letsgettogetherandbealright -4ページ目

letsgettogetherandbealright

ブログの説明を入力します。

死者が夢に現れ語り続ける限り、死者は生きている。何十年も生きて来ると、その間にこの世を去った人々のいかに多いことか。その少なからぬ人々と直接的間接的に出会い、それが大なり小なりの記憶として留められ、その総体が現在の自分の人格を構成するものとなっている。実在は意識の外にある。現実社会だけが全てではなく、潜在意識、無意識、あらゆるオカルト的なものから成り立っている。夢と現実の境い目がわかったつもりになっているとしたら、それは無知である。わかるはずがない。死んだはずのひとが生きているという誤解、生きているひとが死んだはずという誤解の中でぼくは生きている。生きているつもりで思考している。思考しているつもりで東京マラソンが始まるのをテレビをつけて待っている。待っているつもりで、この記憶は創造主が瞬時にぼくの中に植え付けた虚像である可能性について少しだけ意識している。意識しているつもりで何も自発的にはしていないのかもしれない。

iPhoneからの投稿