これは偶然目に止まった動画で、内容は純粋非二元論の適切な要約となっており、現在の状況が加味されています。読みやすく編集して文章化しました。純粋非二元論的に語られている代表的な関連では、シャンカラ(ヴェーダンタ学派)、「奇跡のコース」、スーフィズム、ラマナ・マハリシなどがあげられます。
----------------------------------------------------------------------------------------------  <オカルティック現代【2chオカルトスレ】「神はこの宇宙を作っていない」この世界を作った創造主の“本当の正体”とは…>より

 

 

 



        人類はどこから来たのか

 ちょっとお前らに聞きたいことがある。人類はどこから来たのか? なぜ生まれてきたのか? 人類の生きる目的は何なのか? この宇宙は誰が作ったのか? 私は誰なのか? 小さい頃から、ただただ、シンプルに知りたかっただけなんだ。でも、誰に聞いても、どんな本を読んでも、まともな答えは帰ってこなかった。お前らもそうだろ。一度は考えたことがあるはずだ。でも、日々の生活に追われるうちに、そんな根源的な問いは心の隅に追い合って、見ないふりをしている。自分の出生の秘密も知らずに、平気な顔して生きていけるその神経が、俺には到底信じられない。それがいかに異常なことか、例えてやろうか。
 

        全員、記憶喪失、夢遊病者

 遊園地で迷子になったじいさんがいる。うろうろしているから、スタッフが声をかける。「どうなさいましたか?」 じいさんは言う。「ひとつ聞きたいことがあるんじゃが・・・」、「わしはどこから来たんじゃ?」 スタッフは驚く。「えっ、どこから来たか分からなくなったんですか?」「そうじゃ、実はわからんのじゃ・・・」「困りましたね・・・誰と来られたんですか?」 「それもわからん・・・」これ笑い話だと思うか? これはこの爺だけの話じゃない。まさに、お前らのことだ。全人類の現状そのものなんだよ。自分がどこから来たのかわからない。なぜここにいるのかも分からない。そして、どこへ行くのかも分からない。全員が重度の記憶喪失で、夢の中を彷徨った夢遊病者だ。この恐ろしさに、この危機感に、まず気づくべきなんだ。
 

        ガラクタの常識

  確かに、俺たちって自分のことを何も知らないで、生きてるよな。だろ。じゃあ、お前らが信じ込まされてきた「常識」という名のガラクタをひとつつずつ検証していこうか。まずは人類の起源。学校の教科書には何て書いてある? 「人類の期限はアフリカで、チンパンジーやボノボの祖先と約600万から700万年前に分岐と考えられています」 これを読んで「なるほど」なんて思ってる奴は、救いようがない。そんなわけはないだろ、というのがまともな人間の第一印象だ。人間の祖先が猿だなんて、本気で信じてるのか。その間をつなぐ猿人、ミッシングリンクはどこにあるんだ? 都合よく見つからないことになっている。そもそも進化論なんてものは、後付けの出っち上げなんだよ。
  

