無脳症を乗り越えて。3男児の妊娠出産記録。
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”実母と大げんか(3年後)”



この機能のおかげで

色々封印していたものが蘇る。








母との大喧嘩から3年。



今はほとんど連絡をとっていない。






最後に電話で話したのが去年の末だったか。








忘れた頃に突然、荷物が送られてくる。






果物とか。







でもそのラベルに貼られた手書きの名前すら、触ることが出来ない。










もう、気持ち悪いとさえ思う。








あんなに、大事に思っていた母、

そんな記憶も気持ち悪い。









母と大喧嘩した3年前、その後私は


原因不明の背中の痛みが始まり




そしてどこの病院に行っても治らず



一日中全身に痛みが走るようになった。



1分おきに背中をさすっていないと苦しくて。




ご飯が食べれなくなり、12キロ痩せた。




1年半後、やっと痛みを和らげる薬に出会い




もう1年以上飲んでいる。


















結果的に、強いストレスからくる痛みだった。




あの喧嘩から、母から離れたくて



実家の電話番号も、母の携帯番号も消した。






身体が痛い中で日々を取り戻そうと頑張ってきた。














ある時、母から電話で




「たまちゃんの戒名をもらってきた。」



と言われた。






なんで?




「早くあちらの世界でご修行してもらわなきゃいけないから。」





という言葉のあとに本心を語った。




早くお墓に埋めて、成仏させて、この世で兄弟たちをひがんで悪さしないように。


だそう。





なんでなの。



勝手にお寺に行って、お金払って、名前をもらってきて、悪さをするから埋めろ?








その時も電話越しに喧嘩したと思うけど







その後、一度手紙を書いた。







今まで母の言葉で傷ついてきたことを伝えた。




特に刺された言葉は







「あんたのせいでたまちゃんは死んだ。」






「生きられなかったたまちゃんが嫉妬して、兄弟たちに悪さをする。」




「人間より神様優先でしょう?」




母は自分の発した言葉なのに





手紙を読んだ母は


頭に来たから手紙を破いたと、言っていた。







母は悪いことが起こると必ず



「霊障」



と言う。






それは昔から信仰している宗教団体(教祖は人間)で覚えたこと。








私が大腸検査してポリープが見つかったら








「あんた!こないだポリープ見つかったでしょう?!」



と泣き喚きそうなあのキンキン声で責められる。






「あんたに悪い御霊様がついてるの。


よくよく、ごめんなさいって謝りなさい!!」






そう言われる。



どうして「大丈夫?」とひとこと言ってくれないんだろう。



あの人にとっては自慢の可愛い孫が




2人とも肺炎で入院した時も




「何やってんのよ!あたしね、あんたたちの子育てどうしてんのかと思ってたのよ!?」




と受話器からキンキン漏れるほどの声で


怒鳴られた。




それは私たち親のせいらしい。



看病で4日もほぼ寝ていなかったけど



とりあえず入院できてよかったというところで、




その言葉。



どうして「大丈夫?」がでてこない?







たまちゃんが生きられない子だと分かったときにも




パニックの顔になって





「神様 御先祖様にごめんなさいってしなさい!!!!!!!」







って泣き喚くような、あの声で責められた。








多分、

あの人の頭はいつも




「何か悪いことが起こるのでは」



という不安でいっぱいで





それが起こってしまうと、


神様に謝り、それでも治らないと


御先祖さまに八つ当たりする。


仏壇によく話しかけている。




母は


大腸ポリープが見つかってラッキー、切ってもらえて良かった。


とは思えないのだ。














自分が乳がんになった時には



私は母のことをどれだけ励まし



笑わせ


身体を拭き


色んな話をして



心を休ませ



そして




陰で泣いてたのか






母は、知らないはずがない。



母は、私が辛い時に、同じようにはしてくれない。







万が一私の子供に病気があろうものなら




真っ先に言うだろう。






「なんでこんな子を神様よこしたのかしら。





これもあなたが前世、悪いことをしたからじゃないの?


