「ラ・ラ・ランド」

 

有名過ぎて名前を聞いただけで、ミュージカルが脳内再生されちゃいますね。

最近なんとなく、ラ・ラ・ランドのサウンドが恋しくて、観直したんです。

 

皆さん、何度か観られましたか?

私はサウンドを聞くために、ちょこちょこ流したりはしますが

じっくり見るのは、映画が公開されてすぐと、今日とで2回目でした。

 

今回なぜ、ブログにこの映画を持ち出したのか。

その理由は2つあります。

 

もちろん、1つ目には、「たのしい探し」の一環だということ。

そして、2つ目には、観直した時に全く違う映画として私の目に映るという面白い体験をしたからです。

 

ラ・ラ・ランドが公開されたのは2016年。そして今は、2020年。

この4年間で私の感覚が少し成熟したのか。それとも最近あった切ない体験に影響されているのかな?

 

*****

 

2016年

 

初めてラ・ラ・ランドを観たときの私の感想はというと、、

「なんてつまらない映画」

 

4年前、この映画のことを嫌いだと思いました。

基本的に嘘をつけないドストレートな私は、ミアとセバスティアンがすれ違っていく姿が理解できず

「お互いの希望をもっと言葉にしたら良いのに」と、納得ができないことが多かったです。

 

そして何より、あの時の私には

「この映画はセバスティアン目線の、自分勝手なおじさん映画」と評価しました。

セバスティアンが、ミアを手放した事を後悔して、「タラれば」と妄想した後に出来上がった

まさに偶像の映画だと感じていたんです。

 

「大物になった彼女が彼の元をたまたま訪れ、彼女が切ない顔を浮かべる」

というラストシーンが彼の欲望にしか見えず、特に私の中で大嫌いなシーンでした。

 

 

そして、2020年

 

2度目に見たラ・ラ・ランド。

今回、私はこの映画に強く共感をしました。

 

初めて観たときには単なるコミュニケーション不足だと感じていたのに、そこにあった背景が見えてきた気がします。

忙しくて隣にいないパートナーと、改まって2人の将来について語る難しさ。

大切なことに限って上手くコミュニケ―ションが取れていなかったり、タイミングが合わなかったり。

大好きなはずなのに「これからの2人」の見通しが立たず、冷めた気持ちも湧いてくる。

 

人って難しいことに離れる理由はたくさんあるのに、一緒にいる理由って一握りです。

はっとすると、いつの間に大きな溝になって離れる理由でいっぱいになってしまいます。

2人は離れつつも、セバスティアンのミアに対する愛と、

ミアのセバスティアンに対する愛は変わらず胸にあったんだなと今なら理解ができました。

ただ、一緒にならなければいけない理由が足りなかったんでしょうね。

 

ミアの中でも、彼との生活を夢に見ていた部分があったんだという思いが伝わってきて

私にとって最悪だったラストシーンが「2人が夢見たもう一つの世界」として映りました。

 

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この差はなんでしょうね。

年を重ねると見えるものもあるということなのでしょうか?

それとも私の妄想力が上がっただけかな?

 

映画って時間を空けて観直してみるのが面白いかもしれません。

特に嫌いだった映画だったら、なおさら。

 

 

 

皆さんには、ラ・ラ・ランド、どのように映っていますか?

あなたの大切な人が横にいるなら、

一緒にいる理由を忘れないで、大切にしてくださいね。

 

今日の「たのしい探し」はちょっとしんみり。