        宇宙人? 思考停止するな

 すると今度は、スピリチュアルかぶれの連中がしたり顔でこう言う。「猿人を宇宙人がDNA操作したんだ。それで人間が生まれたんだ。」ある意味、それは現象としてはそうかもしれないが、全く本質的な答えになっていない。そういう奴らに逆に聞いてみたいんだが、そのDNA操作したとやらの宇宙人たちは、そもそもどこから来たんだ? その宇宙人と呼ばれる存在は、どうやってこの地球に来た? 宇宙船に乗ってか?それとも次元が違うところからエネルギー的に移動したとか、なんとか。まあ、百歩譲ってよしとしよう。では「そもそも」、その宇宙人たちはこの宇宙のどこから来たんだ? この宇宙で自然発生したのか?それなら、どうやって誕生したんだ? この根源的な問いに、誰も答えない。なぜなら、そこで思考が停止するからだ。何でもかんでも「宇宙人」という便利な言葉で片付けて、本質的な問いに蓋をしているだけじゃないか。それは真理の探求じゃない。ただの思考停止であり、現実逃避だ。 この世界がこんな風になったのは地球を裏で支配している宇宙人のせいなんだ、なんて言ったところで、何かの解決になるのか?ならないだろ。それじゃいつまで立っても「誰かのせい」じゃないか。この星を支配しているのが宇宙人だと知って、お前の人生が何か変わるのか? 結局、自分は無力な奴隷であって何もできない、と白旗をあげているのと同じだ。会ったこともない、目に見えない存在のせいにして話を終えるな。 それって雲を掴むような話だろ。いいか、お前も宇宙人から見たら、立派な宇宙人なんだぞ。確かに。その宇宙人は誰が作ったのって話になるもんね。そうだろ。物事の本質、根源を突き詰めて考える癖をつけろ
 
 
         古事記では
 
 じゃあ、もっと高尚な神話の世界に目を向けてみようか。日本の古事記。「天地が初めて姿を見せた時に、高天原にアメノミナカヌシ、タカミムスヒ、カムムスヒという神々が誕生した」とある。これもおかしい。よく読め。天地が先にあった、ということになる。神々が生まれる前に、すでに天地は存在していたと解釈できる。 じゃあ、その天地は誰が作ったんだ? 登場する神々も誰が作ったんだ? この宇宙の成り立ちの、最も根本的な問いに答えていない。何か巧みにごまかされたような、モヤモヤした気分にならないか? 俺は腑に落ちなかった
 
 
         聖書では
 
 次に聖書だ。旧約聖書の創世紀には「神が天地万物や人間を創造した」と記されている。そして、「神が土で作ったアダムとイヴが人類の祖先だ」と。人間は土からできた、か。古事記では、人間は「草」と同じ、植物と同様の存在だったとされている。土だったり草だったり・・・結局、はっきり分かってないってことじゃないか。


        神話、意味不明
 
 さらにギリシャ神話では「宇宙は混沌の存在から始まり、人類は大地であるガイアから自然発生的に誕生した」とされている。ますます意味不明だ。その混沌はどうやってできたのか、という問いが生まれるだけだ。神話とはそういうものだ、なんて言って思考を停止するな。物事ハッキリと明確じゃなきゃ、結局は眉唾ものなんだよ。あるかないか、すべてハッキリしたものだ。例えば「少しだけ妊娠した」「ちょっとだけ妊娠した」なんて話はないだろ。だから俺は、このモヤモヤした感じを晴らしたくて、ずっと真実を探し求めてきた。
 
 
         俺たちは神様から離れてしまった
 
 そして、ついにたどり着いた人類の起源、宇宙の起源、そしてお前が明日からどう生きるべきか。その答えをこれから話していく。まず、結論から言おう。俺たちはかつて、神様と一緒にいた。確かに俺たちは神様と共にあった。この宇宙が生まれる前のことだ。すべての始まりは神様だった。 これ以外にありえない。だが、今は違う。俺たちは神様から遠く離れてしまっている。その結果が、この地球の惨状だ。毎日どこかで戦争が起き、サツ人が起き、詐欺が起き、暴力がまかり通る。もし俺たちが神と共に生きていたら、こんなことが毎日起きると思うか? 人が人を騙したり、嘘をついたり、暴力を振ったりするだろか? <しないと思う。 神様がそんなことするわけないもん。> そうだ。神様と共に生きていたら、こんなことは絶対に起きるはずがない。すべての鍵はここにあるんだ。俺たち人類は、神様から遠く離れてしまい、神様の心を忘れてしまった。これがすべての問題の根源であり、答えでもある。だから、平気で他人の悪口を言う。神様は誰かの悪口を言うか言うはずがないだろ。だが、人間は言う。口には出さなくても、多くの人間は心の中で悪口を言っている。そして自分の周りに敵を作り、不都合なことはすべて敵のせいにして生きる。誰かのせいにしないと、自分を保てなくなってしまったんだ。
 
