先日、友人と近所の公園でお話ししていました。
その時に気付いたのですが、私は母を変えよう変えようとしていたようです。
母は父が亡くなってその後半年の間に、私が実家を出てそれから食が細くなっていきました。
激やせし、病院へ行くのが日常になり、薬の量も増えました。


なんとか母には元気で明るく過ごしてもらいたい、もっと前向きに楽しく生きて欲しい。
健康管理もきちんとしてもらいたい。
あれがいいよ、これがいいよと勧めるも母は拒否。
あれはやめなさい、これもダメと私は否定する。



アランコーエンさんの下の写真の本に、アランさんとアランさんのお母様のエピソードが出てくるのですが、アランさんも私と同じようにお母様の健康を気にして、あれはやめたほうがいいよと言っていたそうです。
しかしアランさんは、ありのままの母の姿を認めてあげたらよかった。と言っています。



私達は、よかれと思って、こうしたらいいよと相手に勧めたり励ましたりすることがあります。
でも、相手がどうであろうとありのままで完璧なんですよね!


神様は、その姿を現したくて現している。

自分も、他人も、ありのままで完璧。
まずはそこを認めるところから始まる。


母が今、どうであろうと母は母で完璧で神様の完全なる姿を現しているのだな~と思ったら、どうにかしようという気持ちがなくなりました。


私が提供することの中で、母が受け入れられることをやっていきたいなとは考えています。
母の気持ちを尊重する。


他人を変えようとしないということは
しいては自分にも繋がり
自分のこともありのままで完璧と、認めてあげられるのかなと。


大切な気づきを得ました。{00A3E4F1-06D4-49F3-B3EA-F4D28B091F43}