※太陽暦二千二十五年一月十三日、不法に削除されてるのが発覚し、再投稿。

 

こんにちは。

過去記事「偽預言者RAPTやその他の偽善者たちと心中したければご勝手にどうぞ」でもう偽預言者RAPT等の偽善者はどうでもよいと言いましたが、最近、私のブログを真理と信じてお読みになる新規の方が少しいらっしゃり、今後騙される可能性のある信仰に入ったばかりの人がまだいると思い、今回、偽預言者RAPTの偽善ぶりを改めて説明します。

兄弟たち、聖書の真理と主イエス・キリストの教えにとどまってください。とどまらない人は反キリストです(ヨハネ二9)。それから外れたRAPTの言うことになど耳を傾けてはいけません。過去何度も言ってきたとおり、偽預言者RAPTは反キリストであり、サタン崇拝者です。

偽預言者RAPTは2017年6月1日に一般記事休業宣言をしたかと思えば、6月9日にもう再開しました。わずか8日間の休みでした。6月1日の記事で、「次なる段階に入っていくために、新たな準備が色々必要になってきた」と訳の分からないことを言っており、RAPTはその間で何が変わったのでしょうか。6月9日の記事を見る限り、予想どおり何も変わっていませんでした。以下のとおりです。

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(Blog by Rapt: http://rapt-neo.com/?p=4402)

過去記事で行ったように、問題点を順に取り上げます。

①画像
マリアは聖なる存在ではないし、崇めるべきではないと過去記事「カトリック、統一教会、神道、仏教、イスラム教等はすべて嘘」、「主イエスの受肉」、「罪について」、「反キリストについて」で説明してきました。また、偶像を造ったり、崇めることも十戒の第2条で禁じられていることについては過去記事「安息日の重要性とモーセの律法」で説明しました。こんな画像を飾っている時点でおかしいと思わなければなりません。私なら絶対こういうことはしません。
RAPTは2017年4月22日記事に限らず、太陽が映る画像を頻繁に貼っていました。これは太陽崇拝、太陽神崇拝することの暗示に思えます。例えば、過去記事「偽預言者RAPTの見苦しい迷走」で示したとおり、偽預言者RAPTが記事に掲載しているのは、太陽に向かって拝んでいる写真です。太陽が写っている写真はこれだけにとどまりません。他にも多くあります。
実は、ひまわりという花も太陽を象徴するものです。以下のとおりです。
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(Blog by Rapt: http://rapt-neo.com/?p=3417)
RAPTブログを見たことがある人は知っているはずです。
太陽神崇拝(悪魔崇拝)については、最近の過去記事「今後の社会情勢と神の裁きへの備え」で述べたとおりですので、お忘れの方は復習してください。
RAPTは太陽神崇拝をしている可能性が非常に高いです。


②カトリック信者の証言にも拘らず牧師としている
カトリックは牧師ではなく、神父です。プロテスタントが牧師です。この違いは初歩的なものです。こんなことも知らないようでは、クリスチャンとはいえません。前にも私が指摘したとおりですが、RAPTはクリスチャンではありません。
ちょっと間違えたという程度のものではありません。有り得ない間違いです。


③牧師たちは聖書の言葉を棒読みし、軽く注釈をつけているだけの説教
確かに、そのような行為で終始している者が多いことは事実でしょう。ですが、それはRAPTが言えたことではありません。むしろ、RAPTは、聖書を曲解しています。有害でしかないRAPTの言葉を聞くより、まだ棒読みしている牧師の方がましです。


④牧師の間違った聖書解釈を聞かされ、余計に聖書の内容が理解できなくなり、頭がますます混乱するばかり
これはRAPTにも当てはまることです。RAPTの聖書曲解ぶりは私が過去記事でまとめたとおり多く証明してきました。RAPTの普段の言動もすべて聖書の教え、真理から外れています。RAPTが他の牧師を批判できる立場にはありません。


⑤教会に通うほど負の経験を味わい、幸福にならない
これもRAPTにも当てはまることです。RAPTを信じても幸福などある訳がないですし、滅び以外に道はありません。そもそも、RAPTという人間を信じるという行為が間違いであることに気が付いて欲しいものです。
兄弟たち、私たちが信じて従うのは、主イエス・キリストであって、RAPTという偽預言者、偽善者ではありません。
普段からRAPTはイエスの御名を出しません。主イエス・キリストを差し置いて、RAPT自身を崇めて欲しいという名誉欲が前面に出ています。

