(((o'ω`p(☆ブログ開設日2019年08月7日水曜日★)q´ω'o)))ご訪問 ありがとうございます。 (〃・д・) -д-))ペコリン 自作軽キャン、マッシュ、軽箱で日本各地の道の駅や神社・仏閣・史跡を巡りブログで報告しています。
「常堅寺」を通り過ぎて、いよいよカッパ淵へと向かいました。何やらカッパ淵の看板がありました。ここの河童に川に引き込まれぬ様に注意せよと書いています。古びた神社がありましたので探検です。荒れ果てた神社です。奥にも何かありましたが 少し傾いていました。これが噂の カッパの神様かもしれません直したい気持ちを抑えて次に進みました。途中変わった形の大木の後です。石にも何やら書いています。この釣竿でカッパを捕獲するようです。伝承園でもカッパ捕獲許可証が売っていたようです。遠野風の丘道の駅で買った許可証です。釣の前にもう一度注意書きを読みました。此処の河童達は美男と美女にしか興味は無いようです・・・・・カッパ様にキュウリが供えられています。このカッパさんは赤ちゃんを抱いています。カッパの神は乳の神様です。立派な供え物ここに祈願しに来た女性が供えたかもしれませんね。ここにも沢山の物が奉納されています。釣竿に許可証を巻きつけて餌のキュウリを巻きつけてもカッパは捕獲できません観光客が沢山来るので隠れているかもしれません。何か書かれています。ここは昔陸奥六郡に勢力を誇ったあの安倍氏の館の跡地らしいです。安倍氏の館跡の説明が詳しく書かれています。源氏の棟梁 八幡太郎源義家公もこの地に立ちこの景色を眺めていたと思うと考え深いです。カッパ淵を後にして来た道を戻ります。この橋ともお別れです また来て渡りたいものです。遠野の探検もこれで終わりです。今夜は道の駅遠野風の丘で休む予定でしたが・・・・2017/12/13
2017年10月9日13時1分 「常堅寺」の中に入ると左側に伝説のカッパの狛犬が目に入りましたので早速観察しに行きました。十王堂の前に一対のカッパ狛犬が鎮座しています。昔カッパ淵で、あるカッパが悪さをして捕まり、カッパはその後改心して汚名挽回にと お寺の火事を河童の不思議な力で消火して、この場所でカッパ狛犬になったという伝説です。お皿に賽銭が置かれています。こちらのカッパ狛犬にも賽銭の他に新鮮なキュウリが奉納されています。十王堂の中には いろいろ納められていました。カッパ狛犬に別れを告げてカッパの探検です。カッパ狛犬の活躍でこの立派な本堂を見る事が出来ましたカッパ狛犬さんありがとうです !(^^)!カッパ淵が見えて来ました。 木彫りの河童様に挨拶をして橋を渡ります。これが伝説のカッパ淵です中に入ると深さ膝下までだそうです。遠野のカッパは小柄見たいです。( ̄ー ̄; ヒヤリ水質は綺麗でした。魚は確認出来ませんでした。細い 道を進んでいきますと釣竿です。カッパハンターの先客がいるみたいです。(^〇^) カッパ淵の事が詳しく書かれています。まだ先に何かあるようです。2017/12/13
2017年10月9日12時55分「伝承園」 の探検を終わらせ次に向かう目的地は「常堅寺」です。伝承園駐車場から300メー トルと近い場所にあるので助かります。 「常堅寺」は室町時代の延徳2年(1490年)4月、多聞秀守を開山として創建されたと伝わる由緒あるお寺です。 遠野郷十二ヶ寺の触頭でもあります。 立派な案内板に従って進みました。「常堅寺」はカッパ淵に隣接してます。あたりの田園風景見ながら来るともう目的地です。時間外の拝観はだめみたいです。時間は厳守ですね。さすが由緒あるお寺です。 門構えも立派ですね。お寺の事が書かれていました。山門は八脚門です。 伝慈覚大師(円仁)作の仁王像が出迎えてくれました。早地峰神社(旧妙泉寺)より明治初期に移された仁王像です。総丈3.5m位です。 彫り物も凄いですね。足も合掌のようです。いよいよ噂のカッパ伝説の常堅寺の探検です。年配の男性がお寺の掃除をしているみたいです。ご苦労様です。2017/12/12
2017年10月9日12時47分「伝承園」 の探検も終わりに近づいて来ました御蚕神堂 にあった養蚕の神「オシラサマ」は1000体安置されているそうです。数を確かめていると日が暮れるので数える事はしませんでした。この水車も凄いですね この日は動かしておらず展示だけでした。水車の中を覗いて見ると 脱穀の作業が出来るみたいですね。 たしか敷地内に神社があったはずなんですが ありましたよ。こちらも工事中でした。柳田 國男の長男夫妻も訪問していました。売店の中に入りいろいろ見ましたが欲しそうな物は無かったので伝承園を出ました。 いよいよこれからカッパ淵の探検に常堅寺を目指します。2017/12/11
