指摘に、少しだけ執着する人のこと




    


職場や日常の中で、

「そこ、気になるんだよね」


何度も同じことを指摘する人に出会うことがあります。


もちろん、
改善のための言葉は大切です

気づきをもらえる
こともあります。


でも時々、

“直してほしい”というよりも

“言い続けたい”ように感じることがある。


そんなとき、私は…
少しだけ考えてみます


その人はきっと、

ちゃんとしていたい人。

きちんとした世界で
安心したい人。


もしかすると、

自分の不安を
静かに整える方法が

「指摘すること」なのかもしれません


指摘される側は、

だんだんと小さくなってしまうこともあります。


だから私は、

必要な言葉は受け取り、

それ以上必要のないものは、そっと置いていくことにしています


すべてを抱えなくてもいい。


正しさよりも、

あたたかさのほうを選びたい日もあるのですニコニコニコニコ




⭐︎すんなり入る教育


若い頃…
こんな上司がいました。


ある日、私が書類の日付を一日ずらして提出してしまったことがありました。

確認印も押し忘れていて、後から気づいて顔が熱くなりました。


きっと注意される⚠️👀😰

そう思って身構えていたのですが――


上司は書類を見て、静かに言いました。


「うん、ここね。大丈夫。誰もが一度は通る道だから。」


そして、少し笑いながらこう続けました。


「私はね、もっと派手にやったよ。締切そのものを一日勘違いしてね。」


責めるでもなく、ため息をつくでもなく。

自分の小さな失敗談を先に出してから、


「だから、日付と印だけは最後にもう一度見るクセをつけるといいよ」


と、そっと注意を促してくれました。


不思議と、言い訳も防御も出てこない。

すんなりと心に入ってくるのです。


“正しさ”で押さえられると、人は固くなる。

でも、“共感”が先にくると、人は開く。


指摘は同じでも、

伝え方でこんなにも違う。


育てる人は、

過去の自分も一緒に連れてくる。


だから言葉があたたかい。


すんなり入る教育は、

相手を小さくしない。


今の職場でも、

私はそんな伝え方を選びたいと思っています。


正しさよりも、あたたかさを。

指摘よりも、育てる言葉を。


あの日の上司の背中を、

ときどき思い出しながら照れ照れ