Ri's log*

Ri's log*

思春期の子供達と日々奮闘しています。昨年、再婚しました。



Amebaでブログを始めよう!

スティーブンス・ジョンソン症候群(指定難病38)になった話。③ 


①のまとめ。


◆10代最後の冬に交通事故にあい、整形外科で痛み止めとして処方された薬(ロキソニン)を飲んだら体調が悪くなった。

◆症状をまとめると、口の中全体に口内炎・体全身に痛みと痒みを伴う赤い発疹・喉の渇きと痛み・目の乾きと痛み・頭痛・39℃の発熱・倦怠感・気持ち悪さ・息苦しさ。

◆病院をたらい回しにされた後、総合病院で血液検査と点滴の処置を受けた。



②のまとめ。


◇総合病院での診察と血液検査の結果、痛み止め薬(ロキソニン)に対するアレルギーのため引き起こされたスティーブンス・ジョンソン症候群と診断された。

◇点滴の処置が効いた為、症状の進行が止まった。

◇一時帰宅し翌日、再受診。この日の血液検査の結果が前日よりも良好だったので、入院はせず、症状がなくなるまで自宅での療養をすることになった。仕事はドクターストップに。



③↓ここから↓


自宅療養中の症状の経過。


療養2日目(発症後5日):発熱、頭痛が治まった。


療養3日目(発症後6日):目の乾きが少しだけ治まった。


療養4日目(発症後7日):口内炎、発疹が減り出し、喉の痛みと倦怠感が減った。


療養7日目(発症後10日):目の乾きと発疹以外の症状がなくなった。発疹は赤みがかなり薄くなった。


一時はどうなることかと不安で心配になったが、点滴や薬のおかげで症状は日に日に改善されていった。

最初、病院はたらい回しにされたが、まだ処置が早かったので大事に至らなかったのは不幸中の幸いか、、、。

自宅療養中にネットでスティーブンス・ジョンソン症候群について調べた。

病院で先生に聞いた通り、最悪の場合は失明や死に至るとか、焼けただれたような皮膚や眼球、後遺症の画像を見て、とても怖くなった。

自分に起こった症状はかなり辛くてしんどかったけど、まだ軽い方だったのかもしれないと思った。


そして約1週間の自宅療養を終え、総合病院を再々受診した。

経過は良好だった。

処方された薬の量が少なくなり(主にビタミン剤になった)、翌日からの仕事再開の許可が出た。


赤みはなくなったもののまだ全身に発疹が残っているので、経過観察の為、病院には定期的に通うことになった。


最終的に全ての発疹が消えるまでに2ヶ月ほど時間がかかった(パッと見は発疹の痕が何もないのに体が火照ると浮き出る状態が1ヶ月くらい続いた)が、発疹の痕が残らなくて本当に良かった。

目の乾きは少し良くなったものの完全には無くならなかった(10年以上経った今もかなりのドライアイに悩まされている)ので、これが唯一の後遺症かもしれない。


そして後遺症ではないけど、強い痛み止め薬が飲めなくなったせいで、ひどい頭痛や生理痛、怪我をした時とか〝痛い〟という事柄に対してとにかく我慢するしかないのが中々しんどいという、ちょっとした悩み事が増えた。(親知らずを抜いた時にはアセトアミノフェンの痛み止めでは全く効かず、激痛と腫れで口が動かせなくなりご飯も食べられず一睡もできなかったのを痛みが治まるまで1週間ひたすら我慢した)



