こんにちは、レオンです。
今日は、発案です。今回は、長いのでココロしてね。なんて。

この前、○○簿?なんて、曖昧なことを書いたかもしれませんが、
実は、考えていたのは、コレ!「時間測定会計」のことです。
多分、僕が、最初かも。

現在、本田直之さん、小山龍介さんなどが、一部おっしゃっていたこともあるかもしれませんが、
具体的なもの、形は今現在、存在していないと考えています。

現在少しずつ形になってきているのですが、
アメリカなどでは、パーソナル・ファイナンス教育が盛んに、行われていると、聞き及んでいます。
パーソナル・ファイナンスとは、要するに、「お金」の教育ですよね。

つまり、「お金」というのは、誰もが、望むと望まないとを問わず、
好き嫌いも、関係なく、生きていくうえで、どうしても、必要になってくるものですよね。
そこで、子供のうちから、「お金」に対して、偏見を持たないように、教育を施していこうという理念で、
始まったような、気がいたします。

FP(ファイナンシャル・プランナー)という専門家も、徐々にではありますが、
注目を浴びてくるようになってきていますし、資格試験を受ける人の輪も広がっています。
僕もその受検者の1人ですから。

「お金」については、一定の公的な評価があって、客観的な判断がある程度出来ますし、
他者との比較ができますから、専門家も養成しやすいですよね。

私たちも、書籍を通じて、勉強したり、専門家に相談することによって、改善していくことが、出来るわけです。

この世でもう一つ大切な概念が、あると私は、考えています。
それは、「時間」という概念です。

生物には、どうしても、終わりの時が、いつかは、きますよね。
これは、厳然たる事実ですし。
私も、いつかは、死を迎えるときが来るはずです。
100%の確率で。

現在ある制度の中でも、その事実を明確に受け入れて考えられている制度も、いくつか存在します。
例えば、「保険」という制度や「年金」という制度もそうですよね。

会計で、言えば、「退職給付会計」なんて、制度もあります。

典型的なものを挙げれば、「生命保険」の「予定死亡率」なんてものが、あります。
この「予定死亡率」というのは、統計に基づいて、1年間に死亡するであろう(あまりいい表現ではないですよね。)人の割合で、生命保険料を決定するときに、利用される数字です。

こういったものが、存在するのは、やはりそこには、一定の必要性が、あるからですし、
リスク・マネジメントという観点から、大事ですよね。
もし、自分に何かあったときや、あってはなりませんが、身近なところで、何かあったときに、私たちの生活を保障してくれる社会保障のシステムです。

現在の社会のシステムでは、「お金」については、ある程度、保障してくれますよね。
セーフティー・ネットという形で。

しかし、時間については、どうでしょうか?
この国は、憲法で「基本的人権の尊重」と「国民の平等」を謳っています。
こと、時間に関しては、どう皆さんは、考えてらっしゃるでしょうか?

学生時代は、(高校生までのことですよね。)、ほとんどの方が、学校に通っており、
それほど、「時間」という観点では、大きな違いは少ないかもしれません。
中学校を卒業してから、すぐに就職される方もいらっしゃいますが。

高校を卒業した段階で、道は、大きく分かれていきます。
さらに、学業を修めるために、大学に進まれる方と、実社会で、働かれる方と。
人それぞれ、置かれている立場、条件、考え方は、当然異なりますよね。

最近よく言われるのが、「自己責任」という言葉です。
この言葉は、「マジック・ワード」で、良きにしろ、悪くにしろ、一言で片づけられてしまいます。
本当に、怖いです。

どちらにしても、ある特定の面では、そうであることは、事実で、否定することが、難しいです。
結局、何が言いたいかといえば、その一言で、片づけられないために、自分の中に明確な「指針」というか目的意識ですよね、を持つことが人生を歩いていくためには、必要なのではないかな~と思うように至ったわけです。

とても、私自身、おこがましいこととは、思いますが。

時間って、あまり意識できませんよね~。ホント。
人間って、短期間のことなら、意識し続けることが、出来ますが、ず~っと、続くと意識出来なくなりますよね。
逆に、1年たったときに、振り返ることは、たまにあります。
よかったことは、結構忘れてしまいますが、後悔したことって、意外と覚えているのですね。

