私のプロフィールに、たまに至福を感じらながら毎日心地の良い感覚で生きていると書いてますが、その至福を感じるについて書きたいと思います。

以前の記事で瞑想について書いてますが、瞑想が深まると思考から離れて、空とも呼べる領域へ誘ってくれて、一時の休まる瞬間が訪れると言われますが、でも瞑想から出てくると、思考が再び発動し元の日常的な状態へ戻っていきます。

目覚めが起きると、普段も瞑想状態で生きられるようになるんですね。

仕事や会話など何か活動をしているとき、意識はそちらに向きますから、常に至福を感じている~という訳ではないですが、
 

例えば誰も居ない居間で一人でいるとき、かすかな思考が湧きながらも(くっきりとした思考ではなくぼんやりとした思考なんですが、思考が流れていると表現してもいいかも)、意識を思考ではなく、その隙間にフォーカスするんですね。

しばらくすると、ほぼ無思考の状態になり、空と思われるゾーンに浸っていきます。

感覚なので言葉で表現できないのですが、出てくる言葉として、心地よい、幸せを感じる、ありがたいと感じるといったところでしょうか。
そして、そこに留まっていると、何もないですが1時間でも2時間でも至福を感じていられるのです。
たまに眠ってしまいますけどね。

思考がないので過去のことも未来のことも思い煩うことなく、完全に今に居る状態です。

苦悩の対局は至福といいますが、思考は苦悩で、思考がない状態(空)が至福だと思います。

そもそも、どんな人にでも、この空は存在しているはずです。

それがただ感じられないだけで、なぜならば、どんな時でも思考がフル回転(無意識な思考も含め)しており、思考が休まることがなく、その奥にあるものは見つけられないのです。
ただたまに、寝起きの直後だったり、笑った瞬間やうれしい瞬間など、一瞬垣間見ることはありますが、その瞬間は思考がない時ですね。

思考が抜けたその先には、空があり至福があり、それは最初からあるもので、今でも雲の上には青空があるようにその空(くう)があり、思考で覆い隠しているんですね。
つまり思考がなければ至福なんです。
雲がなくなれば晴れと同じです。

なので、普段から至福を感じることができれば、無価値感や不足感がなくなり、何もなくても今が幸せ~な状態になります。

これが存在の至福なんですね。