道の駅安達(二本松市)で目が覚める。
目を覚ますと同時に体に違和感が・・・
お察しの通りです。
そう・・・ やっぱり筋肉痛です。
日ごろの運動不足がバカンス旅行にまで影響するなんて><
その道の駅には、なぜか和紙の伝承館なるものがあり、せっかくなので見学しました。

和紙でできた小物が販売されていたし、自分で和紙を作る体験コーナーもやってるみたいでした。
そして、そこから福島市へ戻り、そのまま南相馬市を目指して車を走られました。
直接、南相馬に向かおうかと思ったのですが、交通規制や立入制限区域の場所がはっきりとわかってなかったため、とりあえず相馬市へ向かいそこから南下することにしました。
高速道路の常磐道が南相馬と相馬の区間だけ完成していて(震災前に常磐道を延長する計画の途中でその区間だけが工事が進んでいたのかも)、そこが無料開放になっていました。

20kmぐらいの道のりなので、高速道路が使えるのはありがたかったです。
南相馬市に着くと思っていた以上に、たくさんのお店が開いてるし、多くの人が生活をしていました。
復興の力というものの表れの気がします。多くの人の多大な努力の賜物なのだと思います。
もちろん、震災の影響でしめたままのお店もありました。

このような張り紙をして、閉鎖されてたお店も何件もありました。(でも印象としては開いてる店の方が多かったかもです)
ただ、南相馬市にある、JR原ノ町駅から南には行けないという事実もありました。


一日も早く、原発の影響がなくなることを祈るばかりです。
正しい表現かどうかわかりませんが、原発のある敷地全体をシェルターみたいなもので完全に覆うとかでは、多少は影響が緩和することはないのでしょうか?(そもそも事故があった時点で放射線が広がったものが、ずっとそこにとどまっているのなら、効果はないかもですが・・・ まだ発してるのであれば少しは・・・) または現行で使ってる原発を核シェルターみたいなので覆っておくとか・・・
↑
素人な考えなので無意味な発言かも
その後、海岸線を北上して相馬市へ戻ることにしました。
高い防波堤を作る作業が行われてるのが目につくし、

全く何もない場所、すでに草が生えててそこに家とかがあったのかもわからない場所だったり、

本当に多くの人たちが頑張ったのだと感じられる場所ばかりでした。
松川浦という場所では、まだ大きな橋の修復が終わってないようでした。

相馬市に戻ると仮設住宅を見ました。

一日も早く戻れることを祈っています。
そこから陸前浜街道(6号線)を北上、少し海岸沿いの様子をみようと38号線に入ると・・・
その場所はたまたま看板とかなかったのですが、いきなり行き止まり・・・・

道がありませんでした><
そのまま6号線を北上すると宮城県に入りました!!
やっとです!
あとちょっとだけ続く