私も業が深いけど、あんたはもっとだわ。



神様に謝りなさい。御先祖様にもよくよく、よくよく謝りなさい!」






こう言うのが目に見えている。






だから孫に持病があることを知らせていない。







コロナ禍になっても








一度も連絡しない。







もう母が生きている間に


その思考を改めさせることはできない。




確かもう80才になると思うし




変わらせようと努力するのも疲れた。




ぶつかるだけ。



死後のことは死んだ後にしかわからない。



その時、初めて思ってたのと違った


と気づいても遅いけど





それで良い。












もう向こうからの連絡もない。





唯一、突然送られてくる荷物以外は。









きっとあちらも私と離れたいのだろう。




でも孫が気がかりなのだろう。









神様に祈ってるかもしれない。




「孫に会いたい。」と。



でもそれは通じないことを証明するために














私は一切連絡をしない。



亡くなった我が子が夢に

1年半ぶりのblog更新。




昨夜、鮮烈な目覚め方をしたので記録を。













たまちゃんが生まれて3年8ヶ月。


生きていたら3歳8ヶ月。





これまでにたまちゃんが夢に出てきてくれたのは一度だけでしたが








昨日、夢の中で少し成長したたまちゃんに

また会えました。

















私は新しくできた大きなショッピングモールのようなところにいました。




 



そこに店主としてお店に立っているのは、

全員、私の友達や知人。








みんなが開店準備しているお店を廻って





みんなと色んな話をして、楽しかった。

ただただ、楽しかった。







なのに、最後のコーヒー店を出たところで
















突然、絶望感に襲われました。






悲しいを通り越して、急に体が重くなり







そのまま後ろにバタンと倒れると、













私の前に光っている子供が。。











すぐ目の前にいるのに、、顔がよく見えない。











すると女の子のような可愛い声で















「…ママ、ママはなんで泣いているの?



わたしは、生まれてきて、一瞬でも生まれてこられて、すごく楽しかったよ。



ママ泣かないで。」










と言われて、








たまちゃんだ…







と気が付きました。











私はそっとたまちゃんのほっぺを両手で包み、





少し頭のほうに手をやると、






頭が、、、、ない。








やっぱりたまちゃんだ!










そうわかった途端、守られている感じがして









ほっとする感じと、










同時に眠っている自分の身体を感じ始めました。












顔は硬直しているけど、私、泣いてる。






そのあと砂糖菓子のようなポップな色彩の

幾何学模様がキラキラとまぶたの前に現れ





様々に移り変わる色彩を眺めながら





綺麗だな…とうつらうつら思いながらも










目が覚めたらたまちゃんが見えなくなる、





と思って懸命に眠ろうとしていました。










が、目が覚めてしまい




気がつくと





左目からだけ涙がこぼれ続けていました。


















あぁ、たまちゃんだったなぁ。







たまちゃんに会えた。







たまちゃんは「生まれて来て楽しかった。」って言ってくれた。









たまちゃんは満足して人生を全うできたんだ。








それが分かった気がして、







ほんの数分しかこの世で息を吸うことはできなかったけど





銀色の四角いトレーのすみっこで



うずくまって息を引き取るまで、





幸せだったんだな。




パパとママの手の上で抱っこしたお顔は




綺麗だったな…






嬉しかった?




ママも抱っこできて、会えて、とても幸せだった!








生まれてきてくれてありがとうって





ちゃんと夢で言えればよかった。















短命だとしても私を選んできてくれたたまちゃん





ありがとう。ありがとう!










そう心で叫んでいた朝でした。








Yahooニュース特集に掲載して頂きました。

2/14【Yahoo!ニュース特集】に我が家の「たまちゃん」の記事が載りました。






取材を受けたのは去年夏のことでした。

たまちゃんを堕さなくてはいけないと知って辛くて仕方なかった2017年の年末に書いたブログ。
それをYahoo!ニュースの方の目にとめてもらい、ご連絡を受けました。

記事にしてくださったのは『選べなかった命』という無脳症を題材にした本を書き【大宅壮一ノンフィクション賞】【新潮ドキュメント賞】を受賞された、河合香織さん。

取材から文章にまとめるまで難しかったようですが半年以上の時間をかけて、じっくり書き上げて下さいました。



人として扱ってもらえない子供の出産。
法的書類の冷たさ、悲しさ。
ベッドの上で火葬場を予約し笑われたこと。
たまちゃんの亡骸。
当時の様子をありのままにお話しました。




この記事を読みおわって
【悲しみにちゃんと向き合うこと。】
その大切さも感じていただけたら、嬉しいです。



 「早く忘れて乗り越えてね!」
当時励まそうとしてくれた周りの言葉は無意味で辛かったです。
 「赤ちゃんに会わないほうが母親のため」50年前の医療現場もそれが当たり前の考えだったそう。
赤ちゃんを抱くこともできなかったおばあさん。忘れなさいと言われて
悲しみから目をそらして生きていくと、80歳を越えても当時を思い出して発狂してしまう。



私は「悲しんでいいんだよ。」と付き合ってくれた周りの優しさに支えられて今日があります。
 

人の痛みがわかること。
人に優しさで返していくこと。
私のこれからの人生のひとつのテーマでもあります。


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記事にしていただいた河合さまに感謝の気持ちを込めて。ありがとうございました。




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