2017年4月22日の過去記事「偽預言者RAPTの見苦しい迷走」で私が指摘した時と、その他、聖書の箇所を引用する時、イエスの御名が掲載されているので仕方なく引用するというような状態です。それ以外はすべて"神様"発言です。神様というほど便利な言葉はありません。なぜなら、神道などの別の宗教でも使われる言葉ですし、何を指すのか具体的にならないからです。言葉を濁すのに都合がいいからRAPTはこの呼び名を使っています。RAPTが言う神様とは、2017年3月の過去記事「RAPTは偽預言者であり、サタン崇拝者です」で指摘したとおり、この世の神と呼ばれるサタン(コリント二4:4参照)のことです。若しくは、太陽神でしょう。どちらも悪魔なので一緒です。
主イエスの御名を出さないことは、反キリストの証拠の一つ過去記事で指摘しました。
そして、カトリック信者の証言としている内容の中にも一度たりとも主イエス・キリストの御名が出てきません。何故でしょうかね。


⑥カトリック信者の過ち
カトリックが問題だらけでキリスト教と言えないのは上述したとおり、過去記事でも明確に説明してきました。このカトリック信者の証言が事実なのかは確証がありませんが、その証言内にあるとおり、レビ記で聖書通読を挫折したとあります。カトリックに平気で入信できるのは、聖書を読んでいないからです。そして、RAPTを信じるのも聖書を読んでいないからです。同じことです。聖書をきちんと読まない者は、サタンが仕掛けた罠に簡単に引っ掛かります。ここで気になるのは、そのカトリック信者がレビ記まで読んだ割に偶像礼拝に気付かないのはおかしいということです。偶像礼拝の禁止は、出エジプト記に出てきます。出エジプト記はレビ記より前にあるので読んでいるはずですが、それに気付かないとはどういうことなのでしょうか。
そして、証言の後半で、偶像礼拝の話が突然出てきます。カトリック入信してからレビ記までは読んでいたんですよね。そこで気付かないというのは矛盾しかありません。
かしげた首が戻らないほど違和感が残ります。あのカトリック信者が余程読解力がないのか、RAPTが作り話をしているかのどちらかです。
ちなみに、エホバの証人も同じです。エホバの証人を辞めて、RAPTに流れた人もいるようですが、あのカトリック信者と同様、真のクリスチャンになれない者は、ことごとく真理の道を外れて死ぬまでさまようしかないのです。


⑦祈りについて
私は有害でしかないRAPTの有料記事など絶対に金を払って読みたいとは思わないので、実際に確かめようがないので真偽は不明ですが、RAPTが掲載したので書かれた内容は事実とします。そのカトリック信者の証言内に、RAPTが有料記事で、「この世のクリスチャンはほとんど聖書を通読できていないし、せいぜい数分くらいしか深く祈れていない。」と言ったとあります。
これが大間違いということに、兄弟たちは気付きますか。聖書を複数回通読して真理が分かれば、ここがおかしいとすぐに反応できるはずです。数分しか祈らないと言っていますが、長々とくどくど祈ること、長ければ良いと思うことが大間違いなのです。証拠は以下のとおりです。

新約聖書 マタイによる福音書 6章7〜8節
また、あなたがたが祈るときは、異邦人のようにくどくどと述べてはならない。異邦人は、言葉数が多ければ、聞き入れられると思い込んでいる。彼らのまねをしてはならない。あなたがたの父は、願う前から、あなたがたに必要なものをご存じなのだ。

