私は、胎児の頃に一度死んでいる。
心臓が止まり、医師から堕胎の手続きの話をされた母は、その後に親が亡くなり、堕胎手術の日程を伸ばし、やっと落ち着いた頃に産婦人科へ私を下ろしに行った。
その時なぜそうしたのかは、いまでもわからないが、担当の先生が最後にもう一度だけエコーで子供の姿を見ておこうと言った。
完全に心臓が停止していたのに、ほんの僅か、もしかしたら錯覚かくらいの微力な力で、私の心臓が動いているように見えたらしく、
医師は母に、もうしばらく堕胎は伸ばして、安静にして様子を見てみようと提案した。
その医師の僅かな気づきのおかげで、私は遅れを取るも少しずつ息を吹き返し、真夏の暑い日に生まれたのだ。
そんな奇跡のような話を母がよく小さな頃からしてて、私はなんて幸運なのだと思っていた。
だけど、生かしてもらったこの人生は、
ただ転落の連続で、いまでもそれが続いてる。
心臓が止まり、医師から堕胎の手続きの話をされた母は、その後に親が亡くなり、堕胎手術の日程を伸ばし、やっと落ち着いた頃に産婦人科へ私を下ろしに行った。
その時なぜそうしたのかは、いまでもわからないが、担当の先生が最後にもう一度だけエコーで子供の姿を見ておこうと言った。
完全に心臓が停止していたのに、ほんの僅か、もしかしたら錯覚かくらいの微力な力で、私の心臓が動いているように見えたらしく、
医師は母に、もうしばらく堕胎は伸ばして、安静にして様子を見てみようと提案した。
その医師の僅かな気づきのおかげで、私は遅れを取るも少しずつ息を吹き返し、真夏の暑い日に生まれたのだ。
そんな奇跡のような話を母がよく小さな頃からしてて、私はなんて幸運なのだと思っていた。
だけど、生かしてもらったこの人生は、
ただ転落の連続で、いまでもそれが続いてる。