 
         いっしょにいたと、イメージしろ
 
 だがな、「始まりは神様といっしょにいた」と聞いて、「あぁ、やっぱりそうか」で終わるなよ。そんな分かったふりは、3日もすれば忘れて、また元のゾンビのような奴隷生活に戻るだけだ。分かったふりが一番タチが悪い。自分自身に問わないと、何事も身につかない。 「始まりは神様と一緒にいたんだ」と聞いたら、まず自分で考えろ。自分の心で感じ取れ。 これは他人事じゃない、お前の話なんだ。「私が神様といっしょにいた!」と主語を自分に置き換えて、深くイメージしろ。「神様といっしょにいたとしたら、どういう感じだったのだろうか。」「なぜ過去形なんだろか。」「そうか、今は、神様と一緒にいないってことか。」 「ではなぜ、神様から離れてしまったんだろうか。」「その理由を知りたい。」「神様から離れて、後悔はしていないのか。」 ざっと考えただけでも、これだけの疑問が浮かんでくるはずだ。こうやって自分で考える力、イメージする力がお前らには圧倒的に足りない。誰かに教えてもらうだけじゃ、お前の人生は絶対に変わらない。なぜなら、お前も相当頑固だからだ。新しい自分になると、強烈な意思決定をしない限り、絶対に無理なんだ。 そして、そこから自分を変えようとする日々の血の滲むような努力が必要になる。 当たり前のことだ。他人にアンテナを向けて、他人の荒探しをしている場合じゃない。 自分自身の内側にアンテナを向けろ。いいか、思い出せ。人類はひとりから始まったんだ。だからこの世界に他人事なんて、万にひとつもない。その本当の意味も、いずれ分かる時が来る。
 
 
         無知の知
 
 次は「私は誰なのか」について話す。つまり「お前は誰だ」という、最も根源的な問いだ。こう聞かれたら、お前は何と答える? <え? 人間ですけど・・・。> じゃあ聞き方を変えよう。人間とはどんな存在なんだ?答えられないだろ。自分の名前や住所や職業を聞いてるんじゃない。そんな表面的なことじゃない。もっと根本的なことを聞いているんだ。「あなたは誰ですか?」この最も大切な質問いに答えられないということは、次の問いにも一切答えられないということになる。自分はどこから来たのか、どこに行くのか、何のために今ここにいるのか、何のために生きているのか、つまり「自分が誰であるか」に答えられないということは、「生きている理由も分からない」、そして「自分の存在理由も分からない」と、自白しているようなものなんだよ。だが、落ち込むな。それをちゃんと自覚することが第一歩だ。知っているつもりが一番危い。「知らないということをちゃんと知ること」がまず最初に必要なんだ 。哲学の父、ソクラテスの言う「無知の知」そのものだ。知らないことより、知らないことを知らないことの方が罪深い。なぜなら、スタート地点がずれていたら、ゴールには絶対にたどり着けないからだ。
 

        肉体が基準か

  じゃあ本題だ。「お前は体か?」こう聞かれたら、正直にどう答える? <うん、やっぱり体が私だと思ってる。> 正直でいい。その正直さが大事なんだ。かっこつけて本心を隠していては、一歩も前に進めない。まあ、かっこつけても俺にはバレバレだがな。俺たちは皆、記憶喪失の夢遊病者なんだから、今更かっこつけても仕方ない。そうだ、俺たち「人間は自分は肉体である」と思って生きている。誕生日ってのは何だ? 体が母親の腹から、この世に出てきた日だろ。命日ってのは何だ? その肉体が役目を終えた日だ。医者がご臨終ですと言った日、心臓という肉体の一部が止まった日だ。すべてが肉体を基準にしている。口では「私は魂の存在だ」なんていうスピリチュアルかぶれの奴だって、彼氏に自分の誕生日を忘れられたら本気でキレるだろ。どうして怒るんだ? お前が言う誕生日とは、肉体がこの世に出てきた日のことだろう。魂の誕生日のことじゃないはずだ。 こういうところで、すぐにメッキが剥がれるんだよ。俺たちは、誕生からシまで、肉体が人生の基準になっている。
  
