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自分が大切に温めてきたものを第三者が自分の力かの様に
世に示そうとしtら、私はそれを許せない・・・
そう思うと思っていました。
それに近い現実が目の前で起た時、
実際に抱く思いは意外と違っていて
可哀想で怒りをぶつける気にもならないもの。
確かに怒りと悲しみで涙を流したけれど
世の中にはこういうドス黒い感覚で、
人からの搾取でやっと生きている人もいる。
慣れで感覚は麻痺し、嘘を嘘で塗り固めた人たらし達。
彼らが使う対人関係、対人距離、人との係わり方を表す言葉は
もう意味を持たない。
両者がより良い方向へ進む路を模索しようなどは
なから思っていないのだから。
自分のこの立ち居地がそういう歪んだ種の人間との交わりをも
こなしていかなければいけないなら手段を変えてやってみるのも
ひとつの手かもしれません。
少し立ち止まって頭を冷やす時かな。
実績があればアスリート界なども個人的に契約を交わさず
事を進める事が多いけれど、目的はわき目も振らずに確実に同じで
信頼関係があるからこそに成り立つものだから。
今日は夕方の個人的なパーティーまでゆっくりです。
気分を穏やかにしたいしchopinを弾こう。
今も腫れている目が治まる時間は十分だよね。
ひとつの事柄に存在する二面性。
光と影、善と悪、愛情と憎しみ・・・
そして華やかな世界の裏にあるのは血の滲む努力。
屈辱的な思いをしたとしてもどうってことない顔して笑っていられる
野心を積極性と呼ぶ彼らを敵視していたけれど
やっと私にも見えてきたのかもしれません。
仕上がったプリントには絶大な効果が出ていることを否めませんでした。
その世界にはその世界のやり方というのがあるのも納得しました。
きっとなんでもそう。
ありえない価値観を押し付けられても受け入れなければそこで終わってしまう。
その先が見たいのなら進むしかない。
それを一所懸命というのかも。
柔軟に、滞らずにいることで視野が広がって私はもっと自由になる。
目上の人が言ってくれている耳が痛い言葉ってありがたいんだな。
傾けるだけではいけない。実践すること。
大丈夫。やっていける。