でも、まぁ、それがあるからこそ、次は変えようとか思うわけですけど。

企業が、なぜ、帳簿をつけて管理するようになったかといえば、やっぱり、少しずつ効率化を図るためでもありますし、コストを減らすことで、利益を生み出そうと考えたわけです。

個人でも、同じことが言えると私は、思います。
基準は、それぞれ、違うとは思いますが。

大体、時間について、個人で考えていることは、あってもせいぜい管理して、無駄を省こうくらいでは、ないでしょうか?
でも、よ~く考えてみてください。
それで、本当に、うまくいくのでしょうか?
その点は、やっぱり、「ダイエット」と同じなのではないのだろうか~って思いマス。

だって、時間を管理しても、確かに効率的にはなるかもしれません。
でも、ロボットじゃないのだから、機械的にこなすことは、出来ませんよね。
スケジュール管理だけでは、時々破たんします。
というか、飽きてしまうというか。
そこには、生産的な事柄が、ほとんどないからです。
言いきっていいのだろうか?

現代人は、記録をつけることや、成長を実感できることが、大好きです。
昔からでしょうかね?
最近、溢れ気味のツール群やダイアリー、RPGといったものも、その部類に入ると思います。
「自分も作っておいて、何いうの?」って思われるかもしれません。

どうして、そういったツールがもてはやされるかというと、「自分の成長」を実感することが、出来るからですよね。

スケジュール帳というのは、やっぱり、過去に記録したものであり、実行するかどうかも分かりません。
自分の胸中三寸です。

「成長の記録」という点では、明確な、ストックを把握することは、出来ませんよね。
あれは、「フロー」情報です。「流れ」を表しているものです。

人間って、集めることが好きですし、財産を蓄えることが、人生の目的の大部分を占めていることって、多い気がします。
そういった観点からすれば、「時間」についても、「ストック」情報は必要でしょ~って考えました。

ここで、注意してほしいのが、人生はあと「何年です。」みたいなマイナス思考なことを言うつもりは、ありません。人生の目標が、おかしなことになりますから。

それとは、「正反対の思考」です。
今まで、積み上げてきた人生を、客観的にというのではなく、主観的に、数字で表せたらいいな~と思ったわけです。
現在の自分の立ち位置を確認し、これからの指針として、判断の指標になるようなもの。
それが、必要になったんじゃないのだろうか?と思うのです。

「人生とは?」とは、昔からのテーマですよね。
ほとんどの場合、「哲学」とか「倫理」というジャンルに譲っていて、「数字」であらわされることって、ほとんどなかったのでは、ないでしょうか。
すごく曖昧というか、明確なビジョンってなかったと思いません?

「あの人のようになりたい」って考えたときに、決してその人と同じ道を、同工程で歩くことは、ないですし、不可能ですし、絶対自分は嫌ですけど(笑)。

そこで、思いついたのが、自分の「時間の財務諸表」を作って、改善の「指針」にすることです。
時間は、個人の「有限な資産」です。
タイム・イズ・マネーって、昔から言われていますよね。

その延長線です。

時間の価値を積み上げていくことこそ、私は、人生の目標ではないのだろうか?っと思うに至ったわけです。
つまり、「自分が、生きた証を作ろう」って、ことです。
ただ、時間を管理するだけでは、そこまで、考えませんよね。

「時間は、消費するものである」という思考から、決して、抜け出すことは出来ないわけです。

私の考えですが、「時間は、積み上げていくからこそ、価値があり、そこにこそ人生の目的がある」と思います。
自分の子孫に向かって、「私は、こう生きたんだ!」って、胸を張って言えるように。
「私は、100がんばった。だから、息子よ。君は、それを1だけ超えなさい。」って言ってみたいと思いませんか?

そういうわけで、(どういうわけ?)、少しずつ、私の考える「時間測定会計」について、時々アップしていきたいと思っていま~す。

ツール群も、できたら、「あちら」で出せればな~って思います。
やっぱり、作るのか?(笑)。

というわけで、今回は、ここまで~。
また次回。