  
          俺たちは「心の存在」
  
  だが、もう一度聞く。お前は本当に肉体という存在か? 肉体がお前の命そのものなのか? <違う気がする。肉体は借り物って感じ。> その通りだ。その感覚が正しい。お前は肉体ではない。あなたという存在は、肉体とはある意味、無関係なんだ。この世では肉体として生きているフリをしているに過ぎない。人間は、肉体が滅んだ後も意識ははっきりと存在する。肉体がシんでも、「俺はシんだのか」と自問するほど意識は存続するんだ。だが、自分の横たわるシ体を見るとパニックになる。なぜか? 自分イコール肉体だと思い込んでいるからだ。 考えても見ろ、シ体という文字を体がシんだ、と書く。心がシんだとは書かない。体がシんだだけなのに、自分そのものがシんだと、勘違いしてしまう。知識だけで「魂は永遠だ」なんていくら唱えていても、いざという時には全く役に立たない。宗教家もスピ好きも陰謀論に詳しい奴らも、初詮はその程度の覚悟しかない。付け焼き刃の知識なんて、強風が 吹けば一瞬で吹き飛ぶ。日々どう生きるか、それだけが本当の自分の力になるんだ。口だけ達者な人間になるな。 では、俺たちが肉体でないとしたら、一体何なのか。俺たちは「心の存在」なんだよ。そして、多くの人間が勘違いしているが、肉体の中に心が宿るのではない。主は心の方なんだ。
  
  
          神様はこの宇宙を作っていない
  
  じゃあ、ここでまた質問だ。その肉体は誰が作ったんだ? <神様・・・?> また悪い癖が出てるぞ。世間一般がどう思うかじゃない、お前がどう思うかを聞いている。<神様が作ったと思ってました。> そうだよな。みんなそう思っている。 だが違う。神様は肉体を作ってはいない。なぜなら、もっと衝撃的な真実を言うと、神様はこの宇宙を作ってはいないからだ。神様が宇宙を作ってないって。それじゃあ、一体誰が作ったんだよ? 驚くのも無理はない。この世の常識とは全くの正反対だからな。だが、真実だ。神様はこの宇宙を作っていないということは、この宇宙に存在するすべてのもの。例えばお前のその肉体も、神様が作ったものではないということだ。この真実を聞いた時、最初は誰でも抵抗を覚える。心が真理に対して抵抗するんだ。自分自身が否定されたと勘違いするからな。だが、落ち着いて考えてみろ。この世の中のひどいあり様を見てみろ。人の心は荒廃し、自分だけ良ければいい、今だけ良ければいいと刹那的に生きている。なぜ神様はこんな地獄のような世界を作ったのかと、一度でも疑問に思ったことはないか? 大震災で何万人もの人が津波に飲まれてシぬのを、なぜ全知全能の神様は黙って放置しているのかと。その答えがこれだ。「神様はこの宇宙を作っていない。」 俺はこの真実を知った時、心から救われた希望の光が見えたんだ。この世が神様の作ったものでないのなら、こんなめちゃくちゃなことが起きても何も不思議じゃない。やったもん勝ち、嘘も言ったもん勝ち、声が大きい者勝ちのアホな世界であることに、初めて理屈が通ったんだ。
  
