今朝、痛ましい事件が起きてしまった。
小学生を多く含む、19人が殺傷されたという事件だ。
自分の通学途中にある駅ということもあり、現場も見てきた。野次馬の一人になってしまうことに、背徳感ともいうべきものも感じながらも。
これに対するテレビのコメンテーターの意見に「防ぎようのない事件だった」というものが散見された。
確かに、現段階の技術では、防ぎようのない事件だった。間違いない。
ただ、それで終わらせてしまってよいのだろうか。
最近は、車による交通事故で、子供がなくなるというニュースも目立っていた。
滅多に起きない事件一つで、闇雲にセキュリティに対するコストを増やすというのも、考えようだ。
では、これはどうだろうか。自動運転のコストを技術革新によって、大幅に削減し、もはや児童はスクールバスではなく、自宅から直接車で学校まで送るというのは?
そうすれば、交通事故も今回の事件も防げたかもしれない。
精神犯罪医学やAIの発達も事件防止の一助となるかもしれない。
大量殺人は文明の発達により、起こしやすくなるという側面がある。青銅器から鉄器への移行や、銃や車などを見れば理解いただけるであろう。
日本が銃社会ではないという事実は、不幸中の幸いであった。
「文明の発達が人を多く殺しうるという時代から、文明の発達により殺人を防ぎうる」という時代の転換点が待ち遠しい。