中国 四川省に住んで -18ページ目

ああ、耐え難し。

昨日から、授業が正常に戻りました。但し、授業は非常にやりにくいです。

ワタクシ自信も、朝まで起きていたり、昼に寝ていたりして、生活のリズムが

狂ってます。学生も同じこと。やっと正常に戻って来たかと思うと、また

余震で朝まで外に避難とかです。



クラスがどんよりしているから、くだらない冗談でも言おうかと思うのですが、

学生の中には、地震で家が全壊している人もいますから、そんなことを

言うべきではないと思いますし。。。



キリスト教の中国人の人が言っていました。

四川人は悪い事をしすぎたから四川省に天罰が下ったのだと。

ワタクシは新約聖書を一度だけ読みましたが、キリストってそんなにむごい罰を

下す人だったですか?それとも、旧約聖書は違うのでしょうか。

いずれにしても、罪のない人まで殺してしまうような神様ならいりません。



本日、行方不明だと言われていた、ワタクシの教え子の卒業生が遺体で発見

されたそうです。まだ、22歳でした。本当にかわいそうです。せめて、痛みを

知らない間に、亡くなられていた事をお祈りいたします。



未だに余震続く

昨日夜10時ごろ、中国の中央テレビで19日から20日の間に

四川省でマグニチュード6~7規模の、大きな余震が来ると、

発表されました。



と言うことで、我々は学校の広場に布団を持って避難しました。

夜11時くらいに、家(7階)の階下に下りると、もう昼間以上に

人や車があふれていました。もう、街はほぼパニック状態です。

スーパーにも行きましたが、スーパーも人であふれていました。

電話回線のまたパンクして、電話が通じません。避難した学校の

広場も学生であふれていました。



布団を持っていったものの私は全く横にもならず、その辺を行ったり

来たり。また、避難している学生と話をしたりで、一睡もしませんでした。



結局、朝4時頃になって、

「平武県で1時52分にマグニチュード5.0の余震がありました」

ということで、避難解除されました。

(平武県はワタクシの住んでいる街から、500KM位離れています。)

ですから、我々は全く余震を感じませんでした。余震の起こっている

範囲が非常に広く(何百キロの広範囲)、今回はワタクシたちから、

かなり遠いところでした。また、規模も小さかったので良かったです。



当然、朝4時まで学生も皆、避難していましたから本日の授業も

ありません。ちょうとどワタクシの授業のある前日に、このような事態が

起こるので、もう11日も学校に行っていません。明日は授業あるで

しょうか。そして、このような状態はいつまで続くのでしょうか?



残念なことは、私のデジカメの電池は、もう、もたなくなっているので

写真が全く撮れないことです。。。



最後に、皆様コメントやペタ、ありがとうございました。

本日の様子

本日もたくさんのコメントありがとうございました。

ワタクシの街は、人々の心以外は大体正常に戻りました。



本日は6時に起きました。学校の先生にメールをして、今日は学校が

あるのかないのか聞いてみました。やはり本日も学校は休みでした。

大体の学校は休みで、学校が始まるのは校舎の安全検査をしてから

だそうです。



本日の予定は、日本から日本人の先生が、アメリカからアメリカ人の

先生が来て、講義をした後、夜に食事という予定でしたが、キャンセルに

なりました。まあ、当然といえば当然なのかもしれませんね。



未だに小さい余震(震度1とか2)が来ます。しかし、やはり、日本人は

地震慣れしているのか、その位の地震ではなんとも思いません。

しかし、現地の人はかなり敏感。そんな地震でもあわてて外に出たり

しています。日本ではあわてて外に出るのはガラスが降ってきたり

するので危ないと言われていますが、こっちは倒壊とかがあるので、

正直どっちが危ないんだかはわかりません。



ちなみに中国人以外では、学校のアメリカ人も地震は初めてだといって

いました。となりの学校のオーストラリアの先生は、昨日も全然眠れなか

っそうです。



その他には、本日も日本領事館の方から電話をいただきました。内容は

「お怪我はありませんか。健康に問題ありませんか。家は壊れていませ

んか。」といった内容です。おそれいります。ありがとうございます。

ネットで見ましたが、四川省の在留日本人は約300人。そのうち80人は

連絡が取れていないそうです。無事をお祈りいたします。



明日は9時から学部の会議がありますが、やはり建物の中ではなくて、

屋外で会議を行うそうです。