  
          すべてはお前の心が作り出した
  
  体も神様が作ったものではない。だから、生きる上で体に囚われ、体を基準にしていては、真実は絶対に見えてこない。いいか、 体には意思はないんだ。体はお前の心にただ従うだけなんだよ。<体に意思はない? どういうこと?> そうだ。体が病気になるのは、体に原因があると思ってるだろ。違う。お前の心が主であり、肉体は心の命令に従っているだけだ。体が病気になるのは、お前の心がそうさせた結果に過ぎないんだ。誰のせいでもない。体が怪我をするのも全く同じだ。すべてはお前の心が映し出した結果なんだよ。何事も原因を外に求めるな。心が先で、体は後。 お前の心がお前の人生そのものを映し出しているんだ。もう一度、映画館のスクリーンを想像しろ。スクリーンに映画が映るのはスクリーンが偉いからじゃない。 スクリーンはただの白い幕だ。映し出しているのは、映写機の中にあるフィルムだ。主はフィルムで、スクリーンはそれに従っているだけだ。これと全く同じことが、お前の身に起きている。お前の心がフィルムで、お前の人生や肉体がスクリーンだ。原因は心で、結果が肉体や人生で起こる出来事なんだ。 風邪を引くのだって、医者はウイルスが体内に侵入したからだと言うだろ。


        心を変える意志
  
  しかし、それはただの現象や病気の経路を説明したに過ぎない。真の原因を見ていない。本当の原因は、お前の「心が風邪をひけ」と指示を出したからだ。「心が風邪をひけ」というので、体はそれに素直に従っただけだったんだ。だから、同じウイルスや細菌が体内に入っても、風邪を引く奴と引かない奴が出てくる。すべてを動かしているもの、それが「お前の心」だったんだ。だから、心を変えない限り、同じ人生がスクリーンに延々と、繰り返し上映されるだけだ。そして、心を変えるのは簡単なことじゃない。お前の人生がひっくり返えるような経験と、血を吐くような努力と、鋼のような強い意思が必要になる。キリストやブッダの本を読んだ次の日から、キリストやブッダになれるか? なれるわけないだろ。 それと同じことだ。楽して変われるものなど、この世には何ひとつない。
 
 
         神の子の正しい行い
  
  さて、いよいよ本題の中の本題だ。「私は誰なのか?」単刀直入に言う。お前は「神の子」だ。これ に一切の間違いはない。ただし、今は神の子だということを完全に忘れてしまっている 。もし、お前が自分が神の子だと心底確信したら、お前の人生はどうなると思う? 何かをしようとする時、常に「神の子として、この行いは正しいだろか?」と、自問するようになるだろ。「神様はこんなことをするだろか?」 「神様はこんなことを言うだろか?」と。これこそが本当の進化だ。
  
  
          憎い奴も神の子
  
  心が進化すれば、人生というスクリーンに映る映像も、自ずと変わる。そして、お前が心の底から嫌いで顔も見たくないと、思っているあの憎い奴も神の子だ。それは・・・受け入れがたいかも。 分かるよ。だが、お前がそう思っているということは、相手もきっとお前のことをそう思っている。自分は神の子だけれど、あいつだけは赦せない。あいつだけは違うんじゃないのかと。それこそがエゴだ。
  
  
          家出をした神の子
  
  俺たち人類は、現在、神様から遠く離れてしまっている・・・。元々俺たちは神様と共にいた。しかし、ある日、神様の元を飛び出したんだ。自分も神様と同じようなことができるはずだと、自分の力を試したくなったんだ。まるで、親に喧嘩を売って家を飛び出す小さな子供と同じだ。その結果、神様の心から遠く離れた存在になってしまった。だから、今の世の中がこんなにもひどい状態なんだ。これは誰かのせいじゃない。 アメリカの大統領のせいでも、金融資本家のせいでも、戦争のせいでも、DSのせいでも、ましてや、財務省や宇宙人のせいでもない。俺たち人類全員の責任なんだ。俺たちの心が映し出した世界だったんだからな。だから、俺たちは神様のことして神様の心を取り戻さなくてはならない。これって当たり前のことだと思わないか? 家出したなら、家に帰る。シンプルだろ。
  