分かりましたか。この御言葉を知らないから騙されるのです。はっきり聖書に、くどくど述べてはならない、言葉数を多くすれば聞き入れられると思うなとあります。天の父なる神、主イエス・キリストはすべて見通されていますので、あなたが自分の希望や願いを言ったところで無意味です。だから、この世での幸福追求といった利益信仰は利己心から来ていると過去記事「ヨブ記にみる正しい信仰と大艱難」で説明したとおりです。利益信仰をするのは、にわかクリスチャンのすることです。
祈る方式についても上記聖書箇所の後のマタイ6:9〜13に書かれています。きちんと聖書を読んでそこから外れないでください。偽預言者RAPTは、祈りをくどくどするように有料記事で教えているようですから、これがいかに間違った行為か分かるはずです。そして、あのカトリック信者の証言で書かれているとおり、最初は10分、今では1時間とどちらも長時間のくどくどした祈りをしているのが分かります。これほど聖書から外れたことを平気でするのは有り得ないです。そのくせ、聖霊を受けたなどと寝言を言っている始末です。彼女が受けたのは聖霊ではなく、聖霊を偽装した悪霊です。
RAPT信者は聖書を読まない、良心に焼印を押されており、たとえ聖書を何回読んでも理解できないから騙され続けるのです。


⑧明け方の祈り
カトリック信者の証言内に、「2016年10月以降の有料記事での啓示から、 自分は神様に必要とされていて、「わたしがあなたを選んだから今まで導いてきた」という言葉に号泣で感謝感激し、やっとそこで明け方の祈りをはじめるようになりました。」とありますが、私にすれば違和感しかありません。
まず、明け方の祈りとは何ぞやという点です。明け方に祈れなどという命令は聖書にありません。祈るのに、時間や時期について指定はありません。⑦で指摘したように、聖書には祈る言葉の内容(マタイ6:9〜13)について端的に書かれ、さらに、人に見てもらおうと、偽善者のように会堂や大通りの角に立って祈るな(マタイ6:5)、隠れるように祈れ(マタイ6:6)とあるだけです。
私が思うに、明け方は太陽が昇る時間ですから、その時間に祈らせるのは、①で指摘したとおり、太陽を拝んでいる、即ち、太陽神崇拝しているのではないかということです。RAPTはクリスマスについてミトラ教のミトラスの誕生日と虚言を言っていると過去記事で指摘したとおりです。何故、この点について虚言を言う必要があるのか考えれば、それは反逆者ニムロド、即ち、太陽神バアルの信仰(太陽神崇拝)をRAPTがしていることを隠したいから、目を逸らさせたいからに他なりません。太陽神崇拝をするのはバチカン、イエズス会ということも過去記事で述べたとおりです。RAPTはバチカンが悪魔崇拝していることを指摘しながらも、自らも同じことをしています。


⑨聖霊の働きで、まだ有料記事の購読を迷っていらっしゃる方の背中を押してくださいますように
余計なお世話です。要りません。むしろ、やめて欲しいです。
兄弟たち、RAPTにもRAPT信者にも騙されないでください。彼らは絶対に聖書の真理に辿り着けない、滅びに向かう者たちです。
興味本位でも手を出すべきではありません。過去記事「反キリストについて」で述べたとおり、関わり合いを持たないでください。彼らのやっていることは、害を広めること、即ち、偽善、悪の行いに加わっている(ヨハネ二9〜11)ということに気付くべきです。これこそ⑦で指摘したとおり、聖霊ではなく、悪霊の力です。むしろ、このような悪霊に惑わされる者の証言を借りて、RAPTが自分の有料記事の宣伝をしているに過ぎません。RAPTとRAPT信者たちは、悪霊の溜まり場です。


⑩RAPTブログの有料記事は、この世の牧師たちの聖書の話とは一線を画す
RAPT自身が自分は他と違うなどと言っています。しかし、はっきり言っておきますが、まったく変わりありません。他の偽善者たちと言っている内容が少し違うとしても聖書の真理から外れて、滅びに導く教えをしている点においては一緒です。
RAPTも世の牧師の言うことのどちらも聖書の真理から外れており、それぞれ独自に聖書を曲解しているからです。RAPTブログなど読んでも百害あって一利なしと過去記事「イエスの復活と偽預言者RAPTはサタンの僕である証拠」で言ったとおりです。


最後に、金銭欲についてです。

RAPTは「一月800円という値段で、真の信仰と真の幸福を手に入れてください。」と言っていますが、手に入りません。断言します。RAPTのブログを読んでも、有料記事を買っても、絶対に真の信仰と幸福は手に入りません。何度も上述したように、滅びに向かうだけです。何故、太陽神崇拝(悪魔崇拝)するRAPTの言うことを聞いて、真の信仰と幸福が手に入ると言えるのか理解できません。
本物の信仰とはどうあるべきかは、聖書が教えてくれます。それでも分からない兄弟たちのために、私が聖書の真理を解説しています。私は聖書がいうように、金銭欲はありません。過去記事「真のクリスチャンになる道」をはじめとして何度も他の過去記事でも言ってきたとおり、金銭欲は悪なのです。これは聖書が明言しています。これに逆らうRAPTが真理を語っているはずがありません。もっとも、RAPTが真理を語らないのは、金銭欲だけではなく、他にも多く私が指摘したとおりです。

