
昨夜はfacebook友との飲み会でした。
日曜の夜です。
今日もちょっと家飲みです。
太宰治。出会いは20歳のときでした。(教科書は別ね~)
当時お付き合いしていた女性が、
「太宰はオレに似ている。絶対読んで!」
って言ったんです。当時のその女性は僕のことを「オレ」って言い方してたんです。
彼女は短大国文学科で、卒論を太宰治で書いたのです。
彼女に言われてもピンと来なかった。そのころの僕はロックに夢中で、本は村上龍さんなんかを読んでました。
20歳の夏。恋愛関係で悩み、送られてくる実家からの仕送りを1週間で使い果たし(飲みたおし)、恥ずかしい話バイトもせずお金が無くなりました。
お酒が買えない状態です。悩んでどうしたらいいか分からなくなると、その頃お酒飲んで逃避してたんですね。飲まなくなったら、眠れなくなったんです。
不眠症ってやつか。
そんな時、彼女から手紙がきたんです。
「太宰治という人がいます。人間失格っていう小説があります。今のあなたには必要かもしれない・・」確かそんな内容。
手紙読んですぐ、本屋に行きました。所持金は200円くらい。丸一日以上何も食べていなかったので、おにぎりを買おうと思ってたんです・・でも本屋に行きました。
人間失格。初めて読んだときの衝撃は忘れません。何度も泣きました。
それから大学生活の後半3年(留年1年)でほぼ太宰は読破しました。
就職してからも、好きな作品は何度も読み返してました。
不思議なのは、やっぱり教科書に載る作品は完成度が高いってこと。
富嶽百景・走れメロス・斜陽 など
読み返してる回数も多い作品です。
太宰の生家、津軽の金木にも何度も行った。もちろん太宰の作品「津軽」がバッグにありましたよ。
実際に行った津軽には、色々おもいがあります。そりゃ、長くなるのでやめておきます。
太宰の作品の文学的手法とか、どういう評価でとか、語るのことはしません。
僕が僕でいられるために、また僕が何なのかを教えてくれたという意味で、太宰治という作家との出会いは人生の中で大きな意味を持ってました。
三鷹の太宰が眠る禅林寺にも何度も行きました。
彼の持っている繊細な神経、自意識過剰の甘ちゃんなとこなど・・恥かしくて「太宰のファンなんです・・」なんて人に言えない感覚にさせる、でも時代を越えて多くの人の共感を得られる文学だから、今でも人気もあるし、文学的評価も高いのだと思う。
たぶん今でも、新潮文庫の歴代ベストセラーNo,1は「人間失格」じゃないかなあ。僕の記憶では2位は漱石先生の「こころ」だったような。
太宰の作品で人間失格の次に読んだのが「晩年」(新潮文庫)その中で一番好きなのが「道化の華」
たぶん唯一、人間失格の主人公「葉蔵」と同じ名前の主人公「葉蔵」が登場する作品。
エンディングの1行は
「そして、否、それだけのことである。」
どんなに期待しても、それが命がけであっても、現実が伴わないことがほとんど、なんだと思う。
現実は現実。ただそれだけ。
芥川龍之介の「羅生門」のエンディングと似てる。「羅生門」は確か
「下人の行方は誰もしらない」
両方とも、小説の中だけど、現実のことだけ言ってる。
現代でも、僕の生きてきた過程や、また感覚的にも全く違和感はない。
僕だけかなあ。
いやっ、きっとそうだ。
ネガティブにでは無く、どう生きるか、考えていこうよ。