  
          俺たちがこの宇宙を作った責任
  
  じゃあ、俺たちはどこに向かうべきなのか。そのためには、まず俺たちが今いるこの宇宙が一体何なのかをはっきりとさせる必要がある。 この宇宙は誰が作ったのか神様ではない、とさっき言ったな。じゃあ誰だ?それは「あなた」だ。え、記憶にないんだけど。そうだ。俺たちがこの宇宙を作ったんだ。 イコール、お前が作ったんだ。これでもう、神様のせいにはできなくなったな。この世界で何が起きても、すべてお前自身の責任だということだ。誰かのせいにして生きるのは楽だが、その甘えはもう終わりだ。政治家のせいだ。あいつのせいだ。DSのせいだともう言えなくなった。さて、どうする? なんか潔ぎよい気もする。責任重大だけど。
  
  
          この世界は「幻」
  
  そうだ。これで初めて、俺たちはまともなスタート地点に立つことができる。誰のせいにもしない、本当の意味でのスタートだ。俺たちが作ったのなら、変更もできる。自分で作ったものならば訂正も可能なのだということだ。この宇宙は結果なんだよ。 映画で言えばスクリーンだ。原因はフィルム、つまり俺たちの心だ。だから、何か不幸なことが起きるのは宇宙のせいじゃない、結果のせいじゃない。人類の集合的な心がフィルムとなって、この世界というスクリーンに宇宙を映し出したんだ。もう一度聞くが、映画館のスクリーンに映った登場人物に触れることはできるか? <できない。> そうだろ。なぜなら、それは実態がない「幻」だからだ。ホログラムだからだ。この宇宙もそれと全く同じだ、と言ったら信じられるか。俺たちの心が映し出したこの世界は実は「幻」なんだよ。幻想の世界、幻想の宇宙だったんだ。俺たちは壮大な「夢」を見ている最中なんだ。
 
 
         目覚めろ
  
  夢の中にいるときは、それが夢だとは気づかないだろ。あまりにリアルに感じているからだ。だが、いつそれが夢だと気づく? <朝、目が覚めた時だろ。> その通りだ。だから俺は「目覚めろ」、「覚醒しろ」とずっと言っているんだ。意識や感覚をはっきりと働かせろと。お前は神の子なんだ。神の子が覚醒したら,とんでもなく素晴らしいことが起きるに決まっている。だが,俺たちはまだ眠っている。
 
 
         時間は「ない」
  
  この世界が幻想なら、この世界の時間や空間はどうなっているのか。時間は本当は「ない」んだ。あえて言うなら、「今しかない」。この世界は幻想なんだから、時間もないのと一緒だ。夢の中に本当の時間はあるか? 映画の中に本当の時間はあるか? ないだろ。そして、ここでさらに衝撃の事実を言う。この世界は実はすでに終わっている。今は「映画の上映会」をやっているようなもんだ。映画の上映会を開催しているということは映画はすでに撮影され、編集され、完成しているということだろ。この世界もそれと全く同じことなんだ。未来はもう決まっている、という事実に納得がいかないか? 気に入らないか?
 
 
         心が変われば結果が変わる
  
  だが、完成した映画とこの世界には決定的な違いがひとつある。この世界では、お前が心を変えれば、「違う結末を迎えることもできる」というものだ。いわゆるパラレルワールドというやつだ。今のお前の心のままでいれば、決まった通りの未来がスクリーンに映し出される。だが、今、この瞬間、お前が心を変えれば、前の心とは違う未来が映し出される可能性があるということだ。だから「今」がシぬほど大事なんだよ。お前の「意思」が、お前の「選択」がすべてを決めるんだ。人生で起きることは、外からやってくるものじゃない。すべてお前自身が映し出した結果なんだ。この事実から逃げるな。では、
  
