猛暑のニューヨークで面白い企画があった。中古のアップライトピアノに子供が絵付けをし、それを街角に設置するというもの。企画はもともと、イギリス人アーティストの発案でロンドンで行われ、成功を収めた後にこの夏ニューヨークにやってきた。その名もStreet Pianos60台のピアノがすべて違う色や模様にペイントされ、「play me, I am yours (どうぞ私を演奏して。あなたの好きなように)」と書かれてニューヨークの街中に設置された。私も片路およそ50分の徒歩通勤でも、3台ぐらいのピアノを通りLEOS NY REPORT がかる。こういう企画は、アートを極めて世界中から人が集まる場所の一つとなっているニューヨークではこういう企画は大当たり。無料で好きなときに弾けるピアノが街角にあると、いろんな人がいろんな曲をいろんなスタイルで弾きに来る。ごちゃまぜの人々が同居するニューヨークならではの、カラフルなパブリックアートシーンだ。周りで立ち止まる人、聞き入る人、コラボで歌ったり踊りだす人。ピアノが下手でも弾く人。音大の学生、売れないプロ、昔はミュージシャンだったかもしれないホームレス。地面に足も届かないコドモ。外国から来た観光客。初めてピアノに触れる貧困地域の青少年。一本指でしか弾けないおじさん。昼休み中のサラリーマン。ラテン音楽を弾くメキシコ人労働者。ブロードウェイを目指してる(?)お姉さん。ピアノの天才少年。失業中のジャズピアニスト。いつもは知らん顔で街中ですれ違っている人たちが、ピアノを通して忙しい毎日のひと時を楽しむ瞬間。酷暑のニューヨークのあちこちで、ほほえましい光景が広がった。

LEOS NY REPORT

音楽とは不思議なもの。言葉を超えて人々を結ぶ。不思議なことに、ピアノの音色から弾いている人が見えてくる。普段はヨレヨレの服を着たおじさん、実はとても繊細な心の持ち主だったのね~!いつもガム噛んでダボダボのジーンズを引きずってYo! とか言いながらイカつい目で歩いている少年が、溢れんばかりの感情を入れてショパンを弾く。ピアスだらけの緑の髪のお姉さん、女版ビートルズを熱唱!人は外見ではわからない、というのを、改めて感じさせられる。ピアノに描かれた絵も、色とりどり、デザインいろいろで子供の無限の想像力が発揮されている。老若男女、人種を問わず、ニューヨーカーという共通点だけで人々が繋がるきっかけになった。YouTubeなどでみなさまの即興演奏をご覧あれ。

http://www.youtube.com/watch?v=8IIVWtQ3rvk&feature=related

http://www.youtube.com/watch?v=jkpXDKskPQY&feature=related

http://www.youtube.com/watch?v=x6LeEKX1mLE&NR=1&feature=fvwp

http://www.streetpianos.com/nyc2010/highlights

どの国でも「老舗」という言葉は威厳がある。日本でも老舗とか、元祖とか、特に伝統工芸品や和菓子などの店にこういう名前が付いていると貫禄が出るものである。




最近まで3ヶ月に一回ぐらいの割合でフランスに出張していたが、ご想像通りフランスでも貫禄の出る看板はあって、ホテルは星の数、レストランはミシュラン、ワインは製造年である。




年号。これって貫禄を出すものですよね。歴史のないアメリカでは、歴史のあるものは重宝されるし、価値が上がる。歴史が幾分長い東海岸にいると、アメリカよりもウンと長い歴史のある日本から来た者からみても「ほーっ」と感嘆するほどの歴史のあるものにめぐり合うことがある。マンハッタンの有名な建築物は、そのデザインでも有名だけど、古さでも有名だったりする。市内ではまだまだアールデコの建物がたくさん残っていて、今私が住んでいるアパートも、いわゆるPre warと呼ばれる建築。戦前の建物、ということだが、ニューヨーク市内でpre warといえば、第一次世界大戦以前、という意味なので、軽く築100年の建物、ということになる(構造的には問題は多いんですけどね、こういうビルは)。




そんな歴史をひけらかす、というか、貫禄を出そうと、よく店の看板やビルの入口にSince 1874とか書いてある。へ~、創業100年以上か~、すご~い、と単純に感動する。特に何か一つ物を作り続けている商売が操業100年とか聞くと、日本でもそれはすごいと思うよねぇ。




