書物を愉しむ

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管理人の単なる読書日記です。

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闇黒なる地においては自制が必要だ

自制を知らぬ者は闇に陥る

彼が神のようにふるまい

奴等が神を見るかの如く接する

まさにこの地においては

 

 ジョゼフ・コンラッドの代表作『闇の奥』(原題;Heart of Darkness)は、1902年に出版されました。英文学においてもおそらく最も代表的な作品の一つだろうと思います。今回はこの作品について適当(?)なことを書いていこうかと思います。

 

 まず率直な感想だが、久々にちょっと難解なテーマの小説を読んだという気分だった。ストーリーは難なく追って行けるけれども、何か他の小説にはない難解さが最初から最後まで付きまとってくる。今読んだから読み通せたが数年前に手に取っていたらおそらく読み通せなかったと思う。コンラッド自身船乗であったということもあり、実際に体験したから書けたであろう描写に溢れている。ただ悲しいかな、どうやら私にはあまり頭にその描写が浮かんでこなかったらしい。ただ舞台となっているアフリカにいる人間達の描写、精神的、心理的なそれは面白かった。

 

 この小説は船乗であるマーロウの語りで展開していく構成をとっている。マーロウは現地である男の様々な噂を聞く。すなわちその男とは、この小説を意味づける上で重要な役割を果たすクルツ(Kurtz)という名の男である。よくこの作品は特にヨーロッパにおける帝国植民地主義の暗部を描き出していると評価されるらしいが(なるほど、確かにそうである)、すなわちクルツというこの男こそがそれを代表しているのではないだろうか。

 

母親は混血のイギリス人であり、父親も同じく混血のフランス人だった。いわばヨーロッパ全体が集って彼を作り上げていたといってよい。(P133)

 

 この一文からもそれは明らかであると思う。またクルツは国際蛮習防止協会なるところから報告書を書いてほしいと依頼されていた。その報告書の冒頭の一文にはこう書いてある。

 

「彼等(蛮人)の眼に超自然的存在として映るのはやむをえない、――吾々はあたかも神の如き力をもって彼等に接するのである、」(P134)

 

 当時の理解としては、欧米にしてみればアフリカ、アジアなどの地域に住んでいる現地人は未開社会で生活しているレベルの低い人間として彼らの眼に映ったことだろう。いや、気付いていないだけで現在にもどこか我々にはやはりそういう意識があるのではないか。この一文で目を惹く箇所が「神の如き力をもって」という箇所である。まさにヨーロッパの人間は自らが神であるかのように彼等(現地人)に対してふるまったのだろう。人間が神のようにふるまうことは傲慢の何ものでもない。だから、そのような人間にとって「自制」という二文字はおそらくないのではないか。我々が生きていくうえで誰もがもたなければならない概念の一つがこの「自制」である。これを失えばたちまち足をすくわれることになるだろう。今、ふと思ったがそれこそ山崎豊子先生の『白い巨塔』の財前がまさにその典型のような気がする。まあ、個々の人間が自制すればするほどよいかと問われればそれは疑問であるが、この話題についてはいつかじっくり考えてみたいものではある。

 

――彼もまた自制、あの自制というものを知らなかった、(P137)

 

 また、この地において自制すべき人物は何も白人だけではないのだ。先ほどこの作品はヨーロッパ帝国植民地主義の暗部を描いている作品として評価されていると書いたが、ここで原題Heart of darknessに注目してみたい。単純に直訳すれば『闇の心』。コンラッドは単に当時のヨーロッパ人の植民地における振る舞いなどを描写しているのではなく、現地の人間をもまさに人間として描写している。

 

そうだ、僕は奴等を、他の人間を見るのと同じ眼で、見ていたというのだろうな。(P111)

 

彼等食人種たちもまた、今となってはためらう理由はなに一つなかったのだ。自制心!そんなものが彼等から期待できるくらいなら、僕はむしろ戦場の死骸の間を彷徨しているハイエナに自制を要求するつもりだ。だが、それにもかかわらず現前の事実は全く別だった(P112)

 

 コンラッド自身は何も現地人に対して純粋なる同情から彼等を描写しているのではない。おそらくそうであればそれは陳腐なものになるだろう。彼等に対するある一種の神秘、人間そのもの、そういうものを感じていたのではないだろうか。

 

――現実の肉体的危険とは全然無関係な、純粋に抽象的な恐怖だったのだ。(P174)

 

 この一文は個人的に好きな箇所です。純粋に抽象的な恐怖!何と興味のそそられる表現だろうか。今読んでいるある本とも関連していたため注目したのだろうと思います。いまこの箇所のことについて書こうと思いましたが、上手く書けない…頭の整理とともにまだあやふやな事も多いため書けないのだろうと思います。また何かの機会に書こうかと思います。書かないかもしれませんが…

 

 

 コンラッドはポーランド出身の作家で、20歳を超してから本格的に英語に触れたそうです。彼の父親は翻訳者であり、英仏文学を翻訳していました(岩波文庫のあとがきによると)。おそらくそのような環境に育ったからこそ作家として生きたのだろうと思います。彼自身も船乗だったからこそ、この『闇の奥』という作品が生まれた。海洋文学をいくつか書いていて、その他のジャンルの作品も多く書いています(読んでませんが…)。ただやっぱりこの作品がダントツで有名ですね。コッポラ監督による『地獄の黙示録』の原作ということが大きいのかもしれません。

 

 もう少しいろいろな小説を取り上げたら作家自身を取り上げて書いていくのも面白いかもしれません。もちろん様々な下調べの上で、ですが。では、この辺で。