大切な人が 亡くなった時、


人は いちばんに


後悔の気持ちがやってくる と


友人が その経験から 話していました。 


 


ああ、もっとこうしてあげれば良かった。


どうしてあの時 あんな風にしちゃったんだろう。


はやく 〇〇すれば良かった。


私が 〇〇してさえいれば。

 

〇〇してやれなくて ごめんね。

 


 

実際に、多くの人が

そのように発言されているのを

聴いたことがあるし、


私自身も、

父を亡くした時 いちばんにやってきたのは


後悔と 自分を責める気持ちでした。 

 

 


*****



5歳の頃、父を病気で亡くしました。


父は入退院を繰り返していて


いよいよ今度の入院が最期になるかもしれない

という時、


母から勧められて

千羽鶴用の 100枚入りの折り紙を

選びました。



早速 作り始めてみたものの

だんだんと 面倒くさくなり


頭の片隅には

鶴を折らなくちゃという思いがありながらも


しばらく 放っておいていたんです。

 


そんなとき、

いよいよ父が危ない と連絡があり


私は 紙袋に

作りかけの鶴を入れて

急いで 病院へ向かいました。

 


病室にいる父には

モニターが 繋がれていて


心拍の波が

まっすぐになったり 時々上下したり

していました。 



私は 母に促され

「鶴 折ったよ」と 声を掛け

紙袋を掲げました。

 

でも 紙袋の中にスカスカに入っている鶴を

内心、恥ずかしく感じていて


自分を責め 後悔していました。 




その日、

父は亡くなりました。




父の葬儀の時にも

私は自分のことを 責めていました。


なんで 面倒に思ったんだろう。

私が 鶴を折らなかったせいで

私のせいで 父は死んだ。

 

私は 罰を受けなければいけない。


 


冷静になれば わかります。

考えてみれば わかります。

父の死と

5歳の娘が鶴を折らなかったこととは

繋がらないこと。 


でも、5歳の私は そう感じていました。




父を死なせてしまった責任を感じながら

でもそんなこと 誰にも言えない と

私一人の 心の奥に

しまい込んでいました。

  



それが 心の片隅で 引っ掛かっていて

実は大人になっても しばらく

その想いが残っていたのです。

 

しまい込んでいたので

気がつかなかったのですが


ある時、

過去の自分と向き合う機会をもらったことで

心の奥の方から

ぐぐぐ…  と登ってきたような感覚で

気がつくことができ、


その時 初めて

傷ついていた 5歳の自分を

抱きしめることができました。






大切な人が 亡くなった時

 

これほどまでに

後悔の気持ちから 自分を責めて


それが 長い間、

その人の心の中に居続ける。 

 


こんなことを、

友人の言葉から 思い起こすことができました。





よっぽどのことがない限り

故人は 遺された人のそんな気持ちを

望んでいるわけではないだろう と

想像することができます。


でも、そのように後悔を感じてしまうのは

どうしてだろう? と考えます。


あなたは いかがでしょうか。

そのようなご経験が あるでしょうか。

 





今のところ 私の結論としては

コミュニケーション不足です。



大切な人へ 大切だよ と

伝えていますか?


どんなあなたでも 愛している と

伝えていますか?


心からの ありがとう を

伝えていますか?


苦しい時に 苦しい と

素直な気持ちを 伝えていますか?


優しい手のひらで 触れていますか?

ぎゅっと 抱きしめていますか?



相手がどうとか

環境がどうとか

関係なく!


自分の本当の気持ちに気がついて

それを大切な人に伝えられていますか?



それも、毎回、毎回、毎回、です。

 


大切な人が

目の前に いてくれるうちに


習慣的に 伝えていただきたいと

強く 思います。



ちょっと厳しい言葉に感じるでしょうか。

この続き

次回も書いてみようと思います♡


お読み下さりありがとうございます^ ^



あなたの世界は、既に愛で溢れています♡