「わかった」と「深く理解した」の間には相当の距離があって
「知識がある」と「実現できる」の間にも相当の距離がある
思考の早さが大切な時もあるけど思考の深さが大切な時もある
頭の回転の早さが全てではなく
思考の深くまで潜るためにはゆっくりだけど力強い回転が必要な時もある
どちらかが素晴らしいわけでもなく両方持っていないとどこかで行き詰まる
自分のなんとなくの違和感を大切にした方がいいし
他の人の物差しで生きないと決めることも大切だと思う
理解していなくても上手く行くことはたくさんある
でもそれだと再現性が低いし伝承は出来ない
そこでなんとなく上手く出来てしまったことに「わかった」って言いたくなる
天才に見えたいし自分が非凡だと信じたいから
でもやっぱりそれだと浅い
底が見える
深みがない
面白くない
だから自分が潜ったことのない部分まで思考の深くに潜りたい
これは違うしこれも違う
これは似てるけどなんとなく違和感があってもっといいものがあるような気がする
その連続でなんとなく辿り着けそうなところまで来る
でもそこから何もかも分からなくなって一番最初まで戻ったりする
これ思考のあるあるだと思う
でもそこまで来れば案外あと少しの時が多い気がする
人は「わかった」って思ってしまうと成長が止まるように脳が出来ていると思う
自分が極めたい分野に関しては一生「わからない…から分かりたい」でいい
それこそが自分の求めた道なんだなと信じてぼくはまだまだ上手くなりたいと思いながら今日も明日も考える自分でいたい
顧客さんには本当にしつこく伝えてますが(このしつこさは年齢から来てるのかそもそもの性質なのか)3月から東京にカットを習いに行ってまして今週の月曜に全てが終わりました
自分で「モノにする」ためにまた練習します
お客様への最大の恩返しは「上手くなること」だと信じて
アウトプットよりもインプットし続けたいと思います