2017年10月9日12時44分神々が漂うオシラ堂を出て次の部屋に移動しました。小さなぬいぐるみが置かれていました。ここが噂の座敷童子(ざしきわらし)でしょうか、座敷童子は主に岩手県に伝えられる精霊的な存在です。しかし今日は何処かに遊びに行っているみたいで留守のようです。ちゃのまです 赤ちゃんの記念写真用のセット見たいです。ちゃのまを出ると 展示用のガラスケースに両陛下が御使用された御品が展示されています。ぼやけていますが 両陛下の御訪問の時の写真が飾られていました。ふと見上げると鬼の面がこちらを睨みつけていました。鬼の面に見送られて旧菊池家住宅を出ました。旧菊池家住宅を出ると 小さな建物が目に入りました。湯殿です。昔の五右衛門風呂でしょう か外に出て周りを探検してみると井戸の水をポンプでくみ上げて湯殿に流せるように出来ています。昔の人はいろいろ工夫しながら生活していたみたいです。つるべ井戸と書かれています。飲む事は出来ないみたいですね。昨日再放送されていた石坂 浩二主演水戸黄門(遠野)を偶然見ましたが撮影場所遠野でしたね この施設でも撮影していたみたいです遠野は本物の時代劇村です。2017/12/10
2017年10月9日12時42分いよいよオシラ堂です。霊感の強い方などは注意して下さい。オシラサマ伝説 遠野物語第69話です。昔、ある農家に娘がおり、家の飼い馬と仲が良く、ついには夫婦になってしまった。娘の父親は怒り、馬を殺して木に吊り下げた。娘は馬の死を知り、すがりついて泣いた。すると父はさらに怒り、馬の首をはねた。すかさず娘が馬の首に飛び乗ると、そのまま空へ昇り、おしら様となったのだという。聴耳草紙によると、この後日譚があり、天に飛んだ娘は両親の夢枕に立ち、臼の中の蚕虫を桑の葉で飼うことを教え、絹糸を産ませ、それが養蚕の由来になった説。以上の説話から、馬と娘は馬頭・姫頭2体の養蚕の神となった伝説。東北 関東にはいろいろなオシラサマ伝説があるようです。この場所で写真を撮ると何か不思議なパワー映ると地元の霊感の強い方が言います。どんなパワーが映るかストロボは使いません。遠野のオシラサマ伝説 貧しい農家なのに馬のオーナーです。愛娘を受け入れた買い馬をセリに出さずに殺めてしまった父昔から遠野の人々は裕福だったと推測出来ます。日月神事の世界では人も動物も仲良く出来る世界が来ると予言しています。愛する馬は天に上り二人は神に愛する馬を失い悲嘆にくれる少女です。ふと気づくと何回もシャッターを押していました。何か目に見えないパワーがあるのは確かなようです。買い馬と少女が結ばれる やがて夫婦となる ( ̄ー ̄; ヒヤリおしら堂です神聖なる場所に足を踏み入れました。頭上も注意して入りました。凄い数です。 沢山の人々の願いが込められています。映画『千と千尋の神隠し』では、大根を擬人化した神として登場していたそうです。思い空気の中での貴重な体験をしました。2017/12/9
2017年10月9日12時38分旧菊池家住宅は18世紀中頃までに建立された曲り家です。昭和51年(1976)2月3日に国重要文化財に指定されました。もとは遠野市小友町13地割にあり菊池氏の所有でしたが、昭和52年(1977)に遠野市が公有化し、昭和53年(1978)に現在の遠野市土淵町伝承園内に移築されました。平成26年(2014)7月~11月に 保存修理工事(茅葺屋根の葺替え)が実施されたのをテレビのニュースで見た記憶があります。その時の保存修理工事(茅葺屋根の葺替え)の費用が40,945,291円だそうです。馬屋から探検しました。オシラサマ伝説をイメージした造りのようです。昔の製糸業について詳しく説明されていました。2017/12/9
2017年12月8日手持ちの株の会社日本ギア工業(株)から優待案内が来ました ょ♪ 中身はクオカードみたいだよ♪なんと 1000円のクオカード 使いごたえのありそうなクオカード大事に使わせて頂きます !(^^)!配当 優待 ラッシュも大詰めです。