そして、RAPTは、「私がこう言うと「私が金儲けをしている」などと言って批判してくる愚かな人がいますが、逆に言うと、私はそのような心の汚れた人がこの有料記事を読まないように敢えて有料にしたのです。」と言っています。また、愚かな人と中傷しています。
これは金銭欲について糾弾している私に向けての批判でしょうが、RAPTが何と言おうとRAPT信者がRAPTをかばうために何を言おうが、彼らが誤っているのは明白です。心の汚れた人と言っていますが、RAPTとRAPT信者こそが聖書の真理から外れっぱなしの汚れた者たちです。
そもそも、有料にしたからといって、汚れた者を完全に排除したことにはなりません。論理破綻もいいところです。
たかがネット記事のために800円という金額を払う人は心が綺麗で、払わない人は心が汚いというのはどういう論理なのでしょうか。意味不明です。加えて、RAPTの記事などという滅びへの導きのために身銭をきらないといけない正当な理由がまったく無いです。

RAPTは続けて、「人がお金儲けをしているのを見て、すぐさまその人のことを金銭欲にまみれた人だと思うのは、その人自身が金銭欲にまみれているからこそです。自分自身がそういう汚れた人間だから、他の人もまた同じような汚れた人間に見えてしまうのです。」と、また私を誹謗しています。

私は金銭欲にまみれていません。私が金銭欲にまみれている証拠も無いのに虚言を平気で言ってのけるこの神経は悪霊の力でしかありません。RAPTは嘘しか言えなくなっている状態です。嘘つきは、嘘に嘘を重ね、もはや真実を語ることができません。どこかの政治家と一緒ですね。
また、サタンも同様です。
サタンは創造主の神に反逆し、嘘で人間に罪を犯させ、その後も神から人間を遠ざけるように嘘をつき続けています。サタンは滅びるまで人間を騙す行為をやめません。嘘をつくのはサタンの惑わしの一つです。それから逃れられない人間はサタンや悪霊に支配されています。そうです、RAPTのようにです。

世俗的な欲、金銭欲から離れている私のような真のクリスチャンの視点からは、RAPTの薄っぺらい嘘、誤った主張をすぐに見抜けます。私は通常労働の対価として報酬を得ることを金儲けとは思っていません。これは聖書が言うとおりの当然受けるべき権利です(ローマ4:4)。
しかし、伝道については労働にあたらないので、対価を受け取ってはならないのです。主イエスやパウロが説教したり奇跡を行う度に金銭を要求したはずがないと、この話は過去記事でしたとおりです。
そもそも、RAPTは嘘ばかり広めて人々を惑わし滅びに導いているだけで、きちんと伝道できていないのに、厚かましくもその偽善行為で金銭を受ける、また、そのどこが悪いと開き直る態度は昔からまったく変わっていません。

RAPTはこのまま偽預言者、偽善者として生涯を終えるつもりでしょう。もう良心に焼印を押され、回心することができなくなっています。過去記事「今後の社会情勢と神の裁きへの備え」で書いたとおり、彼への救いの恩恵期間は過ぎてしまっているように思えます。
そして、そんな偽預言者RAPTに追従するRAPT信者も同様です。アメーバブログ内に♯RAPTのハッシュタグを付けてブログを投稿するRAPT信者が数名いますが、彼ら全員も同じく良心に焼印を押され、回心することができなくなっています。アメブロ以外でもRAPT信者が独自にブログを開設し、RAPTばかり称賛し、主イエスの御名を出すこともなく、聖書をろくに読まず、RAPTを盲信し、RAPTブログを読めとだけしきりに言っているだけです。どこまでも偽預言者RAPTに洗脳されて、抜け出せなくなっています。
アメブロはこのハッシュタグの繋がりから、アメブロ内のRAPT信者は私のブログの存在に気付きながらも受け入れず、むしろ、偽預言者RAPTのブログを使って私の言うことに反発している状態です。過去記事「真のクリスチャンになる道」、「同性愛、同性婚と獣の刻印」、「偽預言者RAPTやその他の偽善者たちと心中したければご勝手にどうぞ」、「神を愛するということと人が生きる意味」等で私が何度も言ったとおり、世に属する人間は、私のような真のクリスチャンの言うことを絶対に聞き入れないのです。それだけでなく、聖書の真理に永遠に辿り着けない人も同様です。
分かろうとしても分からないのです。
聖書がこのことを言っています。過去記事「携挙の真実」でも触れた狭い門ですが、今回は別の箇所です。