長くなったけど、ここまでが私がスティーブンスジョンソン症候群になった話。


少しでもどこかで誰かの役に立てば嬉しいです。




スティーブンス・ジョンソン症候群(指定難病38)になった話。② 


①のまとめ。


◆10代最後の冬に交通事故にあい、整形外科で痛み止めとして処方された薬(ロキソニン)を飲んだら体調が悪くなった。

◆症状をまとめると、口の中全体に口内炎・体全身に痛みと痒みを伴う赤い発疹・喉の渇きと痛み・目の乾きと痛み・頭痛・39℃の発熱・倦怠感・気持ち悪さ・息苦しさ。

◆病院をたらい回しにされた後、総合病院で血液検査と点滴の処置を受けた。



②↓ここから↓


総合病院の処置室で点滴が終わり目が覚めると、気持ち悪さと息苦しさが治まっていた。


皮膚科の先生から改めて話を聞くと、自分はスティーブンス・ジョンソン症候群というものになったようだ。


原因はやっぱり、痛み止めの薬だった。

もう少し処置が遅れていたり、追加で薬を飲んでいたら危険な状態になるところだったと言われた。

何が何だか分からないが恐ろしい。

全ての症状が治まるまでは最低でも1週間ほど、仕事を休んでしばらくの療養が必要なようだ。


自分が考えていた以上におおごとだった。


皮膚科の先生もスティーブンスジョンソン症候群は初めて診断したらしく、珍しがっていた。

年間約20万人~100万人に1人くらいの割合で発症する人がいるようで、まさか自分がその中の1人になるとは思わなかった。


今後〝消炎沈痛〟と書いてある痛み止めは飲まないようにと言われた。

湿布(貼り薬)やローション(塗り薬)も不可。

最悪の場合、アレルギーを起こして皮膚がただれて傷痕が残ったり、失明したり、死んでしまうらしい。こわ。

今回はそれがロキソニンだったが、名前が違っても同じ成分のものがあるから気をつけなければいけないと。

ちなみに最初に行った整形外科で変更してもらった薬もアウトだった。

飲まなくて良かった、、、。


自分がこれからも飲める痛み止めは小さな子供でも飲めるアセトアミノフェンの成分の薬のみで、市販の薬を使う際は必ず薬剤師に相談すること。


診察の最後に「薬剤アレルギー注意書」というカードをもらった。



この注意書は薬が処方される際は必ず見せるように、と先生に言われた(何年も経った今となってはコレがとても重宝している)