  
          赦しなさい
  
  私たちはどこに向かうべきなのか。俺たちは神様から「分離」した。だから、その反対のことをすればいい。分離ではなく「調和」だ。「ひとつになる」ことだ。神様の元に帰る生き方だ。そのための最も具体的で、最も強力な方法が「赦す」ということなんだ。分離の象徴、それは「赦せない」という感情だ。自分は正しく、相手が間違っているという生き方だ。嫌いなあの人のことを、お前が赦す。気に食わないあの出来事をお前が赦す。 そして、そんな相手を赦せないと思ってきた、そのちっぽけな自分自身をも赦すんだ。<それが一番むずい・・・。 理由があるから赦せないんだし。> 難しいのは十々承知している。俺にだって、ずっと赦せない人間がいた。
  
  
          夢の中のことなら赦せる
  
  だが、考えてみろ。お前が誰かを「赦せない」と思っている時、お前の心は幸せか? 平穏か? 違うだろ。イライラと怒りでえくり返ってるだろ。そのイライラした心が、またイライラする未来をスクリーンに映し出すんだ。結局、すべて自分に帰ってくる。自分の不都合は、外からやってくるんじゃない。お前が呼んだんだ。お前が映し出したんだ。良いことも悪いことも、全部自分の心が映したものだ。都合のいい時だけ「引き寄せの法則が働いた」なんて言うな。悪いことだって、お前が引き寄せたんだ。自分が投げたブーメランが、正確に自分に帰ってきただけだ。なのに悪いことだけは他人のせいにする。目の前の鏡に写っている真犯人、つまり自分自身を見ようともせずに。いいか、この世界での出来事はそもそも起きていないんだ。夢の中の出来事だ。夢の中で誰かに殴られたとして、朝起きてからもその怒りを何日も何年も持ち続けるかしないだろ。「夢の中の話だろ。しつこいな」と思うはずだ。なかったことならば赦せるんじゃないか。
  
  
          神様から離れたという罪悪感
  
  そもそも、お前が「赦せない」と思うその相手や出来事は、お前の心が映し出したものなんだ。お前が人生で超えるべき壁として、お前自身が自分の前に用意したんだ。なぜなら、俺たちには神様から離れたという、根源的な「罪悪感」があるからだ。自分のその罪の意識を見たくないから、外の世界に罪人を探し出して、自分の罪をそいつに投影する。それが「赦せない相手」の本当の正体だ。
  
  
          赦しつづける
  
  だから、いきなり赦せなくてもいい。まずは「あの人を赦せるようになりたいんだけど、なかなか赦せないな・・・」と思うだけでもいいんだ。たったこれだけでも、昨日までのお前とは明らかに違う。可愛い我が子のそのけなげな願いを、神様が見捨てるはずがないだろ。
  
  
          エゴ=分離
  
  そして、「あなたは私、私はあなた」という言葉を思い出せ。 これは綺麗な詩や比喩じゃない。文字通りの事実なんだ、俺たちは元々ひとつだった。 それがエゴという病いによって分離に分離を重ねてきた。まるで「エゴの細胞分裂」だ。「 私は私、あなたはあなた」という、冷たくて、乾いた、行きづらい世界を自分たちで作ってきたんだ。
  
  
          変えられるのは自分の世界
  
  エゴは「比べる」ことが得意だ。他人と比べることでしか、自分の存在価値を確認できない。その根底にあるのは、いつだって「奪うこと」だ。たまに与えたとしても、必ずそれ以上の「見返り」を要求する。神様が見返りを期待するか。しないだろ。だから、他人を変えようとするな。世の中を変えようとするな。無理だ。変えられるのは自分の生き方、自分の世界の捉え方だけだ。
  
