久しぶりに子供と遊びました。
天気のほうは、あいにく晴天とはいきませんでしたが、
楽しくあそべました。

曇り空で、肌寒く折角の日曜日なのに残念だなぁ・・・と思っていましたが
気を取り直し出かけることにしました。

岡崎の子供美術館へ行きましたが、館内はとくに珍しいものもなく、面白くないので
外で遊びました。

童心に返り、子供と遊ぶと、めちゃくちゃ楽しく、寒さなんか吹き飛んでしまいました。
汗をかいたぐらいです。

本当に楽しかった!
これと言って何をしたわけではないのですが、
子供のそのときの気持ちに合わせて、子供として遊ぶ!

きっと、これが秘訣なんでしょうね。
birthday2
昨日、長男の誕生日でした。
何故、昨日の話を今日するのか!

このブログサイト、調子が悪すぎですね。
昨日の投稿が反映されていない。

まあ、それはともかく、誕生日のパーティーをしました。
現代流の技巧は職人を嘆かせ、どうにもならないほどの捨て鉢的感情にさせます。

超便利性が人類の将来にとってどれだけ貢献しているかは疑問です。
進化や進歩は静かなる前進こそが自然だと思います。
急激な進化によってもたらされる後遺症や副作用が将来与えることは予測できるはずです。

能力や人間性の退化を促す原因となり、その結果、将来は機械に支配されることでしょう。

子孫の為に現代の親たちが持つ子供への愛情が、はたして正しいかどうか悩むのは
私だけでしょうか。

~幸せな子供に育てる101の提言より

何千年と続いた伝統文化や歴史の教訓を子孫に語り継ぐことを
途絶えさせた代償を償わぬ現代人に子育てを論じる資格なし

いきなりキツイ言葉ですね。これは、私の師匠冨田辰雄先生のお言葉です。


子育てについて考えるとき、忘れてならないのは、現在の社会環境です。今、なぜこうなっているのかを考えずに、子育て等語ることが出来ません。私は、一介の住宅職人です。住宅職人からみた、子育てのあり方を考えてみたいと思います。

1945年、第二次世界大戦の終結と共に、世界に誇る美徳であった伝統文化や教訓を日本人は惜しげもなく捨て去りました。そしてアメリカ経由の西洋文化が国民生活に加速しながら浸透しました。帝国憲法は改められ、考え方や暮らしぶりも東洋よりも西洋の影響を大きく受けるようになりました。

また、生活様式の転換は家庭環境を構築する住宅の仕組みも変えました。同時に住宅の正しい本質(正しい役割)が無視され、実用優先から感覚優先となり、利用効果より趣味の効果が優先されるようになりました。

現代人は家族の将来、まして子供の将来のためにどのような生活習慣が必要か考えず、住宅の究極の目的を明確にすることなく「子供がかわいそう」「子供が求めているから」と安易に結論を出し、いわば衝動的欲求によって住宅を建てています。

その結果、住宅環境作用が家庭と社会に不幸現象を及ぼしています。

今こそ、子供や国家の将来のために住宅環境はもとより、地球(自然)環境や国家的(社会)環境を真剣に見直すべきときではないでしょうか。

さて、あなたには、子育てを論じる資格がありますか?
僕達も考えさせられてしまいます。我が師匠ながら、厳しいお言葉・・・

まあ、なにはともあれ、色々、少しずつ書き込んでいきたいと思います。