おはようございます、こんにちは?こんばんは。
日本人はよく、優しくて真面目で、女性はおしとやかなイメージが外国で生まれたが、実際日本に来てみると、「なんか違った...」と思う外人さんたちが多くいる。
性格の悪い女子中高生、愚痴ばかり言う同僚、理不尽な上司。
夢の国でもないんだから当たり前でしょ?と思うかもしれないが、これはとてもまずい事態である。
これらが指しているのは、
「日常ストレスの蓄積」であり、周りを巻き込んで、どんどん悪循環している。
上司に激怒された会社員は同僚に愚痴り同情を求める。
テストの結果が悪かった女子高生はまるで、難しい問題を出した先生が悪いかのように、自分が納得するような理由をつける。自身が知能の低い、社会では「無能者」と呼ばれる最低クラスの存在であることを認めたくないあまりに。
人間関係は、本人の想像をはるかに超えた、とても面倒くさいものである。
友人なんて、2、3人いればいいだろ?
私はこう思う。多くても悪いことはないが、彼らが「本当の自分」を見ているのか、「みんなに好かれようと努力した結果の自分」を見ているのか、私にはわからない。少なければ少ないほど、「本当の自分」を見せる機会が増え、認めてもらえるだろう。
なのに日本では友達がたくさんいれば、自身が存在していることの証明ができる。自分に価値がある。仲間がたくさんいれば、誰も歯向かわない。と思っている人が数多くいるだろう。
また、それらとは別に、ひっそり平和に生きたい人々もいるのではなかろうか?
しかし、気づいて欲しいのは、それらはどちらも、過度なストレスが発生する火種であるということだ。
目立ちたい、または面倒ごとに巻き込まれたくないがために、本当の自分ではない、物語の主人公や脇役を無理矢理演じようとする。
失敗して、観客(顔もしれぬ他人)から批判を浴びることを恐れ、絶対成功させようと努力する。しかしそれが報われることは多くはなかろう。
私は小学校のうちは、クラスの中心にいた。それはもう素敵な6年間だった。クラスもまとめれて、誰とでも仲良くしてしまう、そんな自分が、今ではとても羨ましい。
卒業後、私立の中学に入ると、私は自分を恥じるようになった。デブでブスで、頭も悪く、お金もない。私と仲良くしたい人なんているのだろうか?そしてそれは「今は昔」がよく似合う、一時的な友情にならないのだろうか。と疑心暗鬼のまま身を潜んで学校生活を送った。何度同級生に昼ごはんを一緒に食べないかと誘われたのか。友人も度々作った。しかし、それは私の予想した通り、一時的な友情だった。不自由は特になかったからいいが。
小学校の自分と中学校の自分、どちらが本当の自分かを問われたら、今の私は即、小学校の自分と答えるであろう。しかし、これも小学校の自分に対する憧れと、自分はこんな惨めな人間じゃないと、他人や自分を騙したいがために、言うセリフであろう。
メイクと似ている。自分を可愛くしようと、ファンデーションを塗り、アイプチをし、口紅を塗る。しかし交際相手にすっぴんを見せたら、予想通りだった。別れが来ると、自分はなんのために頑張ったのか、わからなくなる。自分に残ったのは、メイクをしすぎて荒れた肌と、愛に飢える心。
こんな悪い経験をするくらいなら、本当の自分を好きになってくれる人を探しに行った方がいい。
あなたはみんなに好かれるために、仕方なくやっていることだと思ってるかもしれないが、あなたは他人を騙している。いくら完璧に演じようが、タイタニックも沈んだんだ。あなたの演技もすぐにバレるだろう。
日本人は、よく他人の目を伺う人々だ。それが悪いこととは言わん。だが、他人を恐れて自分を失う前に、もう一度、自分は何者なのか。この瞬きのような、短い人生の目標はなんなのか。もう一度改めて考え直す必要がある。これだけは確かに言える、私からあなたへのメッセージだ。