そして少しだけ回復した私は色々な薬(あまり覚えてない、、、; )を処方され、帰路についた。

次の日も血液検査と点滴治療らしい。

口内炎と一部ただれかけた全身の発疹は治るまでに少し時間がかかりそうだ。


帰り道、疲れていたが職場に寄った。

上司に一連の出来事としばらく仕事を休む旨を伝えた。

顔にできた発疹を見た上司はとても心配してくれた。ちゃんと治るといいけど、、、。


そして家に着くと、疲れきってすぐに休んだ。

散々な一日だった。


次の日。また総合病院へ。

39℃あった熱は37℃台まで下がった。

今ある症状は発熱・口内炎・全身の発疹(進行は止まった)・喉の痛み・目の乾き・倦怠感・頭痛。

血液検査の結果、安静治療は必要なものの入院まではしなくても大丈夫となった。

昨日打った点滴がよく効いたらしい。

この日も点滴をしてから家に帰った。


点滴のおかげで症状の進行が止まって良かった。

発疹は少しただれかけていたので急には良くならず、、。

痕を残さない為に日焼けをしないようにしてビタミンをたくさんとってと言われた(処方された薬の中にビタミン剤も入っていた)。

冬場で良かった。


そして自宅でのしばらくの療養生活がスタートした。



③へ続く。



スティーブンス・ジョンソン症候群(指定難病38)になった話。① 


もう十数年前、10代最後の冬に交通事故に遭った。


自動車に同乗中、赤信号で信号待ちをしていた。

信号待ちの車の列の最後尾にいたところ、ノーブレーキの車が追突してきた。

結構な衝撃だったものの、シートベルトをしていたおかげで首から背中にかけての捻挫(ムチウチ)だけで済んだ。

が、かなりの痛み。

事故直後は普通に動けたのが、段々と首と背中の痛みが増した上に頭痛が治まらなくなった。


事故当日は日曜日だったため、次の日に仕事を休んで整形外科へ。

痛み止めの薬と湿布を処方されたがあまり効かなかった。


その後1週間、痛みを我慢したのち再受診。

前回より強い痛み止めの薬(ロキソニン)を処方してもらって飲んだ。

これで楽になると思ったのも束の間、、、

痛みは和らいだけど急に口内炎ができた。

薬の副作用かなーなんて軽く思いつつ、時間を空けてまた服薬。

今度は右頬にニキビより一回り大きい赤い発疹ができて痛痒くなった。


元々アレルギー体質なこともあり、さすがにちょっと心配になって母に相談。

薬の副作用のせいかもしれないから一旦服薬を中止して、すぐに病院に行った方が良いと言われた。

その日は夜遅かったので、次の日に仕事を休んで病院へ行くことにした。

寝るまでの間に首と背中に貼っていた湿布の部分に発疹が増えた。


次の日の朝、口の中は口内炎で真っ白になっていた。

口の中に赤い部分が見当たらない。痛い。

発疹も全身にポツポツと広がっている。全身痛痒い。

目も充血している。

体もなんだか熱っぽい。

体温を計ると37.2℃だった。


口の中が痛くて水を飲むのもやっとで、食欲はなくて朝ご飯は食べられなかった。

これは少しまずいんじゃないかと思いつつ、かかりつけの病院へ向かった。


かかりつけの整形外科は薬を変更してくれただけで、発疹等の治療はできないので内科へ行ってほしいと言われた。


仕方がないので近くの内科へ向かった。


移動している間にまた発疹が増えた。

異様に喉が渇いて痛い

目もすごく乾いてきて痛い。

事故で痛めた首と背中もすごく痛い。

頭痛もひどくなってきた。

熱が上がってきているのか、足元がふらつく。


不安になりつつ内科へ到着。

やっと治療してもらえると思ったら、うちの病院では対応できないと言われた。

総合病院を紹介するからそこに行ってと。

具合はどんどん悪くなる一方で熱は38℃を越えた。

対応できないってどういうこと?そんなに悪い状態なの??と、ますます不安になった。


とりあえず紹介状を書いてもらい、急いで総合病院へ向かった。


移動中、気持ちが悪くなってきた。

息苦しくて上手に息ができない。

発疹は増え続けていてずっと痛痒い。


不安ばかり膨らんでいく中、総合病院に着いた。

しかし紹介された皮膚科はすごく混んでいた。

診察までの待ち時間が物凄く長く感じた。

やっと診察の順番が来た。

朝に家を出たのにもう夕方だった。

診察前に体温を計ったら39.1℃にもなっていた。

悪寒がして立ち上がるのもやっとな程フラフラになりながら、診察を受けた。


そこで、スティーブンス・ジョンソン症候群

かもしれないと言われた。


先生は少し慌てた様子だった。

自分はというと頭がぼーっとしていて、先生があまり何を言っているのか分からない。

聞き慣れない横文字に???となりながら、処置室に通された。

すぐに血液検査と点滴をしてもらい、点滴が終わるまで処置室のベッドで不安な気持ちのまま疲れて少し眠った。



②へ続く。



ふ、と思い出して。


約9年ぶりにアメブロを見た。

もうほぼ初めまして状態。何が何やら。

昔の自分のブログがやけにテンション高めでビックリ。苦笑しかない。


約9年。

月日の流れが早過ぎてつらい。


ブログをよく書いていた頃、小さかった子供達も随分と大きくなり13歳と10歳に。

もう思春期(反抗期?)になってしまった。


自分にも様々な出来事が。

13年には離婚して子供達と実家に。

ストレスでご飯を食べられず栄養失調(168cm43kg)と不明熱になった末、肋骨骨折。しんどかった。

その後数年は色々大変で一瞬で月日が過ぎていって。

そんな中19年には大好きな伯父が急逝、、、。

20年にはコロナ禍が始まって、仕事でのストレスも多かったせいか帯状疱疹を発症。顔に後遺症が残った。

そして21年に再婚。 名字が変わった。


早いような長いような。


ふ、と思い出してとりとめなく書いてみた。


ここ最近、ストレスで5キロ痩せた(;´Д`


168cmで43kgはさすがにガリガリ、、

100均のグッズ で娘と クリスマスリース を制作リース

← ダ イ ソ ー  &  セ リ ア →
$Lich's blog* できることから

グルーガンちょいムズ下げ だったけど、なかなかうまくできたかなはてなマーク笑顔ラブラブ

$Lich's blog* できることから

工作が大好きな娘はめっちゃ楽しんで作っていた星

$Lich's blog* できることから
↑ 4 歳 娘 作。

$Lich's blog* できることから
↑ 自 作。

花のパーツは娘がほとんど使っちゃったので、私のは葉っぱばかりに笑 ハート
娘が作ったやつの方が可愛いかもにひひ

今朝、おばあちゃんが亡くなった


92歳。


まだまだ長生きしてほしかったな…


おばあちゃんに最期のお別れをするため、実家へ。


娘もおばあちゃん(ひいおばあちゃん)のことが大好きだったから

さみしそうで、おばあちゃんにずっとひっついていた。


最期に見たおばあちゃんの顔はなんだか笑っているようだった


天国のおじいちゃんとも仲良くね。



ありがと


大好きだよ。


街路樹の葉っぱが黄色くなって落ち葉も増え、すっかり秋らしくなってきたもみじ


娘たちは風邪が治って元気そうクローバーキラキラ



息子ももう8ヶ月になって、できることがたくさん増えてきた星


昨日は両手でぱちぱちと拍手をびっくりマーク

今までは片手でテーブルとかをたたいているだけだったけど、手のひら同士でたたけるようにニコニコラブラブ


つたい歩きも上手になってきて、時々物を押して歩くようにえっ

一人歩きももうすぐなのかな~得意げ

$Lich's blog* できることから

ピグはハロウィン一色~(´▽`)
こんなパフェおやつに作りたいなぁ~キラキラ