外出から帰った秀子は、ソファに荷物を投げ捨て洗面台へ向かった。
秀子という女は、平凡なことが彼女の特徴といってもいいほどに平凡な女だった。
それは彼女本人もわかっていた。
顔を洗う直前ふと手を止め、鏡に映る自分を見る。
そして、ほのかに自嘲する。
平凡な輪郭の内側に、平凡な鼻、平凡な口、平凡な目、そのほかの平凡なパーツが、これまた平凡なバランスを保ちながら散らばっている。
特段醜いわけでもないし、その逆でもない。
決して覚えやすい顔ではないが、だからと言って人に忘れられやすいわけでもない。
別に太ってはいないし、やせているということもなく。スタイルもそこそこ。
とにかく秀子は「普通」な女だった。
鏡の前でここまで考えをめぐらして、あることに気が付いた。
ああ、あたしって否定の連続でできてる女なのね。
彼女は何かではなかったが、何者でもなかった。
この発見は、秀子をものすごい力で突き動かした。
自分の中に、私はこれだと思わせてくれるものをどうしても見つけたくなったのだ。自分でもおかしくなるほど強烈に。
秀子は考え始める。
友達がいないわけではない。恋人がいないわけではない。
部屋だっておかしいわけではないし、学歴も人並み、収入も困らないぐらい。
どこをどうとっても何時間考えても秀子は平凡で、「何かでない」女だった。
たまらなく心細く、むなしくなる。
考えれば考えるほど、自分は何の特徴もなく、ただ、鏡の前に立っているだけの女。
誰かの何かになれるわけでもない。結局は都合の良い社会の歯車。
いや、社会の歯車として、社会の一員として社会を回している。そんな考えまでもがうぬぼれかもしれない。
私は何でもない女。いなくなったって、一時は周りのごく少数の人間が悲しんでくれるかもしれないが、すぐに元の日常に戻っていく。
10年も経てば、誰も私のことなんて、覚えてやしない。
何のために、生きているのだろう、、、、?
ここまで来て、彼女はふっと笑う。
でも、みんなそうよね。
みんなそう。
たとえどこの誰が死んだって、結局は他人事。
私の存在が誰にも影響を与えないように、今日すれ違ったあの人も、買う気もないくせに服を眺めていたあの人も。
みんな、誰にとっても他人事。
秀子は頭の中でさらに畳みかける。
Instagramに楽しそうな写真を載せてるあの人たちも、Twitterで正義を振りかざし人をドヤ顔で叩くあの人たちも。
自分の存在価値を確認したいのよ。自分はこんなにも正しい。幸せだって。
誰かに認めてもらいたくて仕方がない。
自分に価値がないことぐらい、きっとあの人たちも気づいてる。ただ、認めたくないだけ。
ふふ、みんな同じ。みんな同じだわ。
私だけ劣等感に苛まれる必要なんてない。
どいつもこいつも、大した特徴なんて持ち合わせてはいないじゃない。
何か特技があるやつだって、どうせそいつより上はいるんだし。
自分が平凡で退屈な人間じゃないって思ってるやつは、どれだけ愚かなうぬぼれやなんだろう。
それに比べれば自覚のある私はどれだけ利口か。
あんなクズどもに比べれば。私は、、、、。
なんだか急に自身が満ち満ちてきて、我に戻った秀子は鏡に目をやった。
そこには、醜くゆがんだ笑顔を浮かべた女が映っていた。