堂々とした、一本のレモンの木に
出遭ったことがある。
見上げるほど大きな、色濃い葉を茂らせたその木は
明るい黄色に 輝く実を いくつも実らせていた。
それは、まあるい「れもん」。
スーパーで 掌にとる
憧れのその実は、葉もついていない、
どこか神々しい卵のような、
光の色だ。
「あなたが 「れもん」を製造したの?」
わたしは その木に話しかけた。
「製造?ちょっと違うかしら。」
「あなたが 「れもん」を産んだの?」
「その方が近いかしらねえ。そうよ、私が、実らせるのよ。」
レモンのなる木を始めて見たのだ。
正確に言えば、「れもん」が木になっているのを 始めて見たのだ。
レモンの木は レモンなのに
わたしが知っている「れもん」は、木と切り離れた存在のレモンの実
わたしが見ているものたちは全部
それを産み出した者の存在を 背後に隠して
微笑んでいる、
悲しみをこらえている、
讃えている、
「あなたは どこの国から来たの?」
木は言った。
「ニッポンよ。私の国ではあんまり、あなたを見かけないのよ。」
「あなたは あなたの国が創ったの?」
「ちがう。」
わたしは即答する。
「あなたは、あなたのマザーが産んだのだものね」
「それはそう、、。だけど、わたしは 私なの。」
「不可思議ねえ・・・
まあ、いいわ。あなたは「れもん」を愛してくれた。私も、あなたを愛するわ。」
レモンの木は 枝先を空に伸ばして
カワセミの笑いながら飛んでいくのを見送る。
子犬のスージーに促されて
わたしは その木を後にした。
黒と白の長い毛を揺らし 嬉しそうに走るスージーと
庭続きの道へ