北陸の冬特有の、重く垂れ込めた空。

窓の外の景色と同じくらい、今の我が家のリビングはどんよりとしています。いや、どんよりというよりは、嵐の真っただ中と言うべきでしょうか。

上の子のインフルの熱はようやく下がりました。

親としてはひと安心ですが、ここからが本当の地獄です。熱は下がっても、感染拡大防止のための「登園停止期間」はまだ続きます。つまり、今週いっぱいは保育園に行けません。

体力を持て余した幼児が、狭い家の中で暴れまわる。下の子はまだ生まれたばかりで、その騒ぎに驚いて泣き出す。

そして僕は、そんなカオスの中で在宅勤務をしていました。

Web会議中だろうが、資料作成中だろうが、容赦なく「パパー!見てー!」「お腹すいたー!」とタックルが飛んできます。

仕事にならない。まったくもって、仕事になりません。

キーボードを叩く手よりも、子供を制止する手の方が忙しい。そんな極限状態の中、ついに恐れていたことが起きました。

妻が、倒れました。

子供の看病疲れもあったのでしょう。真っ赤な顔をして、「寒い、寒い」と震えながら布団に潜り込みました。検温計は39度超え。完全にうつっています。

「ママ、あそぼー!」と容赦なく寝室に入ろうとする上の子を必死で止め、泣く下の子を抱っこ紐で揺らしながら、PCの画面を睨む。

ワンオペ育児と仕事、そして妻の看病。

僕のキャパシティはとっくに決壊していました。

本来なら、高熱でうなされる妻を見て、心配で胸が張り裂けそうになるはずです。

だって、僕は彼女が好きで結婚したのだから。

でも、ゼリー飲料や氷枕を用意しながら、僕の心の中に湧き上がってきたのは、心配よりももっと粘着質な、黒い感情でした。

「いい気味だ」

そんな言葉が、頭の片隅をかすめてしまったのです。

妻が苦しそうに呼吸をしているのを見ても、どこか冷めた自分がいます。

僕がメンタルを病んで心療内科に通っていること、知っているはずなのに「気の持ちよう」だとあしらった妻。

僕が夫婦生活のなさを嘆き、肌に触れたいと訴えた時、汚いものを見るような目で拒絶した妻。

『僕が一番辛い時、君は優しくしてくれなかったよね』

『僕が心を殺して、感情を押し殺して耐えている時、君は僕を無視したよね』

子供たちが騒ぎ立てる喧騒の中で、そんな恨み言ばかりが脳内を駆け巡ります。

好きな分だけ看病してあげたい気持ちと、自分が受けてきた仕打ちをそのまま返してやりたいという復讐心。

「優しくされたければ、普段から優しくしておくべきだったんだよ」と、熱に浮かぶ妻の耳元で囁いてやりたい衝動に駆られる自分が、恐ろしい。

結局、僕は妻の枕元に必要なものを揃え、事務的に「何かあったらLINEして」とだけ伝えて部屋を出ました。

手厚い看病なんてしません。最低限、死なない程度に世話をするだけ。

それが、今の僕にできる精一杯の「優しさ」であり、ささやかな「抵抗」でした。

リビングに戻ると、上の子が積み木を盛大にひっくり返し、下の子が火がついたように泣いていました。

仕事のチャットツールには、返信待ちの通知が溜まっています。

「もう、無理だ」

小さな声で呟いても、誰にも届きません。

妻は寝室で休んでいる。僕は、この戦場のようなリビングで、父親として、会社員として、そして傷ついた一人の男として、歯を食いしばるしかない。

ストレスのやり場がなくて、震える手でスマホを取り出し、Amazonのアプリを開きました。

この苦労に見合う何かが欲しい。

妻の薬を買うついでに、以前から欲しかった高価なガジェットをカートに入れました。

クリックひとつで、数万円が消える。その一瞬の背徳感だけが、今の僕の心を少しだけ軽くしてくれます。

妻が元気になったら、この家はまた日常に戻るのでしょう。

僕が透明人間のように扱われる、あの冷たい日常に。

そう思うと、妻には悪いけれど、このまま寝込んでいてくれた方が、僕が必要とされている分だけマシなんじゃないか、なんて最低なことも考えてしまいます。

明日も登園停止は続きます。

僕の精神が崩壊するのが先か、妻の熱が下がるのが先か。

とりあえず、明日届く予定の荷物を心の支えに、今日という地獄を乗り切ろうと思います。