Where is リビア? -7ページ目

Where is リビア?

リビアの公用語はアラビア語です!


こんばんは.
夏休み最終日位夜更かししたいみぃです。

いや、すいません
最終日関係なく夜更かししてました.笑


 

一昨日あたりから、また気分的に絵を描いています。
もしかして、かなり久しぶりなんでしょうか。

2月以降ちゃんとした美術の授業を受けずに
勉強などで追いやられながら細々とやってきたもので
腕が落ちていることが、残念ながら一目瞭然です.笑

更に私がいちばん得意な道具がボールペンなのですが
日本のボールペンは滑らかすぎて影つけにくいです。

クロスハッチングみたいな、大雑把な影ばっかりで
どんどん技術が衰退していく最近です。

まあ詳しくはそのうち。


さて、今日はもうさすがに寝用と思うので
短いですがこの辺で。


では.

こんばんは。
今日は昨日の更新で言ったとおり、
もう少し陸前高田の市街地の写真を載せようと思います。

ただ、これを載せていいのかは正直凄く悩みました。
アメンバー限定記事にさせていただこうかとも思いましたが
この現状は一人でも多くの人に知って頂きたい。


***注意***
ここから先は被災地の写真を載せます。
岩手県に行ったときに、被災地に実際いらっしゃる方に
被災者の方々はこういった写真を見て
3月11日の出来事を思い出したくないという事を聞きました。

しかしながら、上に書いた、
現状を多くの人に見てほしいという個人的な意見から、
今回写真を載せることを決意しました。

大変申し訳ありませんが、もう思い出したくないという方は
ブラウザバックをしていただけると嬉しいです。

また、もしも上の意見を踏まえてでも許せないという場合は
お気軽にご意見をお伝えくださいませ。
***




市街地に入ったとたんに広がるのがこの景色です。
何もないとしかいえません。

 
反対の方向を向いても同じです。


思い出が詰まっているはずの瓦礫の山です。
5ヶ月で、瓦礫を幾つかの山にまとめ終わったようです。


これは最後まで載せていいのか考えた写真です。
これに一番衝撃を受けました。

 
陸地に突然船が。


津波に耐えた木です。 


やはり下手な説明を加えるよりも、 
写真を見ていただくことで一番伝わると思ったので
長い説明は割愛させていただきます。

しかし、これでも実際に見たものとは
大きく違うことが自分でもわかります。

これはボランティアなどで
一度でも被災地を訪れた方にはおわかりでしょうが
TVなどで見る被災地の風景と本物は全く違います。

実際の光景を見て受ける衝撃は計り知れません。

おこがましいようですが、
皆様には、一度でいいから被災地に実際に足を運び
その自然災害の爪痕を肌で感じてほしいと思います。


最後に。
重ね重ね申し上げますが、
表現などに不快を感じることがございましたら
筆者にお気軽に申し上げくださいませ。

では.

こんばんは。
岩手県から帰ってまいりました、みぃ♪さんです。

一昨日、ボランティア終了ご
陸前高田を出た後はは花巻に宿泊し
温泉を満喫してきました♪

ホテルは3つ隣接しているのですが、
それぞれに温泉があったため、
3種類の温泉を楽しむことが出来ました。


そして昨日は経済面からの復興支援と称して
厳美渓と世界遺産平泉に行って参りました。

 
厳美渓、素敵な漢字ですね。
名前の通り、厳しい自然の中にも美しさを感じます。


しかし、花より団子な筆者。
ここでは名物"空飛ぶ団子"を頂きました。

説明下手なので、とりあえず動画を載せます.笑

この様に渓谷を挟んでロープが繋げてあり、
こちら側にある桶に代金を入れて
木槌でこっちにある木の板をたたくと
むこうにある団子屋のお店の人が
ロープを引っ張って桶を回収し、
団子を入れてこちらに返してくれます。

という説明でわかりますかね?笑
国語、頑張ります.笑


そしてこれがその団子です。
これにお茶がついてきて、400円です。


ここで30分観光をした後は、いよいよ世界遺産平泉へ!


中尊寺本堂です。


さすがに世界遺産になったばっかりだということで、
中は参拝客であふれかえっていました。


世界遺産保護の観点から、
メインの金色堂は撮影禁止だったため
写真を撮ることは出来ませんでしたが、
金色堂はとにかく極楽浄土を細かい部分まで現していて
昔の人の考えを明確に表しておりました。

松尾芭蕉は彼の代表作”奥の細道”で
”五月雨の 振り残してや 光堂”と
その輝かしさを鮮明に表しています。


…と、色々と説明不足のようにも感じますが
写真をあまり撮っていないために、
私の説明ではごちゃごちゃになってしまいそうなので
この辺までにしておきます。

次回の更新では、被災地の写真がまだあるので
もう少し載せてみようと思います。


では。
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こんにちは.

