おはようございます
12/12乙女座下弦の月🌗
さっぶい朝です
朝の月

12/4も寒かったです。
見学先がそうさせたのか?
予報も当たって
見事雪☃️を見ながら
京都の北
舞鶴へ研修に行ってきました。
目的は
引揚やシベリア抑留の歴史を後世に継承するための施設ですHPより

終戦の日で
戦争が終わったわけではなく
引揚もシベリア抑留も
なんとなく聞いたことありましたが
改めて知る機会になりました。
館内マップ HPより
クリックすると大きくなります

HPより
第二次世界大戦の終結後、軍人と民間人をあわせ、660万人以上といわれる日本人が海外に残されていました。この人たちの速やかな帰国を実現するため、国の事業として、軍港だった舞鶴をはじめ、浦賀、呉、下関、博多、佐世保、鹿児島、横浜、仙崎、門司を引揚港に指定。このうち舞鶴は、昭和25年以降は、国内唯一の引揚港として昭和33年9月7日最終船まで、実に13年間にわたり、約66万人の引揚者と1万6269柱の遺骨を受け入れました。
資料は世界記憶遺産に認定


映画のポスター

ガイドさんの講話と館内案内

シベリア抑留者収容所分布図

赤紙の本物

当時の社会状況
満州のことなど
「白樺日誌」
シベリアに抑留された瀬野修氏が、白樺の樹皮に和歌や俳句を記した記録です。抑留中に紙がないため、白樺の皮を紙の代わりにし、空き缶の先で作ったペンとすすを水で溶いたインクで書き記されました。
全容が明らかになっていない抑留の様子わかる貴重な資料
見つかったら没収されるメモ
家族へのハガキ
収容所の様子
模型もあり中の体験もできました。
収容所のことを ラーゲリ と呼びます
引揚者を支えた人や有名な岸壁の母の話、貨物船が多かった引揚船の模型
ラーゲリにも出てきた
(映画見てないけど)
クロの紹介もありました。
絵本
日本は加害者でもあり被害者でもある
雪が降っていたので港がみえる展望所には行けなかったので
また家族できたいな
と思いました。
その後は
の
レンガの歴史な博物館ですが
平和視点からすると
元魚雷倉庫 はポイント
さっと見学したあとは
お昼ご飯に

そんなに魚も生魚も好きではないので
そこにお金は使わず
うどんを食べました😆
その後はルート間違い
恐怖の雪道峠越え断念Uターン😆
からの
鯖寿司や巻き寿司作っていて
地元産米使用が特徴な
に見学へいきしっかり学んだあと
帰路につきました。
平和と食の大切さを学んだ1日になりました。

今年1年を漢字で表すと?
迷走🐍
思い返せば
迷いながらも走り抜けた年
まさに🐍年
だった気がしてます
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