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treasure box ~silky snow~

さゆとの日常。わたしのくらし。

病気絡みで考えたことってことでこのカテゴリで。
長くてまじめな話になるのでスルーしてください。
忘れたくないから書き残すだけ。





現在の日本では、医学部や歯学部の学生さんのカリキュラムには、遺体解剖実習が必ず組み込まれているんだそうで。あたしが何がきっかけでこのことに興味を持った(興味を持ったっていう言い方も変だけど)のかは覚えていないんだけど、あたし、死んだら、献体しようと決めました。
こないだの外来のときに、先生にも解剖実習について少し話を聞いてみたりして。切り刻まれるなんてもんじゃなくてもぅこっぱみじんだから、個人的にはおすすめはしない、とか言われたんだけど。

自分でもちゃんと調べた。解剖実習ではどんなことをするのか。感想文程度のものだけど、医学生が書いたレポートも読んだ。生前の登録が必要で、現状としては希望者が多くて余っている自治体もあったりだとか、年配者が優先されるらしいとか(まぁ別にあたし今死ぬわけじゃないんだけどw)そういった現在の状況も調べた。

あたしがいつ死ぬかなんてわからないし、献体できる状態で死ねるかもわからない。世の中の医学生みんながみんな、まじめだとも限らない。何時間も、何ヶ月も(あたしの先生は1年かけて解剖したって言ってた)遺体と向き合って解剖していくんだから、ムダ話だってするだろうし、時には、不謹慎なことを言われたり、されたり、ふざけたり、するかもしれない。それも、もちろん承知の上。

しつこいくらい何回も言うけど、あたしは、主治医の先生が大好きなんだよ。何をどう考えても、心から信頼できる本当に大好きな先生で。
だからさ、あたしのカラダで勉強した誰かが、先生みたいな(←ここが重要なのだ)お医者さんになってくれるのなら、それでいいの、と思うんだ。

もともとあたしは臓器提供はしたくない人間で、自分のものは全部自分で持って逝きたいと思っていて。
例えばあたしが脳死状態とかになって、自分の心臓止めて、命投げうってまで、どこかのお金持ち、たかだか4~5人が何年か生き延びるより、たくさんの誰かを救えるお医者さんがひとりでも増える方が、はるかに世の中の為だと思わない?
人の為の善と書いて、偽善(漢字のセンスってスバラシイよね。脱帽)
あたしは「ごくわずかな特定の誰か」のためより、「浅く広くでもいいから世の中のため」になりたい。生きている今現在、世の中のためになれていないから。我ながら、歪んでるというか、性格が悪いというかw

でも献体を決めたのは、この理由からだけではなくて。この献体を考えているって話は、夫にだけはしてみたんだけど。反対されるかと思ったけど、意外にも返ってきた答えは「好きにしたらいいよ」で。「しっかり生きてからなら」っていう条件は付いたんだけど。
そのときに、メキシコの麻薬戦争の話を夫から教えてもらって。恥ずかしながらあたしはこのときに初めてメキシコの現状を知ったんだけど。以下、ちょっと反転(リンクも含めてPCの方のみですが)


もし詳しく知りたいのであれば、ここのブログがすごく参考になるんだけど(右側の項目からメキシコのところをクリックすると記事が出ます)、ただ、生半可じゃない“現実”が剥き出しでそのままUPされているので、グロ耐性に自信のある方のみどうぞ。左側にもちっちゃい写真ですがグロいのがあるので、苦手な方はリンク踏まないでね。でも、このブログ、原発のこととか、今、日本がどういう状況に置かれてるのかとか、そういうの書いてあるからすごく考えさせられるよ。夫にはダークすぎるからブックマークしてまで見るなって言われてるんだけど(苦笑) >>> Darkness of ASIA