リビアを離れて半年だななんて
思い出に浸るのもつかのま…

只今ボランティアを目的に
岩手県陸前高田市に来ています.


昨日夜行バスで岩手県に向かい
今日1日ボランティアをしました.
明日は平泉観光の後帰宅します.


初めてのボランティアツアー
最初は自分が学ぶだけでなく
おこがましいかもしれないけど
復興に少しでも貢献できたらな
という気持ちで望んでいました.

しかしボランティアセンターの
ここに住まれている方の話の中に
"片付けはいつかは
重機がやってくれる.
大切なのは瓦礫の撤去より
それによって住民に
安心感を与えることだ"
(一言一句引用はしてません)
という部分があり…
何故だか急に不安になりました.


復興に貢献しようだなんて
本当におこがましい考えで
結局自分一人では無力だ.

こんな所で一体
力になれるのだろうか?

ボランティア先に向かうまで
自問自答を繰り返しました.


そしてそれは市街地に進むにつれ
より強いものになりました.

陸前高田はどこ?

広がるのは水に被われ
ただただ海岸へと続く
平地だけでした.


ニュースで目にする光景なんて
所詮はテレビでの話.

バスの窓越しに見る陸前高田…
瓦礫が山積みとなり
残っている建物のガラスは割れ
室内にはまた瓦礫が.

それらはまるで筆者に
人間の力では何も変わらないと
伝えたかったのかもしれません.


そんな中
今回私は田んぼ再開発の為に
田んぼの草刈りや
瓦礫の撤去などを行いました.

草刈りをしていると
流されてきた思いでの品が
沢山見つかります.

それは靴だったり
写真と思われるものだったりと
普段の生活で当たり前のように
使われているものなんですね.

この持ち主は
今生きているのだろうか?

そんなことを考えずには
いられませんでした.


そんなボランティア活動
1日を通して思ったことは
やればできる ということです.

当然のように聞こえるのですが
本当これに尽きるんです.

午前中に抱いた疑問の答えにも
繋がるとは思うのですが
復興だってやればできる!
皆さんのバイタリティーを
肌で感じ そう思いました.

ただこれには
被災地の方だけではなく
全国の皆さんの助けが必要です.

1日・1人の努力では
越えられないんです.

だから改めて
被災地の長期的なサポートに
協力していけたらと思います.


最後に.
これは余韻に浸っている間に
言いたい事を全部のせて
書き上げた為
文章が支離滅裂になってしまい
申し訳ありません.

また
今日貴重な経験をさせて頂き
本当に感謝しております.

明日も世界遺産を目一杯楽しみ
沢山のものを得て
帰路につければと思います.


では.

お久しぶりです.

日本のマスコミはここまで来て
殆ど見て見ぬふりなのかと
つくづく呆れておりますが…

この度リビアの
先の見えなかった暗闇に
光が差してきたようです.


戦いが始まって6ヶ月.
私がリビアを去ってから6ヶ月.

これまで幾つの尊い命が奪われ
幾つの夢が壊されてきたのか.

今までの人生で
一番記憶に残っている時間を
リビアという地で過ごした私は
2月21日から今日まで
ずっと考えてきました.


自由のために戦うのは
避けられない事かもしれない.

でも本当にこれは終わるのか.

一体自分はこんなところで
何をしているのだろう.

これまで自分に突きつけてきた
疑問の数は数えられません.


見知らぬ東洋人に
ノリで挨拶してくる若者.

細かいお金がなく困っている時
おまけしてくれた
スーパーのおじさん.

"インシャアッラー"が口癖で
一向に開く様子のない店の前で
世間話をする人々…

あんなアバウトに疾走する
リビア人達が立ち上がることは
感心しつつも内心複雑でした.

だからこそ 今日長男と
次男セイフ アルイスラムが
拘束されたこと
反政府側がトリポリの大部分を
支配したことを聞き
ああ 長い半年間の戦いも
終わるんだなと感じました.


ただ 同時に大変なのは
これからだと筆者は考えます.

まず政権を建て直すのには
部族間での衝突が
避けられないと感じます.

更に 内戦という言葉には
あまりいいイメージを
持たない人が多いと思います.

それだけに
国のイメージを払拭するのにも
時間がかかりそうです.


そんな中 少なくとも私から
日本に伝えたいことは
リビアは素晴らしい国だ
ということです.

砂漠や海など
自然が美しいだけではなく
人々の心も美しい.

何しろ41年間
あの中で自分達なりに
幸せに暮らしていたのですよ.

普段どんなにアバウトでも
やる時はやる という姿勢を
見せてもらいました.

また 日本もこの様な暴動を
起こせとは言いませんが
見習って欲しい所が
あるのは確かです.

何の為の抵抗権だ.
これを日本人に問います.


長々と書いてしまいましたが
最後に.

自分には傍観することしか
出来なかったけれど
こんな素晴らしい人々と
関われた事を誇りに思います.


では.