2017年10月9日12時36分板倉を見て回りました。中に入って見ました。ストロボを使わないためピンボケ気味です。ビデオを熱心に見ていました。冬に備えて暖房器具も用意していました。いかにも遠野民話のイメージが漂っ ています。光と影のバランスが絶妙な気がしました。展示法としては間接照明が良いと思います。夏の暑さを和らげる工夫があります。工芸館は体験型の施設です。民芸品の製作実演を行っています。遠野の伝承文化を体験出来ます。絵馬※要予約 400円 素材に思い思いの絵、文字を描き、願いを込めます。 お手玉※要予約 500円 布、小豆等の材料を使用し、個性的なお手玉が出来上がります。 馬っこ (わら細工)※要予約 500円 わらを編むあなたの手先から「遠野馬っこ」がよみがえります。 屋根の収まりも凄いです。「繭玉」からの糸取り体験 無料 伝承園で飼育している蚕の作った繭から糸を取ります。(菊池家曲り家にて) 民芸品の製作体験をされていた方が数人いました。自分で作りながら昔の文化に触れるのも良い気がしました。小さな建物がありました。納屋かと思いましたが。どうやら昔のトイレのようです。正面上の看板に雪隠(せっちん)と書いています。雪隠の由来はいろいろあるみたいですが、中国の雪竇(せっとう)という禅師が便所の掃除を担当していたという意味の「雪隠(せついん)」などと、いろいろあるみたいです。2017/12/9
2017年12月07日分持ち株(株)ゲオホールディングスから優待案内が来ました♪僕が選んだ優待コースは レンタル半額です !(^^)!一時は株価も低調でしたが 少しずつ回復して来ています株主優待 ありがたく使わせて頂きます。2017/12/08
2017年10月9日12時31分佐々木喜善(ささき きぜん)記念館の探検です。遠野物語の産みの親 佐々木喜善 は文学界で日本のグリムと呼ばれていました。佐々木鏡石(きょうせき)の筆名でいろいろ小説を発表しています。1908年(明治41年)柳田國男と親しくなります。喜善がお爺さんから聞かされていた遠野の話を基に柳田國男が遠野物語を書いて発表します。 1910年(明治43年)に土淵村村会議員・村長(在任:1925年9月27日 - 1929年4月4日)も努めますが 健康がすぐれず辞職して仙台に移住しています。その後 数え年48歳で病没です。「日本のグリム」の名は、アイヌ研究で有名な言語学者の金田一京助によるものです。住まいが花巻と遠野から近い場所にいた詩人・童話作家の宮沢賢治とも親交がありました。宮沢賢治は病床に伏していても佐々木喜善とはあっていたそうです。喜善が賢治の銀河鉄道の夜にも影響を与えていたかもしれません。晩年 京都の出口王仁三郎を訪問し、地元に大本教の支部を設立しています。天皇陛下もご訪問されていました。妖怪を意識して作られた庭です。佐々木 喜善(ささき きぜん)誕生1886年10月5日 岩手県遠野市土淵(旧・土淵村) 死没 1933年9月29日(46歳没)職業 作家、文学者、文学研究者、民俗学者 教育 文学士 最終学歴 早稲田大学文学科卒業 ジャンル 小説 民話、伝承、口承文学などの収集、編集、それに対する研究 主題 民俗学、口承文学、民話、日本思想 代表作『聴耳草紙』『遠野のザシキワラシとオシラサマ』『遠野奇談』
2017年12月04日分 3社から配当金が来ました♪2017/12/06 - (株)ゆうちょ銀行7182 配当金(NISA) - 100株25円 2,500円 42,356円 - 日本郵政(株)6178 配当金(NISA) - 100株25円 2,500円 - 日本ギア工業(株)6356 配当金(NISA) - 100株2円 200円 3社合計で 5,200円 でした!(^^)!配当金の振込もこれで一段落ですいよいよ来そうな大暴落に備えて資金を温存する計画です。
2017年10月9日12時27分伝承園(でんしょうえん)と書かれた石が目に入りました。昔 大規模な工事があったみたいです。最近の異常気象のせいか ここでも災害復旧工事が進められているみたいです。伝承園(でんしょうえん)は岩手県遠野市にある遠野市立の野外博物館です。入り口で若い男性二人が話し込んでいました。柳田國男著「遠野物語」ですっかり有名になった遠野地方です。遠野民俗の伝承を目的として、1984年6月に開館しました。現在は指定管理者社団法人遠野ふるさと公社が管理・運営しているそうです。おどけた写真の方がお代官様のようですね。入園料は320円です。ぬいぐるみのお婆さんが小銭を催促しています。入園券です。裏側に次回入園時の半額割引券があります。記念スタンプを押し忘れました。伝承園の間取図が描かれています。のれんも当然河童です。佐々木喜善記念館です。向かいの建物に男性が入りました。何やら展示されています。可愛いいイラストが展示されていましたが微妙に傾いている気がします( ̄ー ̄; ヒヤリ小さな子供はイラストより男性に興味があるようです。次に進みます。伝承園の庭木も色づいて綺麗でした。次は佐々木喜善記念館に入ります。