日本でも横文字が大量に使われている。特に日本では、デザインの一部としてアルファベットが使われている気がする。その延長上の利用方法か、レストランや他の商店の看板にSinceが付いていることがよくあるが、「う~ん」と思うことがしばしば。だってsince 1975とかsince 1983とかだと、べっつに貫禄を感じない。え、私と同い年?と思う人がまだまだ若くてゴロゴロ活きている時代に、創業を書かれても???と思うばかりだ。これは日本に住んでいたアメリカ人とビンゴのように意見があった話題だ。Since 1996と言われても、「ふーん、それで?」で終わってしまう。1986なら、「うわぁ、100年以上もこの店はここにあるんだ~すごい!」と思うのだけどね。




最近日本でSince 2003と書かれたトレーナーを着た赤ちゃんを見かけた。まだお母さんに抱かれていたから、多分1歳前後の赤ちゃんなんだろうけど、トレーナーの文字を見て、私も夫も条件反射に「あの赤ちゃんは4歳(2003年生まれ)」と思ってしまい、笑った。いっそのこと、子供服に生まれた年号を付けて売ってもいいのかもね?




ニューヨークはJew Yorkと茶化されるほど、往々にして「ユダヤ人が掌握」しているものが多い。人種で人の職業や能力が分けられているということは絶対ありえないのだが、ニューヨークに来てみると、なるほどどこもかしこもユダヤ色だらけである。ユダヤ系アメリカ人の中にも、いろいろ派閥があるようで、みんながみんな、クソ暑い真夏にも黒装束な訳ではない。



が、顕著にユダヤ人口がわかる時がある。毎週土曜日の朝と、ユダヤ暦の祝日だ。



ユダヤ人の文化では、一日は日没とともに始まる。ユダヤの週末はサバスと呼ばれ、サバスの始まりは金曜日の日没という訳だ。土曜日の朝は、ユダヤ人家族は歩いてシナゴーグと呼ばれるユダヤのお寺に行く。土曜日のシナゴーグには、歩いていかなければいけないそうだ。土曜の朝はあちこちでゾロゾロと礼拝に向かう人を見かける。



それにしてもニューヨークのユダヤ人口は並大抵ではないらしい。もちろんオーソドックス系ユダヤ人は黒い帽子、黒いマント、耳の横だけ髪を長く伸ばしてねじっているので一目瞭然だ。他にもオーソドックスでない人たちは、男性はヤマカと呼ばれるお皿をさかさまにしたような帽子を頭のてっぺんあたりに付け、女性は礼拝に行くときは暗い色の長いスカートをはいていたり。また、普通の服装をしていてもユダヤ人独特の顔つきの人、またユダヤ系の苗字の人もゴロゴロいるところを見ると、ニューヨークがJew Yorkと呼ばれる由縁がわかる。



9月のある日、突如として街がすいた。夏休みも終わってアメリカや海外からの観光客はとっくに減っていたが、この日はローカルの人までもが少ない。???と思ったら、ユダヤ暦の新年だ!これは数あるユダヤ祝日の中でもかなり主要なもので(当然だよね~)、これだけ街がすくのだから、この祝日を祝って休んでいる人々がなんと多いことか!



それだけではない。ニューヨーク市の公立の学校は全て休みになる!市長も市の教育委員会のトップもユダヤ系だが、彼らが就任する前からこの制度はあった。キリスト教の祝日のクリスマスが休みになるのだから、「ユダヤの祝日だって休んだっていいじゃないか~」という訳だ。そりゃそうだよね、しかもユダヤ教を崇拝する人口が多いなら、なおさらだよね~。でもニューヨークにはイスラム教徒だっている、仏教とも忘れないでね~。メキシコ人はメキシコ独特のカトリックのお祝いをしている(休みまでにはならないけど)。このごちゃ混ぜの社会では、本当に言ったもの勝ち。ニューヨークには在米日本人が他の都市に比べればかな~り多いけれど、他の民族とは比べ物にならないほど少ない。でも「オレッちは日本人だから、天皇誕生日は休むぞ~」と言っても無駄ではない。会社によっては「キミのアイデンティティを尊重する」といって、休ませてくれる場合もかなりある。



日本人から見るとちょっと右翼っぽいかもしれないけどサ、そのぐらい強調しないと周りの人から日本人という部分をムシされかねない。ムシされるとは具体的にどういうことかと言うと、中国人だとか韓国人だとかに間違えられたり、日本人、中国人、韓国人はみんな同じ、つまり違いはメキシコとコスタリカとプエルトリコとの違いと同じぐらい、とか。私たちは言葉だってお互い通じないのに、そういうことをわかっていない人がワンサカいて、うっとうしい。日本人なのに竜の置物をもらったりとか(中国だよ~それは)。



外見で間違われるのはしょうがないけど、日本はやっぱり近隣諸国とは違うんです、ということをいつもアピールしながら生きるニューヨークである。その点、ユダヤ人を見習うところはたくさんある。これも文化交流のメリットというのかな。