人に理解されづらいというのは、とても辛いことです。
誰もそれぞれに事情を抱えています。
特に、パブリックとプライベートでは違う価値観、違う感覚で行動している人も多いでしょう。
私が「日本人の嫌なところ」としてまず一つ挙げたいのは「他人への多干渉」です。
直接的なものでなくても、ウェブ上であれこれ他人のプライベートに口を挟んだり、その上そこでだけ正義の味方ぶったり、私なんかそういうメンタリティこそが「病んでいる」って思うのです。
だって、見ず知らずの人のプライベートに口を挟んで、偉そうに批判してみたり、そういうのって面白いですか?
だって、自分には何も関係ない人のことです。
そういうことをしたところで、一銭の得にもならないはずです。
そう、文字通り「一銭の得にもならない」んです。
つまり、そういうことをして物質的価値のあるものを得られることはないです。
だったら、何の得があってそういうことをするのでしょうか?
それはきっと「精神的価値」でしょう。
「こうやって他人のプライベートを批判したら、私の心は救われる」
根底にそういう心が少しでもあるから、そういうことをするのでしょう。
でも、そんなことでしか救われない心ってどういうことでしょうか?
だから、私は「病んでるな」って思うんです。
そして、そういう日本人が多いのだと思います。
IT革命がおこり、この20年でインターネットが身近なものになり、今では生活になくてはならないものになりました。
そして現れた現代日本人のメンタリティがこれなのです。
インターネットを通して、世界中に晒された日本人の姿がこれだと言うことなのです。
私が憧れる阿部謹也先生は、今の日本を見たらどのように論じられるでしょうか?
「世間とは何か」
本当に、世間とは何でしょうか。
私が思うに、単純に日本人には「自分の価値観を他人に押し付け批判する人」が多いのだと思います。
だからいつまでも閉塞感に満ちた社会から脱却できないのです。
でも、それって本当に気品がある行為と言えるのでしょうか?