友人Kは、聞いた話を右から左へ忘れる男だ。
Kと話していると1時間に一回ぐらい
「こないだも言うたやろ。」
と言う私だが、これは、その後ろに3回の
(前にもゆうたっちゅうねん。)
を飲み込んでの1時間に一回なのだ。
しかし、どうせあんまり大した話はしないから
困ることはない。
Kは自分のことも平等に忘却する。
パンを食べると心もち腹具合が悪くなるから、
もしかすると小麦アレルギーになったかも知れぬ
と言っていたので、パン好きのKが小麦アレルギーに
なるのは気の毒だと心配して、しばらくして、
小麦アレルギーはどうなった、と訊ねたら、
そんなこと言った覚えなしときた。
言った覚えのあるなしはどうでも良いとして、
不思議なのは小麦アレルギーかも知れなくもなんとも
なくなっていることである。
体の方も自分の前の調子を忘れるらしい。
また、こんなこともあった。
ガラケーを貫き続けてきたKが、とうとうこの冬、
スマホだとその場でいろいろ調べたりできてイイよな、
と言い出した。
Kにスマホは似合わぬ。
私は内心、天然記念物が失われる予感のような危機感を抱いたが、
時代の流れとはこうしたものなのだと強いてあきらめた。
すると数日前、お馴染みのガラケーをまだ持っていたから、
スマホにしたいんじゃなかったか、と訊ねたら、
そんなことを言った覚えなしときた。
言った覚えのあるなしはいいとして、スマホ羨望感を
持った時のK自身もどこかに忘れてきたのが不思議だ。
昔、職場に、生まれてからこれまでに経験したイヤなことを
逐一記憶していて、5年前の東京駅の階段で足を踏んだヤツが
謝らなかった、思い出しても腹が立つ、という調子の人がいて、
皆に嫌われていたが、私は本気でかわいそうに思っていた。
その人はそうしたいからそうしているのでは決してなく、
そう生まれたからそうなのだ。どんなに愉快さを欠く生活
であることか。
そして、イヤなことから忘れていく自分の脳ミソを
ありがたく思ったものであるが、
欲望や体の不調も忘れるKには全然かなわない。