こんにちは、英語リトミック講師の房前梨奈です。

皆さんに私のことを少し知ってもらおうと、なぜ私と英語の出会いをお話したいと思います☺

私は幼少期をアメリカのカリフォルニア州で過ごしました。

父の転勤で、普通に日本で生まれ育ち、小学校へ通ってた私と、まだ3歳だった弟は、全く言葉の通じない外国へ行くことになったのです。

転校初日。
英語の教員免許を持っている母から習った英語は、

My name is Lina.
(私の名前はリナです)

I want to go to the restroom.
(トイレへ行きたい)
です。

トイレは大事ですからね(笑)

この二つだけを覚えて学校へ行きました。

私のクラスは日本人が1人もおらず、
20人ほどいるクラス中に、女の子がたったの2人。そしてこの2人は双子でした。

何も話せない私は、教室が始まる前に、一番前の席にちょこんと座らせられていたのを覚えています。

子供たちが入ってきて、何か聞かれているけど全く分からず、何も話せませんでした。

それが私と英語の出会いです。

アメリカへ行く前、日本で小学校2年生の時に、英語の授業があったので、少しは触れていましたが、全く使えませんでした。

何も話せなかった私でしたが、入ってすぐ「Talent show」という学校のイベントがありました。

このイベントでは、得意なこと、自分の特技を披露する発表会のようなものであって、歌を歌ったり、楽器を演奏したり、ダンスを披露したりと自由なイベントでした。

そこで私は3歳から始めたピアノを披露することにしました。

それがきっかけで、沢山の保護者の方や生徒さんが、素晴らしかったわと声をかけてくださり、英語は話せなかったけれど、異国の地にフィットしていくことができました。

それからは、毎日英語漬けの環境に入ると、すぐに吸収して、半年程でベラベラと話し、家でも弟と2人で英語で会話してしまうので、母からはよく日本語で話しなさいと言われていました。

そして、3歳だった弟。
彼はまずキンダーに入る前に、お預かり保育へ行きました。そこで2、3ヵ月過ぎた後、家へ帰ってきて言った一言が、なんかみんなが話してる言葉が日本語じゃないみたい、でした。

子供は違和感なく英語も日本語も聞けてしまうので、幼い頃に英語に触れていると自然にその言葉を吸収してしまうのです。

そんな彼も小学校の途中で1度帰国したものの、中学生の時に単身でカナダへヴァイオリンで留学し、今はMusic Engineerとして活動しています。単身で行った時、もうあまり英語は話せなくなっていた英語も、発音だけはきちんと残っていて、学校の先生方からは、ネイティブスピーカーだと言われ、今では日系の子とよく間違われるそうです。


子供の耳はとても良く吸収し、それを音にして真似することができます。大人ではできない発音もしっかり聞くことができるのです。


これから小学校でも英語の導入や、英語保育、英語小学校が増える中、英語が欠かせないものとなってきています。

こうして幼い頃に英語を習得できたということは、私にとって大きな財産となっています。


私が英語を習得したように、沢山の子供たちの耳や感じることを育て、英語に触れ、慣れさせてあげることを、お手伝いできればと思っています。





長くなってしまったので、(笑)
次回、ピアノと私のお話をしたいと思いますニコニコ