今日は人類滅亡の日です
ですが 今のところ特にこれといった変化はありません
多分滅亡はしないでしょうね・・・
さて 最近よく思うのですが
他人に迷惑をかける人
迷惑をかけるのは仕方ないと思いますが
そのこと自体に気づいていない人は 見てると不快感を覚えざるをえない
他人に同レベルを求める私がいけないんでしょうか
高望みしすぎなのでしょうか・・・
まぁ 人類滅亡の日に考えることでもないですが(笑)
今日は人類滅亡の日です
ですが 今のところ特にこれといった変化はありません
多分滅亡はしないでしょうね・・・
さて 最近よく思うのですが
他人に迷惑をかける人
迷惑をかけるのは仕方ないと思いますが
そのこと自体に気づいていない人は 見てると不快感を覚えざるをえない
他人に同レベルを求める私がいけないんでしょうか
高望みしすぎなのでしょうか・・・
まぁ 人類滅亡の日に考えることでもないですが(笑)
人間は矛盾の塊だと私は思う
迷いの塊と言ってもいいし偏見の塊と言ってもいい
そんな人間が生存する地球という星はどうやら近い将来
滅びるかもしれないという説が出ている
これはどうだろうか
有り得ることなのだろうか
いや 有り得ないことは世の中に何ももない 何もかも起こりうる
ただ可能性としては低いのではないだろうかと思う
一番近い将来で滅亡する日が10月28日でその次は12月22日らしい
まぁ百歩譲ってそうなってしまうと仮定しよう
そうしたら人々はどうするのだろう
やりたいことをやりつくすのだろうか
それともいつも通り過ごすのだろうか
そもそも死後の世界はどうなっている?
天国地獄があるのだろうか
輪廻転生するのだろうか
それとも人生一度きりで終わってしまったらもう終わりなのだろうか
そう考えてしまうと永遠に答えは出ない気がするので一旦やめよう
なんだか話がすごくずれてしまった
ま 要するに地球は人間は滅亡してしまうのかという話だ
勿論とてつもなく低い可能性だが否定できないので10月28日と12月22日を少しわくわくしながら待とう、と思った
わくわくは語弊があるかもしれない
興味深く に訂正しよう
目的あるいは目標というのは非常に重要だ
中・高学生が将来きっと使わないであろう教科を一生懸命勉強して試験を受けるのは志望校の為だったりする
大人が大して好きでもない仕事を続けるのはお金を稼ぐ為で生きる為だったり家族を養う為だったりする
不愉快、理不尽なことが彼らを襲っても目的の為に彼らは耐えられるだろう
それに比べ
目的・目標が無いのは非常に嘆かわしいことである
志望校の無い学生にどんなに勉強を頑張らせようと結果はたかが知れている
金を稼がなくても生きていける人は勿論辛い仕事なんてしないだろう
彼らは些細な難ですぐに挫折する
なんとなくで続けられるほど世の中はまだ甘くはないと少なくとも私は心得ている
目的は重要だ
何のために頑張るのかはっきりしていないと前へ進めない
なんて
実は中学の担任の受け売りだ
自分の大事な人が居なくなったらと想像をした
隣にいて当たり前だった人にもう会えないことを想像した
胸がつまる思いだった
多分実際そうなっても私はどうすることもできないのだろう
実感が湧かず脳が拒否するだろう
だけど時間は何もなかったように流れていく
そして私は恨むだろう
そしてこの思いを抱えて生きていく
貴方を置いてきぼりにして
貴方が私を置いてきぼりにしたように
この世に絶対は無い
起こりえないことなんて無い
そして決して私たちは抗えない
だから
せめて
今を
戯言を吐いた口で善を語り
真のような偽りを吐いては嘲笑う
何の意味があるのだろうか
何を考えているのだろう
人を欺く意味は何?
自分を守るため?
優越感に浸かる為?
これほどまでに理解し難いことに遭遇したのは初めてかもしれない
不思議に思うけれど
理解はしたくない
この世界は不平等だ
なぜ報われべき人が報われず そうでない人が報われる?
なぜ生きたい人が死ぬのに 死にたい人が生きている?
同じ人間なのに一体なぜ
善意が悪意と間違われる今
何が真実で何が嘘なのだろうか
私のこのやるせない気持ちはなんだろう
一体なぜこの世は在る?
人の行動には多からず少なからず理由・目的が存在する
それは単純なものだったり 複雑なものだったり
その人なりの理由・目的が在る
例えば 単純な例として 水を飲むのという行動は喉が渇くために行われる行為だ
しかし他人がその理由・目的を100%理解してくれる事は 到底無いだろう
なぜならば心を気持ちを100%伝える事は不可能だからだ
感情というのは見事に複雑にできている
己でさえ気づかない感情さえ有る
その複雑な感情をいかにどうやって相手に伝えきれるかが正念場だ
だが伝え方の手段を誤ればそれはたちまち相手に誤解を招き更なる不祥事に繋がりかねない
だからその手段を慎重に選ぶ事が重要だ
しかしながら面白いことに人は十人十色だ
こうして書いてる私の記事も私独りの感じ方に過ぎないかもしれない
よって何を選択し何がベストなのか人によって異なるのは言うまでも無い
しかしながら世の常識的に考えて何が善で何が悪ぐらいは検討つく筈である
がその常識を覆したいかどうかは分からないが 不適切な手段を選択する人が存在するのが現状だ
その不適切な手段を選択し想いを伝える人の心理が私には分かりかねない
そうまでする価値と必要性があるというのならば話は別だが
大抵な場合そんなものは無いのが現実だが
さて長々と綴ってきたが言いたいことは簡単で
常識的に考えて事の善し悪しを判断する事さえできない人はもう少し「考えること」をお勧めする
という事だ
それでも誤った方向に向かうのならば
君は救いようの無いヒトという事になる
せめてその事実を受け入れる覚悟くらいは持って欲しいものだ