでていて、エレベーターやエスカレーターが停止。階段で急遽、移動しなくてはならない時に

6階位の階段で年配の方が重たそうな荷物をもって立ち止まっていました。私はその方を1階までおん

ぶをして階段を降りて行くと、有難う。本当に有難うと何度もおっしゃてくれました。

1階につき、その方が戦争時の事についてお話してくれました。

当時の、戦争の事をお話していくとだんだんに、目に涙が。

当時は、働きたくても働けない。今は働ける環境がある。いままで以上にがんばって貢献しよう。

また、休日は出来る限り、復旧活動に勤めようと。



色々な方々が、救援物資や募金をしてくれております。本当に感謝いたしております。

日々のメディアでのニュース。またニュースで流れなていない所も本当に酷いです。

一日でも早く復旧出来ます事、また一人でも多くの方が笑顔になれます事。

皆様頑張りましょう。



Dreams Come True 「サンキュ.」



以上