ここでいろいろ世界の状況を見ているうちに、思ったんだよね。

命の重さって、平等じゃないよね、って。今日外来で入院してた病院行ったら、そこの病院のたぶん一番偉い人なんだろうねー おでこに「金」って書いてありそうなおっさんがデカデカと写ってるカレンダーに「生命だけは平等だ!」っておっきく書いてあったんけど、あたしはそうは思わなくて。

命の重さは、平等じゃない。いつ、どこに生まれたのか。それだけで、全然、こんなにも、違う。
しあわせになるために、なんて言葉は嘘くさいけど、でも少なくとも、あんな風に残酷に殺されるために生まれてきたわけじゃないでしょうよ、って思うんだよ。
テレビでは、911テロから今年で10年で、ビンラディンが死んで(っていうかほんとに死んだの?お得意の情報操作じゃないの?)初めての9月11日だから報復があるかも、とか言ってて。
このメキシコの麻薬戦争のこと調べてたら、チベットで起きてることだとか、その他にもずるずると、いろんな、人間の愚かな面がたくさんたくさん見えてきて。
人間なんて、勝手に殺し合ってさっさと自滅しちゃえばいいのに、って思う反面で、でも大事な人たちには、あたしなんかがどうなっても生きててほしいし、って思ったり。けど、そういう気持ちって、メキシコの人たちにもあったでしょ、とか。家族がいたでしょ?大事な人がいたんでしょ?やりたいことや、夢や、笑顔や、守りたいものや、そういうものが、あったでしょ?あったんだよね?とか、あの半端じゃないグロ画像見ながらぐるぐるぐるぐる考えてて。そりゃ眠れない日々送っててただでさえ弱ってたら精神的に病むわ、って話で(苦笑)

ああいう特殊な状況下に置かれた国と比べて言うべきことではないのかもしれないんだけど。そこで気づいたんだよね。気づくの遅いのかもしれないけど。

何がしたいだとか、やりたい仕事ができてるとか。病気で死ぬとして、病院で死ぬのか、自宅で死ぬのか。最期はこう迎えたいとか。死んだら死んだで、臓器あげるよとか、あげないからそのまま焼いてとか。献体するから解剖していいよ、とか。
うちらの目の前には、たくさんの選択肢が、当たり前に転がってる。
生き方はもちろん、自然災害や事故以外だったら死に方だって、さらには、人権や尊厳だってしっかり守られた上で、死んだ後のことだって、自分で自由に好きなように選べる。これって、すごく恵まれたことなんだよね。

生き方を選べなかった人や、逆に死に方しか選べなかった人が、かつての日本にだっていたし、今現在、世界に、まだ、溢れてる。
だから、大切な人、大好きな人たちに囲まれて、日常的に身の危険を感じることなく笑っていられるのって、すごくしあわせなことなんだなって思ったんだよね。

当たり前に目の前に選択肢があって、自分が死んだ後の選択肢のなかに「献体」があるから、あたしはそれを選ぼうと思うのだ。まぁ夫ひとりの同意だけじゃ登録できないから、簡単には登録できなさそうだけど。ぼちぼち行動も起こしつつ。しっかり生きて、献体できる状態で死ねたら、理想的。

世界中の悲惨な状況にイチイチ心を痛めてたら身が持たない。
でもあたしは「LOVE&PEACE」なんて、死んでも言わない。
愚かだね、って思う心と、それでも確かに痛む心と、うまく折り合いをつけながら、家族やだいすきなみんなの笑顔としあわせを祈りながら、しっかり生きていこうと思います。
あたしには誰の命も救えないから。
あ。誰の命も救えないからこそ、未来のお医者さんに、“誰か”を救って欲しくてあたしは献体に協力したいのかもね。
祈るしかできない自分が、余りにも無力だから。

ま、そんな考えがあってもいいんじゃない?と思ったわけ。



おしまい。





ねむい。今日は寝れるかな。
漢方薬、いちお寝る前に飲んではいるんだけど、あの苦さで目が覚める気がする。飲みにくいよねー











ればにら