はじめまして
こじまです。
私は今、ブラックな職場から
転職を成功させ、
ストレスフリーな
生活を手にしています。
しかし、過去の自分は
今の姿からは全く想像も
出来ないほど悲惨な毎日を
送っていました。
高校を卒業してすぐ上京し
新聞奨学生として専門学校に
通っていた私は、
無理な生活スケジュールと
非協力的なカリキュラムを組む
学校との摩擦から
1年で中退してしまいました。
残ったものは50万を超える借金。
その借金を返済する為だけに
新聞専売所の社員となりました。
「本来お金を貰って学校に通う」
はずが、
「借金を返すために働く」毎日に
なっていました。
当時はWindowsXPが広まった
インターネットが発達する黎明期。
新聞の購読者数は減る一方の
時代です。
減った購読数の損失は店舗が
被るため、来る日も来る日も
営業をさせられていました。
しかし、契約などそう簡単には
取れません。
いつ行っても不在で集金
できない客。
ただでさえ安い給料から
集金できなかった客の分を
自腹で立て替えていました。
生活するのすらギリギリの
毎日。
正直、辛かったです。
鬱になりました。
1年も経った頃、雀の涙
だったボーナスも全額使って
借金を完済しました。
その時点で貯金は0。
しかしこのままこの仕事を
続ける訳にはいきません。
結局サラ金で借金して
引っ越しを行い、新たに
仕事を探しました。
当時20歳だった私は
正社員の仕事などは
特に考えず、
とにかくお金が貰えれば
いいや程度のもので
フリーターになりました。
始めたのはボウリング場の
バイトです。
当時時給800円、
(後に850円に昇給)
夜勤は22時→5時か6時で
日給6400円という薄給で
社員並かそれ以上に
シフトを入れて貰う事により
なんとか生活をしていました。
※(現在の東京の最低賃金は
2014/10/1に時給888円と
なっています。)
しかしそれも年金などの
差し引きなどにより生活に
目処が立たなくなり、
加えて業績悪化から
支配人が変わり、
バイトへの当たりが強まった
こともあって
その期にバイトを辞める
ことにしました。
当時絶っていたネットを
再度契約し、ネットで
検索した「IT」系の仕事を
始めることになります。
弱冠21歳で人材派遣会社
に登録をしました。
パソコンなんてネットサーフィン
か動画閲覧くらいしか
したことがない素人が
飛び込んだのがITの世界
だったのです。
不親切な手順書を手に
苦難の日々。
スポット(その日限り)の
案件をこなし
生活をしていました。
半年が経つ頃、
カスタマーエンジニアとして
とある会社の常駐として
派遣されることになりました。
そこでの仕事は
PC、プリンタの出張修理です。
たくさんの苦労、
たくさんの失敗がありました。
しかし、そこで得た知識や
技術もありました。
部署の移動や扱うメーカーの
変更などがあり
目まぐるしく変わっていったあの頃。
そんなある日、
重大な出来事が
起きてしまいます。
派遣先の会社が
業績不振からかとある会社の
子会社となったのです。
すると、私が居る部署の
事業の縮小が決定。
プロパー(正社員)だけで
やっていくという事になりました。
そう、私は人生初の
「派遣切り」を味わう事に
なったのです。
数々の不満はあれど
辞めようとまでは思わなかった
仕事でしたが、
2年半務めた会社には
あっけなくクビを
言い渡されました。
次なる仕事を探さねばという
時に、派遣元が同じ業種の
仕事を持ってきたので
流れでその仕事をする事に
なりました。
それから歯車が大きく
狂い始めるとも知らずに…。
始めの内はエンジニアの
担当が部署に20名は
居たのですが、
半年が経つ頃に
新しい事業を開始。
人員の確保のため、約半分が
持っていかれました。
さらに半年が経つと
業績不振から支店の
オフィスを畳む事が決まり、
隣の支店へ統合される事に
なったのです。
この仕事の為に職場の近くへ
引っ越していた私は、
通勤片道10分だったのが
40分超となり、片道30分の
時間の増加。
さらに担当するエリアも
変わらない為、
会社から客先へ行くのも
30分以上は余分に
かかるようになりました。
朝の準備時間をしっかり
取っていた頃と変わり、
とても慌ただしいものに
なりました。
当然帰社する時間も
遅くなります。
残業を嫌った会社は
「直帰しろ」
の命令を下すようになり、
今まで会社で給料を
貰いながらやっていた仕事が
家に持ち帰って無給で
やるようになり、
さらに翌日の準備が出来ない
ので今までより30分以上
早めに出社して準備を
せざるを得ませんでした。
PC、プリンタの他に
サーバーの修理も受け持つ
ようになっていた私は、
仕事の負担の増加を
ひしひしと感じていました。
サーバーは故障に対する
影響が大きい為、
とてもデリケートに扱う
必要があります。
エラーが出ればログを採取し
調査機関に送付し、
解析結果を元に
技術部門と相談し
その結果の対応を
顧客へメールを投げ
スケジュールを調整する。
そんな仕事を各々が
1人で受け持っていました。
1日に仕事で回る件数は
3件から多くて5、6件。
それをディスパッチと呼ばれる
担当者が適当に振り分けます。
難解な案件に当たると
日々問題が積み重なっていきます。
ログの調査は結果が
帰ってくるのが早くても
1周間から10日、遅いと
2週間以上もかかります。
毎日の仕事で積み重なった
問題が、個人のキャパ(容量)を
超えるのは時間の問題でした。
その内一人で10件も20件も
同時進行の問題を抱え、
仕事が終わらなくなりました。
業務PCに届くメールは、
多い日は1日100通にも
なります。
終電だから、帰る。
仕事が山積みだから、
土日も出社してサビ残。