2017年10月9日12時25分「千葉家住宅」を出てナビに導かれながら遠野市の市街を通り抜け伝承園 カッパ淵 駐車場に無事着きました。この駐車場に車を停めてカッパ淵に行けます。遠野観光のコースが詳しく書かれていました。あたり一面のどかな風景で癒されま す。駐車場も広くて停めやすいです。駐車場の後ろに古い家屋が見えました。民話で有名な伝承園でした。あまり暑くないので知恵と一緒にこの辺りを散策しました。1人の若い女性がくすくす笑い、俯きながら歩いていました。無事懐妊出来る様にお参りに来たようです。※映像は18禁になりそうなのでこの辺で撮りました。( ̄ー ̄; ヒヤリ駐車場のトイレみたいです。観光に力が入る遠野市です。 至る所に案内の看板です。お地蔵様がいたので パシャ。向こう側にカッパ淵があるのですが先に伝承園の探検です。古民家が見えて来ました。お昼休みの時間帯のせいか観光客も少なめで、のんびりと探検出来ました。
2017年12月05日分 2社から配当金が来ました♪2017/12/05 - (株)三菱UFJフィナンシャル・グループ8306 配当金(NISA) - 100株9円 900円 - (株)みずほフィナンシャルグループ8411 配当金(NISA) - 100株3.75円 375円 2 社合計で 1,275円 でした!(^^)!メガバンクはこれから大量の人員削減の予定ですはたして計画は成功するか注視して行きます (ΦωΦ)
2017年10月9日11時41分「千葉家住宅」(ちばけじゅうたく)に到着しました。愛車を停めて周辺をじっくり知恵と探検しました。ΣU゚Д゚U 江戸時代に建てられた代表的な南部曲り家(平住居と馬屋を平面L字形に連結した農家建築)です。大工さんが使う差し金(サシガネ)の形です。平成19年に敷地全体が国重要文化財に指定されています。千葉家では今までウマヤ部分が展示室として公開されて来ました。昨年の平成28年度から始まった大修理工事で約10年間は通常の公開が出来ないそうです。昔の遠野の暮らしを感じる事が出来る千葉家建造物です。千葉家では、映画「蜩ノ記」の撮影も行われています。斜面地に築かれた石垣上の平地にある面積540m2 の大型の住居で、25名の人と20頭の馬がこの千葉家の家で生活していたそうです。2013年6月に遠野市の管理となるまで住居として使われていたそうです。付属建築物や周辺の石垣など、屋敷の構成が良く、保存状態も良かったそうです。敷地の一部は1994年三田佳子さんが出ていたNHK大河ドラマ「花の乱」の撮影に使われていたそうです。当時のセットが保存されている千葉家 ぜひまじかで拝見してみたいものです。千葉家住宅主屋(曲り家) 所在地 岩手県遠野市綾織町上綾織1地割14 位置 北緯39度20分26.89秒 東経141度26分30.43秒 類型 農家 形式・構造 曲り家、木造、茅葺 敷地面積 5599.63m2 延床面積(主屋)540m2 建築年 江戸時代後期 文化財 平成19年(2006年)国の重要文化
2017年10月9日「道の駅遠野風の丘」道の駅の記念切符を買った際に道の駅の女性の店員さんが「今話題の許可 証 買いませんか?」 と言います。話題と言われると興味が湧いてきます。(^〇^)河童の捕獲許可証だと言います。値段も安かったので買いました。趣のある包装紙で作られています。遠野風の丘に相応しいデザインです。これが噂のカッパ捕獲許可証です。 僕が購入8901人目みたいです。有効期限まで付いていました ( ̄ー ̄; ヒヤリ指定された捕獲地はカッパ淵だけらしいです。若い店員さんは ケースも4色あります いかがですか?畳み掛けてセールスです。迷わずこの色にしました。許可証を入れて見ました。これを首にぶら下げて歩くのは恥ずかしいのでしまいました ( ̄ー ̄; ヒヤリレシートのデザインもナイスです。カッパの捕獲証 210円ホルダー 50円道の駅で遠野マップを手に入れました。遠野観光の絵図面です。 ここの道の駅が中心で観光に便利です。横田城跡の下にサトムの婆があります。常堅寺とカッパ淵もあります。映画やドラマのロケ地で有名な南部曲りや千葉家も近くです。しかし千葉家はいま大規模な修繕中で見学が出来ないみたいです。いよいよナビに目的地をセットして探検を始めました。