新約聖書 ルカによる福音書 13章24節
「狭い戸口から入るように努めなさい。言っておくが、入ろうとしても入れない人が多いのだ。」

上記聖書箇所は、まず聖書の真理を知るようにと主イエスが仰るの同時に、プライドや利己心、金銭欲等の偶像を捨てず、自分を捨てず、日々自分の十字架を背負わず、悔い改めないまま救いの恩恵期間が過ぎて、良心に焼印を押された人間はいかなる努力をしようとも入れないことを意味します。まるで、神がそのような人間は天の国に相応しくないから来るなと言っているように私には思えます。

過去記事「巧みな欺瞞と真理」でも申したとおり、多くの人々は耳触りのいい話、自分に都合のいい話に傾きがちです。聖書の真理を知らない者たちは、楽な道や、もっともらしく偽装された広い戸口があると示されるとそこに入ろうと殺到するのです。これだけ欺瞞が蔓延した世の中では、真理を主張することは煙たがられたり、嫌がられたり、聞く耳を持たれないことも多々あります。旧約時代の過去の預言者たちも間違った信仰を正すことをしていました。真理を知る者は、決して聖書の真理から外れて世間に迎合したり、甘いことを言いません。益にならないからです。

しかし、主イエスがよく言われたように、聞く耳のある者は聞きます。その人たちこそが私が呼ぶ兄弟たちです。聖書の真理に辿り着く戸口と道は狭く細いのです。大多数はそこに行き着けません。
世の教会、牧師たち、ネット動画やテレビで大々的に説教する者、偽預言者等は、自分たちの主張が聖書に合致しているとか、安全だというようなことを言っています。しかし、安全どころか、滅びに行くだけです。

これ程何度も口酸っぱく言っても分からない人は、恩恵期間が終わり、良心に焼印を押され、回心ができない状態なのです。そういう人たちには何を言っても無駄なので放置します。しかし、これから艱難を迎えるにあたり、まだ間に合いそうな時期に新規で信仰に入ろうとする兄弟たちが滅びに向かわないように、私は偽預言者、偽善者を糾弾し、聖書の真理を説いています。
残された時間はわずかです。その救いの時期がいつ終わるか分からないと過去記事「今後の社会情勢と神の裁きへの備え」で述べたとおりです。聖書を真剣に読んで、偽預言者RAPTや他の偽善者たちに騙されないでください。
私は、世の偽預言者と偽善者の偽善を弾劾するとともに、主イエス・キリストの教えと聖書の真理の理解を助けるために兄弟たちを指導する役目を負っているに過ぎず、偽預言者RAPTのように個人に人気や注目を集めたいという名誉欲、伝道対価として金銭を求める金銭欲もありません。

主イエス・キリストだけを信じて、聖書の御言葉だけを基に本物の信仰を手に入れてください。サタンが支配するこの地上の世に希望はありません。希望は、主イエス・キリストだけです。兄弟たちが主の御許に行けるように、私は奮闘しています。そのために、私が持っている知識や能力等を出し惜しみしません。
偽預言者RAPTを重点的に弾劾していますが、過去記事で言及したとおり、アメブロ内にも預言者と自称する三枝クララというただの占い師もいますが、無視してください。占いが罪ということも同記事で説明済です。
私は、ただ単に彼らを弾劾するだけでなく、それを通じて、間違った信仰が何かということと、本物の信仰はどういうことかを教えているのです。私をただの批評家と勘違いするのは何も分かっていない証拠です。
どうか聖書と私が言っていることを理解、そのとおりに実践して本物の信仰を持ってくださることを願っています。

一人でも多くの人が救われるように願っています。

以上