そんな毎日が始まりました。
技術力があるエンジニアなんて
部署にはわずかに残った
古株が2名。
その二人も難しい障害に
優先して配置される為、
忙殺されていました。
「誰にも助けを求められない」
「自分でどうにかするしかない」
そんな事を考えて仕事をするも
限界はとうに超えていました。
「このままでは、ダメだ」
「これ以上は死んでしまう」
と思うようになりました。
私はまた鬱になっていました。
そして、2年半続けたその会社を
辞めることにしたのです。
次の仕事を探す気力も
失っていました。
派遣先からは引き止めの
交渉があり、時給のUPも
提示されましたが、
こればかりは無理でした。
派遣元からも仕事の紹介の
話が出ましたが、
「もう修理の仕事はコリゴリ」
だと思ったので、
結局派遣登録自体を
抹消しました。
仕事だけでなく生きる気力すら
なくした私は、鬱だった事もあり
引きこもりになりました。
その期間は、1年にも及びます。
派遣時代の5年で貯めた
貯金は100万ほど。
毎月の家賃などで貯金が
底を尽きると、完済していた
サラ金からまた借金をして
食いつなぎました。
しかしそれすら限度額で
どうしようもなくなり、
ついに私は職探しを始めます。
ハローワークへ足を運ぶも、
職員の冷たい態度が今でも
忘れられません。
人を小馬鹿にした態度で
まるでゴミを扱うような
振る舞いでした。
そしてハローワークの求人は
「とにかくどれも給料が安い」
一言で言うと「奴隷募集」
といったところです。
たまに割高な求人があれば
「実務経験◯年以上」
「大卒以上」
「◯◯の資格所有者」
などの条件のオンパレード。
私のような学歴も資格もない
クズは門前払いされていました。
そうは言っても職探しに余裕が
ない状況。仕方がないので
ハロワ紹介の日雇い系の
仕事を始めました。
見事にブラックでした。
求人票に書いてあった条件を
ことごとく破っていました。
◯◯保証あり→ありません
給料◯◯円以上→実際は
どういう計算なのか安い。
もう実際はウソばかりでした。
それでもなんとか続け、
別のバイトも掛け持ちしながら
働く毎日。
「あぁ、俺の人生これで終わりなのかな」
と虚しさだけがこみ上げました。
そんな時です。
私の人生を変える出会いが
ありました。
それは前の職場の同僚のSさん。
彼と再開したのです。
彼はあれから職を変えていました。
そして、以前とはまるで別人に
なっていたのです。
そう、彼は転職を成功させていました。
以前のように目の下にクマが目立ち
フラフラといつ倒れてもおかしくない
印象は消え去っていました。
彼の口からは今の仕事が
どれだけいい職場か、
自慢気にペラペラと話し始めました。
正直、劣等感が湧き上がりました。
「俺は鬱病で引きこもりになって
ろくな仕事にもありつけないのに」
「どうしてコイツはこんなに上手く
いってるんだよ」
と嫉妬しました。
ですが、それで終わっては
今までと何も変わりません。
私は恥を忍んでSさんに
頼み込みました。
「頼むから、俺にも転職が
上手くいく方法を教えて欲しい」
すると、彼は言いました。
「それなら、ここに行けばいいよ」
教えてもらったのは、
とある転職セミナーでした。
そういった所に足を向けたことが
なかった私には正直胡散臭く
感じていましたが、他に
頼れるものはありません。
意を決してそのセミナーへ
参加しました。
そして、驚いたことに
そのセミナーのコンサルは
私よりも若い人でした。
「マジかよ」
なんて心の中でつぶやくも、
彼の言葉にとても惹かれて
いきました。
2時間ほどのセミナーが終わり、
私の心境にも変化が訪れました。
「これなら、上手くいくかもしれない」
なぜかそう、確信しました。
「もうこんな人生は嫌だ」
そう、私は現状に対し
不満の塊でした。
しかし、そこに希望の光が
差し込んだのです。
それからは、毎日15分という
僅かな時間を使い
転職活動の準備を
進めていきました。
そしてたった2ヶ月後、私はついに
転職を成功させます。
もう、あの頃とは何もかもが
違います。
職場の仲間(先輩方)に恵まれ
ストレスと向き合うことは
綺麗サッパリ無くなりました。
もう、俺ルール全開の上司に
怒鳴り散らされる事も、
朝早くから終電まで会社で
業務に追われることも、
土日も休み返上で
サービス出勤することも、
全てを一人で抱え込む事も
しなくていいのです。
知り合いからは
「なんだかすごく明るくなったね」
と言われ、
おまけにそこで知り合った
年下の可愛い彼女が出来ました。
今では仕事をするのが
楽しくて仕方がありません。
私は思いました。
同じように苦しんでいる人が
たくさんいるのではないか。
その人達を救うことが
できるのではないか、と。
職場の人間関係で困っているあなた
給料が安くて夢も希望もないあなた
やりがいがなくて毎日がつまらないあなた
無理をしすぎて体を壊してしまいそうなあなた
鬱病になってしまったあなた
このブログ、私のプロフィールを
読んでいるあなたは今仕事で
悩んでいるはずです。
私も同じ悩みを抱えていました。
そして失敗を重ねてきました。
ですが安心してください。
こんな私ですら出来たんです。
あなたに出来ないはずはありません。
少しでもどうにかしたいと悩んで
いるのなら、是非私のブログを
読んでください。
私が手に入れたとっておきの
方法をこのブログを見てくれた
「あなただけに」
こっそりと伝授します。
必ずあなたの力になると約束します。
長々と最後までお付き合い頂き
本当にありがとうございました。
それではブログ内の記事で
お会いしましょう。
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