 
         条件付きの愛
 
  この地獄のような世界を「天国として生きる」と、まずお前が決めるんだ。俺はそう決めた。そのためには、俺たちが普段口にしている「愛」が、全くの偽物だと知る必要がある。俺たちは本当の愛を知らない。なぜなら、神様という本当の親を知らずに育った、迷子の子供だからだ。俺たちが語る愛は、そのほとんどが「条件付きの愛」だ。「私がこれだけ愛したのだから、あなたも同じだけ愛しなさい」という見返りを期待する愛。「私だけを愛して欲しい」という、相手を縛る独占欲。 それは愛じゃない、ただのエゴだ。条件付きの愛は、条件付きの愛しかスクリーンに映し出さない。文句を言えば、文句が帰ってくる。その終わりのない、不毛な堂々巡りを、もう終わらせるんだ。
  
  
          人類はひとつ
  
  さあ、いよいよ確信に迫るぞ。なぜ「あなたは私?私はあなた」なのか? なぜすべてはひとつなのか? それは人類がひとつから始まったからだ。正確に言うと、その時は肉体はないから、ひとつの魂、ひとつの意識と言った方がいい。神様の元を飛び出したったひとつの存在。それがエゴの細胞分裂を繰り返し、現在の人口だけでも、約80億人にも別れていったんだ。だから、お前は私の右手で、私はお前の左手なんだ。 あの憎いやつは、お前の心臓かもしれない。全人類でひとつの体なんだ。なのに、右手が左手を赦せないと言って自分の体の中で争っている。これほど馬鹿げた矛盾があるか。
  
  
          すべてはひとつ
  
  だが、日本人にはこの「すべてはひとつ」という感覚が、まだ奇跡的に残っている。やおよろずの神という考え方だ。自然界のあらゆるものに神が宿るとする考え方。石ころにも、風にも、花にも、そしてお前にも、憎いあいつにも、神が宿っている。すべては神聖であり、すべてはひとつだという真理を、俺たちの祖先は無意識に知っていたんだ。
  
  
          神様の元に戻るプロセスに入った
  
  そしてこのたったひとつの存在が、根源的な罪悪感と共に、この壮大な宇宙を作り上げてしまった。そのパワーは絶大だ。だからこそ、その力を正しく使う必要がある。他人を呪ったり、世界を憎んだりするために使うんじゃない。神様の元へ帰るために使うんだ。日本の人口が減っているのも、偶然じゃない。分裂に分裂を重ねたものが、今、またひとつに戻っていくプロセスに入ったんだ。神様の元にひとつずつ帰りなさい、という宇宙からのサインだ。
  
  
          神様の元に帰るのは確定
  
  そして最後に、ここまでついてきたお前らに、とっておきのご褒美をやろう。未来のカンニングペーパーだ。未来はもうすでに終わっている。そしてその結末は、「あなたは無事に神様の元へ帰ることができた。」 あなたはついに覚醒したんだよ。あの長くて苦しい悪夢から、無事に目覚めることができた。そして、今、神様と一緒にいる。 抱き合って、嬉し涙を流している。これが確定した未来だ。すべてはすでに起きたことなんだ。だから安心しろ。この先、この悪夢の世界でどんなに苦しいことがあっても、もうダメだと思うことがあっても、絶望する必要はない。必ず乗り越えられる。 なぜなら、結末はハッピーエンドだと知っているからだ。絶対に大丈夫だ。お前はこの結末を知っている唯一の存在だ。だから、今度は、お前が周りの何も知らない人たちのための希望の光になるんだ。
  
  
          牢獄からの解放
  
  今は「人類復活の序章」なんだよ。誰かを赦せないという、その重い心の鎖を立ち切れ。お前の心の中に作った牢獄に住ませているあの大嫌なそいつを、もう解放してやれ。自分で作った牢屋だ。鍵を開けられるのはお前だけだ。 自分自身を解放しろ。それがこの宇宙そのものを解放することに繋がる。なぜなら、すべてはひとつだからだ。神様はずっとお前が帰ってくるのを待っている。絶対に自分を見捨てるな。神様はどんな時もあなたのことを見捨てたりはしない。だから、あなたは大丈夫なんだ。