6月21日(金)雨
九州の旅はまず、志賀島から
6月5日から昨日20日まで、九州西側を回ってきました。
不在中、お訪ね下さった方々には大変、長期にわたって留守をしまして申し訳ありませんでした。
まだ帰宅したばかりで旅の記録の整理も手が付けられません。
しばし、お時間をいただきたいと思います。
志賀島港の正面に「金印」のレプリカ。
福岡市博物館の解説によれば、金印は、天明4年(1784)2月2日、農作業中に偶然、発見されたとある。西暦57年、倭の奴国王が後漢に朝貢し、光武帝より印綬を受けたという『後漢書東夷伝』にみえる印といわれる。九州地方と大陸(中国)の外交関係を知る貴重な歴史的産物ということだ。


このあたりは「金印道路」。
やはり、本物を見たい。その後、本物がある福岡市博物館に行く事にした。
九州の旅はまず、志賀島から
6月5日から昨日20日まで、九州西側を回ってきました。不在中、お訪ね下さった方々には大変、長期にわたって留守をしまして申し訳ありませんでした。
まだ帰宅したばかりで旅の記録の整理も手が付けられません。
しばし、お時間をいただきたいと思います。
金印・「漢委奴国王」(かんのわのなのこくおう」の発見場所―-志賀島
その名も「きんいん」と言う名のフェリーが福岡港~志賀島を運行。志賀島港の正面に「金印」のレプリカ。
福岡市博物館の解説によれば、金印は、天明4年(1784)2月2日、農作業中に偶然、発見されたとある。西暦57年、倭の奴国王が後漢に朝貢し、光武帝より印綬を受けたという『後漢書東夷伝』にみえる印といわれる。九州地方と大陸(中国)の外交関係を知る貴重な歴史的産物ということだ。

港の傍にあるレストランで名物「海鮮どんぶり(千円)」を注文。
見渡しても近くに、他の飲食店が見当たらない。港のまわりも閑散としている。
「ランチ名物・刺身定食」はご飯の上に刺身がどっさり。食べきれない程の量。
入った時は空席が目立ったが、いつの間にかほぼ満席となる。
知られたお店だそうだ。
賑わう博多の目の前の島にしては、随分人里離れたような雰囲気だった。
これはこれでまた風情が感じられた。
「金印」が発見された場所として知られる「金印公園」を目指す。
バスは1時間に1本? しかも金印公園までいくのはわずかで徒歩しかない。
見渡しても近くに、他の飲食店が見当たらない。港のまわりも閑散としている。
「ランチ名物・刺身定食」はご飯の上に刺身がどっさり。食べきれない程の量。
入った時は空席が目立ったが、いつの間にかほぼ満席となる。
知られたお店だそうだ。

賑わう博多の目の前の島にしては、随分人里離れたような雰囲気だった。
これはこれでまた風情が感じられた。
「金印」が発見された場所として知られる「金印公園」を目指す。
バスは1時間に1本? しかも金印公園までいくのはわずかで徒歩しかない。
万葉集の句碑 9号碑
太宰府は奈良時代から対アジア防衛上の拠点として対馬へも防人を派遣し、この志賀の島からも物資の輸送が頻繁だった。対馬に渡った夫の船は難破した。しかし、年々も、夫の帰りを待ちわびた妻の歌という。
沖つ鳥鴨とふ船は也良の﨑
たみて漕ぎ来と聞こえこぬかも

海藻採りの人
引き潮で腰まで海に浸かって海藻をとる人。女性の様だ。
金印公園
発見の場所には金印を型どった記念碑があった。海岸道路より石段を上る。
このあたりは「金印道路」。


やはり、本物を見たい。その後、本物がある福岡市博物館に行く事にした。